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太月事務所の三兄弟、ふたたび 終わり

そもそも、

「私」たち家族がこの屋敷に引っ越してきた理由はひとつだけだった。

病弱だった私の治療のために。

何のためでもない、ただ病気がちな私の体を心配して、両親が選び出した場所だった。

母は毎日わたしに添い寝する。父は幼い私が寂しくないようにと私のそばで仕事をしたし、召使は私に物語を聞かせてくれた。みな、沈みがちだった私の心を明るくするために粉骨細心してくれた。本当にありがたかった。


いつだったか。

同じ屋敷に住んでいながら、疎遠のように感じた姉が愛しく思えていた日は。


「お姉さん!」

私はうれしかった。寝込んでいた私の寝室に訪れ、姉が私を見舞ってくれたのだと思ったとき、心が温かくなった。延ばした手を姉は冷ややかに見下ろし、こんなことを言った。

「花実さん。どうして私からお父様とお母様を奪おうとするの?」

言葉を返そうとした。

返そうとしたが、その瞬間、姉の冷たい目がかっと見開き、その暇さえ与えなかった。

「わたしから全てを取らないで!取らないで!!」

ぐっ、と私の口と鼻が塞がれた。もがいたが、姉は強かった。募るにつのった憎しみの心が、姉の力を数倍強くした。自分の意識が今にも途切れそうになった時、ドアが開き、父が急いで姉を引き離す姿を見た。朦朧とする意識の中、姉の手から「クマのぬいぐるみ」が取り落とされたのを見とめた。あれが、わたしの口と鼻を塞いでいたのだ。

母親が泣きながら私の名を呼ぶが、私はそれから気を失った。


姉は寂しかったのだ。怖かったのだ。

いままで当然のように自分を構ってくれた人たちが次々と奪われていくことが、ひどく怖かったのだ。ただベッドに横になるだけの、無力な妹が自分の手の中にあった物を次々と奪い取っていくことに底知れぬ恐怖を覚え、いっそのこと消してしまえばいいと思ったのだろう。



「な、なんてことだ・・・・・・!」



隅田は完全に腰を抜かしてしまい、今にも泡を吹きかねないほど動転していた。若い男は口を抑えて、吐きかねないし、大空は三脚に跨ったまま瞬きを忘れていた。

烏兎は、柏木を見向いてたずねた。

「あなたの、実姉ですね」

ええ、と柏木は微笑んだままうなずいた。その両眼から涙が止めどなく

こぼれ、ベッドの上に転がる天井の残骸と、うつ伏せに落ちた白骨化した死体に触れた。しわが目立つ両手でそっと小さな死体をなでた。

「お姉さん、ごめんなさい・・・。わたしが、わたしが、あなたをこんな目に・・」

ぽろぽろと涙を流す柏木が触れる、その白骨化した死体の名は、柏木美緒。花実のみっつ離れた姉だ。


「姉が行方不明になったのは、私が原因なのよ。父が姉をあやめてしまうのを、私はこの目で見ていたの。父は気づかなかったけど、姉の目は盗み見している私の臆病な目と、ちゃんとあっていた。わたしは止めにも入らなかった・・。ひどい、子だった・・。それを、やっと思い出したわ。わたしも、わたしのもとから尊い物を奪い返そうとする姉が怖かったのかもしれない・・・」


白骨化した遺体は何も語らない。何十年もの間、果てしない孤独とともに隠されていたのだ。

それから烏兎は立ち上がり、花実にいった。

「お姉さんを供養してあげてください。他の誰の手でもなく、あなたの手で」





事務所に戻ったとき、六花の腕時計はPM8:00を指していた。

あれから色々と大変だったのだ。大空は三脚に乗ったまま、放心状態に陥ってしまったし、若い男は気を失うついでに壁に頭を打ちつけてしまって、その場を落ち着けるのに苦労した。

「あ。電気がついてる」

珍しいことに事務所に灯りがともっている。薄汚れた窓には二つの影がうつっている。ひとつは長男で、もうひとつは隆一のものだった。

「ただいま」

六花がまず最初に事務所に入った。そのあとをよろよろした足取りで次男が続いた。

「おお。お帰り。二人ともご苦労だったね」

長男の玉兎は溌剌とした笑顔で弟二人を迎えた。事務所の汚らしいソファには、太月事務所で働くメンバーの一人、隆一が新聞片手に座っていた。

「六花、明日は学校に行くんだよ」

「わかってるよ・・」

「それから烏兎、君は次の依頼が入っているからね。僕とすぐに出発だ」

「・・・」

返事もない。疲れきった次男を哀れんで、隆一が苦笑している。

「それでは、隆一。六花がちゃんと学校に行くか見送ってくれ。今から僕と烏兎は次の依頼に向かうから」

次男は目をかっと見開き、やがて重たい体をソファから起こし、機械的に両足を動かして事務所を出て行った。あとを軽やかな足取りの長男が追う。

烏兎は朝っぱらから働きづめだ。これはひどい、と六花も思ったらしく、

「いつか、烏兎は過労でぶっ倒れるかなあ」

とつぶやいた。

「なんだ、そりゃあ・・」

と隆一が笑った。

「兄貴たち、いつもああでしょう?毎日毎日はたらいて、もって帰ってくるお金といったら加賀屋のおばさんのと比べ物にならないくらいのちっぽけな金額だ。それでおれを学校にいかせてくれてるんだ。すごいよ・・兄貴たち」

「そうか。お前も兄貴のありがたみを知ったか」

「うん」

隆一は一昨日の新聞をおざなりにたたんだ。

「お前の兄貴たちもな、今のお前のように、お前の親父さんの背中を見て育ったんだよ。お前の親父さんは、あいつらの数十倍は働いていたぜ」

へえ、と六花は驚いた。

六花の父親。

彼のことは、また別の機会に語るとしよう。

「隆一さん、おれ、久しぶりに学校で勉強がんばってみるよ」

「おお。まるで健全な高校生のようだな」

「まるで、じゃないよ。隆一さん。おれは根っからの健全な高校生なんだから!」

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