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銀のナイフの生徒会長

 翌日の昼休み。

 雹夜は午前最後の授業が終わると、すぐに学園の校門前に向かった。

 

「ヒョウヤ!」

「おう」


 煉瓦造りの大きな校門のまえに立っていたアルトが、大きく手を振ってくる。

 

 今日のアルトの装いは、スリムなジーンズの上に薄手のワンピースをまとっただけのシンプルなもので、頭には日よけの大きな麦わら帽子をかぶっている。

 年頃の少女としては飾り気に乏しいが、それだけにアルトの素地のよさや明るく活発な内面がよくわかる格好だった。

 

「じゃ、行くか」


 対する雹夜は学園の夏服。

 暑いので、長い髪を後ろでまとめてポニーテールのようにしている。

 

「かるらさんは?」

「なんか急用だとかで来られなくなったとさ」

「キュウヨウ……?」

「調べものがしたいとか言ってたな」


 どうも、浦戸市で起きている吸血鬼事件について、気になることがあるらしい。

 

 それに――

 

「……? な、なんですか?」


 突然雹夜に見つめられ、アルトがうろたえる。

 

 かるらからのメールには、こんな言葉があった。



 ――アルトには気をつけて。



 かるらはアルトに疑惑を抱いているのだろうか?

 

 しかし、雹夜としてはかるらの突然の警告に首を傾げざるをえない。

 

(……昨日一日でだいぶ打ち解けたと思ったんだけどな……?)


 女の子同士の仲の良さは男からはわかりにくい部分がある。楽しそうに話し、互いの身体に頻繁に触れあったりもしているのに、聞いてみると実はそんなに仲がいいわけでもないとわかって驚いたことが雹夜にもある。

 

(……でも、あのかるらだぞ?)


 かるらはあれで人見知りする面があって、気に入らない相手にはとことんそっけない。心を許していない相手に表面だけ合わせるような真似はできないはずだ。

 だから、かるらは間違いなくアルトのことを気に入っていた。

 昨日の今日なのだから、雹夜やアルトと別れた後に何かがあった、とも考えにくい。

 

 雹夜は内心首をかしげつつ、目の前にいる金髪の少女を観察するが――

 

「ひ、ヒョウヤ……そんな見つめられると、照れますよ」


 なにを勘違いしたのか、アルトが頬を赤くして視線をそらす。

 

 そんなアルトにジト目を向けつつ、

 

「……いや、なんでもねーよ。じゃ、行くか」


 雹夜はアルトを促し、歩きはじめる。

 

 が、二人揃って校門から礼拝堂への坂道を上っていこうとしたそのとき、



『……門雹夜君。有門雹夜君。至急生徒会室まで出頭してください。繰り返します――』



 校舎の方から風に乗って校内放送が聞こえてきた。

 声に苛立ちが混じっていることからして、何度目かの放送なのだろう。

 

「……氷雨(ひさめ)か」


 雹夜が顔をしかめる。

 

「ヒョウヤ、どうしました? 何か悪いことしましたか?」

「いや、別に何もしてねえよ。……けど、困ったな」


 昼休みは長いようで短い。アルトの案内と生徒会室への呼び出しのどちらを優先したものか。

 

「ワタシは、あとでいいですよ?」

「……そうだな。とりあえず生徒会室に出向くか」


 浦戸学園の生徒でないアルトや礼拝堂の管理者であるルチアは学園の時間割には縛られない。礼拝堂を後回しにしてもかまわないだろう。

 雹夜は午後の授業がはじまる前に戻らなければならなくなるが、アルトのことはルチアに任せればいいし、元からそのつもりでもあった。

 

 それに――

 

(……無視すると何度でも呼び出し続けかねないからな、あいつは)


 放送の主の困った性格を思い出して、雹夜は思わず苦笑した。

 

    †

 

「邪魔するぜ」


 そう言って生徒会室に入った雹夜に、

 

「遅いよ、お兄ちゃん」


 そう答えたのは、重厚感のある大きなデスクの奥に座る、小柄な少女だった。

 少女は、黒髪おかっぱで、色の白い端整な容貌の持ち主だが、その顔には表情というものがかけらも宿っていない。

 よくできた日本人形のような印象を受ける少女だが、頭の片側の髪をさくらんぼ型の飾りのついたゴム紐で留めていて、怜悧な容貌にひとかけらの愛嬌を加えている。

 

 デスクの上には数個のリンゴが転がっていて、少女は銀のテーブルナイフを使ってそのひとつの皮を剥いているところだった。一定の厚さ、幅で剥かれたリンゴの皮は、しゅるしゅると、輪を描きながら、少女の手元の銀皿の上にこぼれていく。

 

「用事なら、携帯にかければいいだろ?」

「携帯電話の学内への持ち込みは禁止だよ」

「つっても、実質的に公認されてるようなもんじゃねーか」

「それでも、生徒会長であるボクが、おおっぴらに使うわけにはいかないよ」

「んなこと思ってもねーくせに」

「なんのことかな? ボクは別に、お兄ちゃんを校内放送で呼び出すのが楽しくってやってるわけじゃないんだよ?」


 そう言って、少女はにっこりと笑った。

 かわいさの背後にあざとさといかがわしさとが透けて見えるような笑みだった。

 

