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朝子と夜子 終わり

『もしもし?朝子ちゃん?お母さんだけど、今どこに居るかしら?』

私は携帯を肩と耳にはさんで、携帯電話の向こうのお母さんに答えた。

「いま?今ねえ、友達とちょうど別れたところだよ。久しぶりに部活が早く終わったんだー」

『どこかしら?』

「ああ、駅前のケーキ屋」

『あら。またケーキ食べたのね?太るわよ〜』

「だいっじょうぶ!私、夜子と違って運動してるからそんな糖分少し動けばゼロになるの。なにより炭酸とってないから身体もだるくないし。来週の試合は絶対勝ってやるんだ。なんてったって、向こうは去年こっちがボロ負けした・・」

はいはい、と電話の向こうのお母さんは呆れたように笑った。

『駅前のケーキ屋さんならスーパーが近いわよね?』

うん、とおざなりに返事をした。どうせお遣いを頼まれるのだろう。

『今日はカレーなんだけど、カレー粉を買うの忘れてたのよ』

「駄目じゃん」

『だから、カレーとニンジンとジャガイモを買ってきて』

「…って、お母さん。本当にカレー作る気あるの??」

まあ、いいや、と私は適当に頷いて、

「わかった。買ってくるものはそれだけだよね?」

『そう。お願いできるかしら?』

「まかせて。すぐ帰ってくるから」

『助かるわ、朝子ちゃん』

携帯電話を切った。

駅前の時計を見ると、時刻はちょうどPM5:30を指していた。

これから急いでスーパーで頼まれた物を買えば三十分の内に家に着くな、と見積もりを立てた。人けのある通りのなか、早歩きをして雑踏の中に入った。


すでにどっぷりと日が暮れて、辺りは真っ暗。

明日に控えた放送部のコンテストの練習をしていたら帰宅が遅くなってしまった。

お母さんには朝のうちに遅くなると伝えたけど、まさかPM7:00を過ぎるとは思わなかった。

真っ暗な夜の道は怖い上に、寂しい。駅前を通り過ぎて山が迫る道に入ると、人気は全く無い。最近、ここらで変質者が出るといっていた。それを思い出して自然と早歩きになる。ここを通り抜けないことには住宅地に着けない。


