女と電話 終わり
しばらくして、家の外で人音が聞こえた。
呼び鈴が静寂な部屋中にけたたましく響き、お次は割れんばかりに戸が叩かれた。
どん、どん、どん
部屋の中から返答は無い。
―――ああ、やっぱりあの人はわたしのことを思ってくれるのね。
女は男が謝りに駆け寄ってきてくれた事がただ嬉しくて、嬉しくて仕様が無かった。
『開けてくれ、夕日。俺だ、晴喜だ』
やはり、部屋の中から返答は無い。
しかし女はあえて声を出さなかったのだ。女が戸に鍵をかけずに一晩を過ごしたのは、男がかけつけてくれるという希望を少しでももっていたからだった。
男がドアのぶをまわせば、開くようにしてある。
男が部屋に入ろうとすればいつでも入れるのだ。
―――ドアは開いてるわ、ハルキ。
ドアのぶがまわり、ガチャリ、と戸が開く。
『許してくれ!』と、部屋の中に駆け込む男が居た。男は肩で息をし、真摯な顔をしていた。それは紛れもなく女の付き合っていた男その人であった。
『な、なんだよ……』
カーテンの締め切った薄暗い部屋の中、男は呟く。
駆け込んだ男は天井を仰いだ刹那、絶叫にも似た悲鳴を腹の底から吐き出した。
―――ちょ、ちょっと、どうしたの?どうしたのよ、ハルキ。
腰砕けた男は言葉にならない声を震わせ、浮かぬ腰を必死にあげようとしては何度も崩れた。真っ白なその顔が蒼白に変わっていく。
―――ねえ、いったいどうしたっていうの。なんで叫んだりなんかしたのよ。
女は驚愕する男を見下ろして、ただ“落胆”した。
―――どうして抱きしめてくれないの。座っていないで、わたしを抱きとめてちょうだい。
壁に助力を借りてやっとの事で男はのめる様に立ち上がり、部屋の外へと逃げ出すように飛び出していった。
誰か“ケイサツ”を呼んでくれ、と男の大声が部屋の外、遠方から尾を引くように聞こえた。
―――警察ですって?
女が見下ろした先、白い封筒が忘れられたように落ちているのに気がついた。
―――なにかしら、あれ。
女が先ほどから見下ろしている先、白い封筒の表、唐紅の歪んだ文字がぼんやりと目立ち始めた。
―――まさか…。
女が見下ろした先、封筒には“遺書”と………そう書かれていた。
女は叫ぼうとした、いやだ、と。
しかし、これが出来ない。声がでない。
首の違和感、その正体が分かった今となっては自分がした行動が拭えぬほど末恐ろしい。