朝子と夜子 1
野田 夜子 と 野田 朝子の場合。
“わたし”と朝子は、名前の通り正反対な性格をした双子だ。
女の子だというのに取っ組み合いをして、二人が喧嘩をすれば顔に痛々しい傷がつくのは当たり前だった。小さい頃から仲が悪くて両親を心底困らせた。
普通、双子というのは心がひとつで仲の良いものだよ、といとこのお兄さんが話したことがあったけど、わたしと朝子は本気になってその説を否定した。誰がこんな奴と、と決まり文句を並べて睨みあった。
なにもそんな本気にならなくても、と苦笑するお兄さんに向かって二人で知ってる限りの罵詈を吐いた。罵詈を吐く時は、不思議と朝子とわたしは気があった。
でも、気が合ったのはそのときだけ。
いや、その時だけではないかな。
服の好みは全く違うけど、好きになる人は同じだった。
信じられる?
性格はいがみあうほど醜い二人なのに好きな人が同じなんて、笑える。
だけど一度笑えないときもあった。
というのは、中学2年生のときだ。
当時、わたしには本気で好きになった人が居た。その人に告白したいという気持ちは無かった。ただその時は好きなだけで良かった、と自分で納得していたのだけど、いざその人が朝子と並んで楽しそうに話していたのを見かけると身体に火がついてしまうんじゃないかと思うほど一人でムシャクシャした。許せなかった。同じ顔をしたあの子が、なぜ?
「なんで・・一緒に歩いてたの」
帰宅後、勢いあまってそのことに触れると朝子は嘲笑を浮かべて、
「夜子、あの子のこと好きなんだ?」
と、勝ち誇ったように言う。
もとから仲の悪いわたしたちだ。恋仲の話になると猶いっそう醜くなる。
「知ってたの…?」
「知ってるも何もみんな噂してるよ。夜子の好きな人はあの子だって。噂されてるのを知らなかったのが自分だけだなんて、間抜けだね!」
「…知ってたくせに。わざと・・一緒に仲良くして・・それで、わたしをバカにしていたっていうのね・・?」
朝子はスポーツ万能。わたしはどちらかと言うと文系。
朝子は勉強が得意、わたしはそこそこ。
朝子は明色の服を好む。わたしはダークな服が好き。
朝子はポジティブ、わたしはネガティブ。
唯一の共通点といえば、仲が悪いことと好きな人が同じだと言うこと。
「わざとなわけないじゃん。わたしだってあの子のことが好きなんだよ」
「うそだ!わたしが・・、朝子はただわたしが負けるのを楽しみにしてるだけでしょ?そうやって私を見下してるんだわ」
「なんでそうなるワケ?バカも休み休みいいな。いい?わたしもあの子が好きなの。だから話しかけて一緒に帰ったの。それを、あんたの了承がいるとでも思ってるの?だとしたら、夜子は本当に馬鹿げてる!!」
きっとわたしは知っていた。
わたしが双子の朝子に劣るということを。
わたしは小さい頃から優劣で物事をはかるような子だったから、私と同じ顔をした朝子が一歩前にでると決まっていつも自分が乗り遅れているような気がして仕様が無かった。
そうなると憎い気持ちしか浮かんでこなかった。
どうして同じ姿をしている朝子に、同じ姿をしているわたしが劣るの?
一体、なにが違うというのだろうか。
だからあの時もそうだった。
話し掛けたことも無い好きな人に、朝子は一緒に笑って話せるくらいのところまで行っている。なのにわたしは勇気が無くて遠くで見ていることしか出来ない。
そうなると悔しい気持ちとカッとなった気持ちが醜い言葉に感情を変換しだす。
「うそだわ・・絶対に好きじゃないでしょ。ただわたしを最高にバカにしたいだけ・・」
「はあ?なんで分からないんだよ。どうして悲観的にしか見れないのさ。悲劇のヒロイン演じて悦に入るのはやめなよ。ほんっとに気味がわるい。夜子はバカだな!」
「やっぱり…っ。やっぱりバカにしてるじゃない!!わたしを見下して・・さぞや気分がいいのでしょうね」
私と朝子の喧嘩は世界一醜い。
お互いの醜い部分をぜんぶさらけ出して、それでドロドロとした深い部分まで続ける。
手が出るのはもっと先のことだ。
手を出すのは私か朝子か。さきに切れたほうが負けだ。手を出して顔に傷を作って…
ああ、なんて醜いんだろうか。
野田夜子は、のだ・やこ と読みます。