と、そのときだった。携帯電話が鳴った。


朝子からだった。


あの子が電話をかけるなんて珍しい。と言うよりも、喧嘩ばかりの私達だから必要最低限のことしか連絡を取り合わない。

わたしはつっけんどんに電話に出た。

「…なに?」

『ああ、夜子?』

「そうだけど、で、なによ」

『そんなに怒らないでよ』

イライラ、とわたしは次の朝子の言葉を待った。

『あのさー、夜子。私さ、今あんたの後ろで話してるんだよ』

えっ、と私は真っ暗な通りを振り向いた。

確かに、サッカーのユニフォームを着た朝子が立っていた。その手に近所のスーパーの袋が握られている。


「やっほー」

「な・・なによ。後ろに居るんだったら別に携帯電話つかわなくてもいいじゃない」


ははは、と朝子は笑ってわたしと並んで一緒に歩き出した。

なぜか朝子はいつもと違って刺々しくなかった。


「お母さんにお遣い頼まれちゃってさ。今日はカレーだって。よかったね、夜子。夜子ってカレー好きだったよね?」

「えっ?・・うん、好きだけど…」

「覚えてる?私たちの五歳の誕生日もカレーだった」

「五歳の誕生日?そんなの覚えてるわけないじゃない」

「えーっ?私は鮮明に覚えているのになあ。なんで夜子は覚えてないんだよ〜」

「そんなの覚えてるほどわたしはめでたくないの」

「こっちだってそんなにおめでたくないけど、ちゃんと覚えてるよ」

「うるさいわねー・・。いちいちなんなのよ。五歳の誕生日がどうしたわけ??」


ああ、と朝子は懐かしそうに星空を仰いでペチャクチャと饒舌に話し出した。

わたし達二人の幼い頃から今に至るまでの思い出を。

話が中学二年生のときにお互いが好きになったあの子の話になった。まさか朝子がわたしのためにあの子にそんなことを言っていたなんて知らなかった。

少し・・いや、かなりびっくりした。


「そんなことがあったの…?」

「そっ!だけどさ、あの子ったら私達双子のどちらにも話しかけてこないじゃん?私は夜子のためを思って言ってやったのに。結局どっちも怖がられてるんじゃあ、大損だよね」

「やだ。だからわたしを見る目が変わってたのね?どうりであの子、違う感じがしたんだわ」

「へへへ。ごめんね。それ、私のせいだ」


朝子がはじめて素直に“ごめん”といった。

わたしはしばらく道に立ち止まって呆けてしまったけど、


「ううん。・・・こちらこそ、あの時はゴメン。それと、ありがとうね・・」


自然と“ありがとう”と“ごめん”の言葉がわたしの口から出たのはびっくりした。

お互いしばらくのあいだ、見詰め合っていたけどおかしくなって噴出した。


不思議だ。

この16年間、莫迦みたいに醜い喧嘩をしてきたわたしたちなのに・・・

この瞬間、この刹那で世界で一番仲の良い双子になれた気がした。


「朝子、来週ってサッカーの試合よね?わたし、朝子のサッカーしている姿ちゃんと見たこと無いから見に行きたいなあ」


いいでしょ、と朝子の顔を覗き込んだら、朝子はギクリと顔を強張らせた。スーパーの袋を有り得ないくらいぎゅっと抱きしめて首を横に振った。


「えっ・・どうして? ああ、やっぱりイヤかしら?」

「そんなんじゃないよ。そんなんじゃない」


と、朝子が言ったところで家の近くまでたどり着いた。

とても不思議だった。あの暗い通りを、まるで飛び越えたかのようにすぐに家に着いたのだ。

ふと左を見上げれば家の明りが点いていないことに気づいた。連なる家々の中で電気がついていないのはわたし達の家くらいだった。


「あれ?おかしいな。家の電気がついてない。 あ…っ。 お母さんの車が無いじゃない」

「ねえ、夜子!!」


朝子が叫んだ。


「そんなに叫ばなくてもちゃんと聞こえてるよ」

「うん、ごめん…。でもっ、夜子! 私、あんたのことが大好きだ!!」


わたしはびっくりして目を皿にして朝子を見つめた。


「たくさん喧嘩したけど、たくさんいがみ合ったけど、私たち最高の双子だよ」


何を言い出すのよ、と言うと朝子は首をまた振った。


「ねえ、夜子。わたしはアンタのことが好きだ」

「・・どうしちゃったのよ、朝子・・」

「夜子は私のこと嫌いじゃない?」


朝子はわたしにスーパーの袋を手渡した。わたしも何の違和感も覚えず受け取った。


「嫌いじゃないよ。だってわたしたち姉妹じゃない?しかも双子よ。これから仲良くなっていけるわよ」


にっこり笑んで、わたしは朝子の肩を軽く叩いた。素直に物事を言える自分に驚くと同時に、朝子と最高に仲良くなりたいと思った。

鞄の中をあさって家のカギを探していたら、朝子はいとおしそうな声で言った。


「夜子、私達は最高の双子だよね?」

「そうね。今からならきっとなれるわ・・」


あ、あった、とカギを取り出したときだった。

携帯電話が鳴った。静かな夜に名残惜しそうに響く。


「もしもし?あ。お母さん?どこにいるのー。えっ。いま?今はね、朝子と一緒に家に着いたところよ」


お母さんの声が止んだ。


しん、と全てが静かになる。お母さんの声はいくらか低く、まるで泣いた後のように声がかすれていた。向こうが喋らないからこっちから喋った。


「ね、早く帰ってきてよ。わたしと朝子でカレー作るから。 ねっ、朝子」


朝子を振り向くと、そこに朝子は居ない。

あるのは夜の黒い虚空だけだ。

さっきまで感じていた優しさが一気に冷めた。けれど、朝子が握っていたスーパーの袋はあったかい。


『夜子ちゃん・・・っ』


わたしは真っ白なスーパーの袋を見下ろして、お母さんの泣き声を聞いていた。


『夜子ちゃん・・っ、朝子ちゃんが・・朝子ちゃんがね・・っ、うう・・朝子ちゃんが・・・!!』


うわああ、と泣き叫ぶお母さんの声。

わたしの手にはしっかりと、朝子から受け取ったスーパーの袋があった。



ねえ、朝子。


本当に、ごめんね。



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