「ったく……」


 雹夜はため息をついて、

「こいつを案内しようとしてたところだったんだ。用件は早めに頼むぜ」

「……そちらは?」


 少女がアルトの方に視線を向けてくる。

 アルトは小柄な少女の探るような目つきにたじろぐ。

 少女は、アルトをじろじろと観察しながら、皮を剥き終えたリンゴを銀皿の上に置き、テーブルナイフで八つに切り分けていく。その間、アルトから片時も目をそらしていないのだから、アルトが背筋に寒気をおぼえたとしても無理はない。

 

「昨日電話で話しただろ?」

「……ああ、あの許しがたい同居人とやらなんだね」


 アルトを見つめる少女の視線がぐっと冷たくなった。

 

「許しがたいって……たしかに唐突ではあったけどな」

「そういう意味じゃないよ。まったく、お兄ちゃんも相変わらずだね。……で、いつになったらその人をボクに紹介してくれるのかな?」

「あ、ああ……こいつはアルト。アルトディーテ・ソラーレだ。おまえは知らないと思うが、十年前にはこの街に住んでたこともあった。今回は親父さんの意向でウチにホームステイすることになったんだ。ま、仲良くしてやってくれよ」


 少女は不機嫌な表情のままだったが、かすかにうなずいたように見えた。

 

「アルト。こいつは史曜氷雨(しようひさめ)といって、浦戸学園の現・生徒会長だ。それでまあ、俺の……なんつーか、妹みたいなもんだな」

「い、妹さん……ですかっ!?」


 アルトは思わず二人を見比べる。

 

「いや、正確には、有門家の分家筋に当たる家の娘なんだが、いろいろあってな」

「イロイロ……ですか?」

「ああ。有門宗家の家督を誰が継ぐのか、もめたことがあってよ。血統の面では俺なんだが、能力的には圧倒的にこいつなんだわ。俺としては、そんな厄介なもん継ぎたくもなかったから、こいつに譲ると言ったんだが、こいつはそれで馬鹿にされたと思ったんだな。で、ことあるごとに俺に突っかかってくるようになって――」

「……お兄ちゃん。そんなの、一時的な間借り人に話すことじゃないよね?」


 少女――氷雨が雹夜に笑みを向けた。

 にっこりという擬態語がぴったりくるような、愛らしい笑顔なのに、どうしてこんなにも背筋が冷たくなるのだろう――アルトは冷や汗を流す雹夜を見ながらそう思う。

 

(……ちょっと、かるらさんに似てますね)


 昨日遊園地で、かるらの雹夜への気持ちに触れてしまいそうになって、かるらに凄まれてしまったが、あの時の感覚によく似ている。

 雹夜への気持ちというような、表面的なことだけではなく――アルトのヴァンパイアとしての本能に訴えかける何かを、この二人はともに持っているようだった。

 

「あ、ああ……そうだな。悪かった。と、とにかく……だ。アルト、こいつのことは俺の妹分みたいなもんだと思ってくれればいい」

「は、ハイ……わかりました」


 アルトとしてはもちろん気になるが、そう答えるしかなかった。

 雹夜に笑顔を向けていた氷雨が、一転、険しい目つきでアルトを睨んできていたのだ。

 

「で……何の用なんだ?」


 自己紹介が終わり、最初の話題に戻った。

 

「うん。えっとね、お兄ちゃんにお願いしたいことがあるんだ」

「お願い? 厄介ごとはごめんだぞ」

「まぁたまた」

「いや、ホントに嫌なんだって! 俺は別に好きこのんで割にも合わねえ『課外活動』をしてるわけじゃねーんだぞ!?」


 雹夜は嫌そうに顔をしかめた。

 

 氷雨は、切り終えたリンゴを載せた銀皿を持って立ち上がり、雹夜の前にやってくる。

 デスクから立ち上がった氷雨は、夏服のブラウスとチェックのスカートの上に、白くてすその長いピーコートのようなものをはおっている。

 

 わずかに首をかしげたアルトに、

 

「これ? 生徒会長の証。歴代の会長が身につける白マントなんだよ」


 氷雨はそう言ってその場でくるりとひとまわりしてみせる。

 

 たしかに、ピーコートのように思えたそれには袖がなく、昔アルトの父であるジュリオンが洒落で着ていた吸血鬼ドラキュラのマントによく似ている。もっとも、父のマントは表が漆黒、裏が紅という悪趣味なものだったのに対して、氷雨のまとうマントは白一色で清潔感がある。マントの背側には、フードに半分隠れるようにして浦戸学園の校章がプリントされていた。

 

「はい♪」


 氷雨が笑顔を浮かべて、アルトに銀皿を差し出してきた。

 片方の手にはテーブルナイフを握ったままなのがおっかない。

 話に聞くシチリアマフィアの入会儀式も、きっとこんな雰囲気なのだろう。

 アルトは一瞬躊躇してから、銀皿の上に盛られたリンゴを手に取り、食べた。

 

「オイ、シイ……です」

「よかった♪」


 氷雨はそう言って明るい笑みを浮かべると、今度は雹夜に向かって銀皿を差し出す。

 

「……何も入ってないだろうな」

「入ってないよぉ。ボクが愛しのお兄ちゃんにそんなことするわけないでしょ。ま、アルトさんのにはひょっとしたら入れちゃったかもしれないけど」

「お、おい!」


 雹夜が慌ててアルトの方を見てくる。

 

 アルトはきょとんとした顔で首をかしげた。

 

「冗談だよ」


 クスクスと笑う氷雨。

 

「おまえが言うと冗談にならねーんだよ……ったく」


 雹夜が大きくため息をついた。

 

 置いてけぼりにされて疎外感を覚えているアルトに、氷雨が一瞬だけ表情を消して、見下すような目を向けてきた。

 むっとしたアルトが口を開こうとするが――

 

「で、何があったんだ?」


 氷雨の表情を見ていない雹夜が、話の口火を切ってしまう。

 氷雨は表情を改めて、端的に答えた。

 

「礼拝堂のトマトが盗まれたの」

「は……? トマト?」


 思いもよらない話に、雹夜は素っ頓狂な声を上げた。

 

「そう。トマト」

「ルチアの育ててるやつか?」

「うん。ごっそりやられちゃったらしいよ」


 まさに今日これから、アルトに食べさせる予定だったトマトだ。

 

「……いたずらか? 酷いことをするやつがいるな。ルチアがどれだけ丹精込めて作ったと思ってやがる」


 雹夜の声に怒気がこもる。

 

 そんな雹夜に、氷雨は白けたような目を向けた。

 

「……お兄ちゃんのルチアさんびいきは相変わらずだね?」

「……そういう問題じゃねーだろ」

「やっぱりあの胸なのかな? それとも尻? ひょっとしたらブロンドが好きなの? 他はともかく、年上好きだったらどうしようもないなあ……」

「どれでもねーよ。いい加減にしないと怒るぞ」


 雹夜に半ば本気で睨まれて、氷雨は不機嫌そうに口をつぐんだ。

 アルトがなんとなく自分の身体――ワンピースを下から押し上げる胸と肩にかかる金髪――を見下ろしていると、雹夜に見られない角度から氷雨がぎろりと睨んできた。

 

「でも、ただのいたずらにしては不審な点もいくつかあってね。判断に困ってるんだ」

「判断に困る? おまえが?」

「ボクだって、判断に困ることくらいあるよ。だけど、泥棒捜しは生徒会の仕事じゃないし、かといって一昨日の吸血鬼事件でてんてこまいの警察がこんな軽犯罪をまともに捜査してくれるとは思えない。そ・こ・で……」

「俺の出番ってわけか。ったく、俺は便利屋じゃねーんだぞ」


 雹夜はため息をついた。

 アルトは話の流れについていけず、ぽかんとしているしかない。

 

「顔の広いお兄ちゃんならなにか有益な情報が得られるんじゃないかと思って」

「情報収集なら、むしろおまえの得意分野だろ?」

「まぁね♪ でも、探り出すのと自然な会話の中で出てくるのはやっぱりちがうから」

「そんなもんか」

「そんなもんなんだよ」


 氷雨の言葉に、雹夜はしばし黙考する。

 

「……わかった。詳しい話はルチアから聞けばいいのか?」

「さっすがお兄ちゃん。話が早いっ!」


 拳をぐっと握ってあざといポーズを決めてみせる氷雨に、雹夜がジト目を向ける。

 

「言っとくが、情報収集だけだぞ。どうせ今日はアルトを礼拝堂に案内する予定だったんだ。ついでだよ、ついで」

「またまた……かわいい妹の頼みとあっては断れないんでしょ?」

「誰がかわいい妹だ! 兄を便利屋みたいにこき使いやがって」

「でも、妹にこき使われちゃうのが快感なんでしょ?」

「快感じゃねーよ! おまえの中で俺はどんな変態なんだよ!」

「聞きたい?」

「聞きたくないわ!」

「ヒョウヤ、そろそろ……」

「あ、ああ、そうだったな。じゃあ、氷雨、そっちでも何かわかったら連絡入れろよ」

「わかってるよ。じゃあ、よろしくね、お兄ちゃん☆」

「ったく」


 雹夜はアルトをともなって廊下に出た。

 

 アルトはしみじみとした口調で言った。

 

「……ヒョウヤの知り合い、変な人ばかりですね」

「おまえも含めてな」


 ばっさり切り捨て歩きはじめた雹夜を、アルトはあわてて追いかけた。

お読みいただきありがとうございます。


さて、ヒロインが出揃いました。

何かと思わせぶりな要素が多くて読者の皆様には負担をかけてしまっているかもしれません。きちんと回収していくので、もうすこしお付き合いいただければ有り難いです。

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