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太月事務所の三兄弟、ふたたび 2

ある日のことだ。

その晩は大変冷え込んで、暖炉に薪をくべることで暖をとっていた大空は、寒さを劈く女の叫び声を聞いた。

急いで部屋の外に出てみると、少し離れた場所で、一人の女が頭を抱えてうずくまっている。登山客としてその晩泊まった一人であった。大空は、女にたずねた。何があったのだ、と。

すると女は、暗い廊下の先を震える指でさして、訴えた。

「ぬいぐるみ! ぬいぐるみが…っ」

ぬいぐるみ?

大空は首をかしげた。そして目を凝らして、先の暗闇を注意深く見た。が、何も見えない。電気を消していたためだ。

「いま電気をつけますね」

廊下の電気をつけた。

ぱっ、と明るくなった廊下。その先には、何もなかった。

大空は訝しげに、今やふるえてまともに喋れない女を見た。

「あの、すみませんが…。何を見たんですか?」

部屋から出てきた女の連れも訝しげにしつつ、彼女の肩を抱いてなだめた。

「ぬいぐるみよ!・・ぜ、ぜったいに隠れている。隠れているんだわ。クマのぬいぐるみが、さっきそこに歩いていたのよ。こっちに向かって歩いてきたものだから、わたし怖くて叫んだの!」

話にならなかった。 ぬいぐるみ? そんなの、この屋敷にはない。ましてやぬいぐるみが勝手に歩くなんて、ホラー映画でもなけりゃありえない。

「ぬいぐるみと言われましても・・」

その晩は、パニックに陥った女を落ち着かせるために、廊下の先をくまなくさがして、ぬいぐるみが居ないことを証明した。それしか大空には出来なかったが、女は納得してくれない。

「ぜったい、壁にかくれたんだわ。早く見つけてよ!」

とヒステリックに叫ぶばかりで困り果ててしまった。

その奇妙な話は、女の幻覚ということで終わるかと思われたが、

ほかの登山客、6人、が訪れたときのことだ。

クマのぬいぐるみが階段を駆け上がっていくのを目撃した、というのだ。

しかも、目撃したのが一人だけではない。泊まった客の3人が見たという。どれも興奮しきっていたが、この前の女のように恐ろしそうにしていない。

「可愛かったわ。真っ赤なリボンを頭につけていたのよ」

「ぜんぜん怖いって感じなかった。でも、クマのぬいぐるみが歩くなんてね」

「ここって、動くぬいぐるみを放し飼いにしてるんですかぁ?」

まさか、と大空はかぶりを振った。

ぬいぐるみ、ましてや歩き回るぬいぐるみなどこの屋敷に存在するわけがない。そのことを彼女たちに話すと、三つの顔がいっきに青ざめた。

「悪い冗談はよしてください」

「オモチャのはずよね? 猫とか犬には見えなかったけど・・」

「えっ、じゃあ・おばけ??」

そんなことはありません、と大空が困った顔をすると、彼女たちの連れである三人の男たちはこぞってケラケラと笑った。

「こいつら可笑しいんですよ。 俺たちもその場にいたけど、クマのぬいぐるみなんて誰も見ませんでした」

「見たわ! 馬鹿にしないでよ。ちゃんとこの目で見たんだから。ねえ?」

女三人と男三人は意見が分かれて、もめ出した。これには大空も閉口してしまった。その話を隅田にいうと、隅田は苦い顔をした。

「大変なことになってしまったなあ」

「ええ。 目撃者はこれで4人です」

いいや、と隅田は首を振った。

「これで8人目だよ」

「えっ!?」

隅田の話によれば、ほかに4人の登山客も、歩くクマのぬいぐるみを屋敷内で目撃したというのだ。この屋敷に四六時中いる隅田と大空こそ、その実態をつかめないでいるというのに、8人もの登山客が実際に目にしているというのだ。これこそ、隅田を困らせる種だと大空は言う。


「リピート客が多かったのですが、クマのぬいぐるみを目撃した客はあれ以来足を運んでいません。いったい誰が流したのか、変な噂がたったようで、得体の知れない男性が訪れたときがありました。彼がカメラを片手にいうにはこうです。『○○テレビ局のものですが、お宅の屋敷には、幽霊が出るそうですね。取材をさせてください』と。 頭にきました。 幽霊など一度も見たことはありませんし、そんなガセで隅田さんを困らせて欲しくなかった。あれ以来、心霊現象だのと取材にくる人間があとをたちません。隅田さんは日に日に気を削がれていくのが分かるんです」

大空は、いたく悔しかったのか、大きな拳で自分の太ももを叩いた。それを目撃した六花が、いぃっ、と顔をゆがめる。

「玉兎さん」

「はい?」

「俺の夢と、ぬいぐるみの事件は、何か関係がありますか?」

そうですね、と玉兎は横に座っている弟二人をチラリと斜視した。六花はギクリと身をこわばらせ、烏兎は人知れず小さく肩を落とした。

「現場に行ってみないとわかりません。 百聞は一見に如かず、と古くから言葉にございますからね」

「来てくださるんですね? 助かります。 今すぐに来てくださいますか?」

「一日二日でどうにかなる問題でもなさそうです。聞いたところ、害をなすような現象ではありませんからね。明日にでもお伺いします。それで、今晩は、隅田さんはお一人でお屋敷におられるのですね?」

「まさか。 俺が今からすっ飛んで、帰りますよ。隅田さんにもしものことがあったらいけないと思って、俺の友人3人を、隅田さんのガードとして置いてきたくらいですから」

六花は想像した。

ヒップホップ三人組が銃を片手に老人を守っているさまを。

「それでは、明日の午前10時にお宅にお伺いします。 住所は・・」

「いいえ。 明日は俺が車で迎えにきます。なにぶん、山奥は迷路のようですし、交通手段も怠惰なバスが何本かで、相当不便なところですよ」

玉兎はにこやかに礼をいった。横の弟二人は浮かない顔をしていたが。

「それではお気をつけてお帰りください」

大空は去っていった。大きな体を揺らし、彼の背が消えたところで、六花が不満そうにいった。

「明日は、他の依頼が入ってなかったか?」

「そうだね。確かに入っていたよ」

「どうするんだよ。簡単に約束しちゃってさ。二つを同時進行するなんて、出来るわけないだろ」

玉兎は書類の山を掻き分けて、一つつまみ出した。

「これだ。 どれどれ。 ふむ。一人でやれなくもなさそうな依頼だよ」

「おい。 甘く見ちゃっていいのか?一人で、って、そりゃあ誰のことを・・」

玉兎は立ち上がり、二人の弟をニコニコと見下ろした。弟たちは黙って兄を見上げる。

「六花。 明日は学校を休みなさい。そしたら三連休になるからね」

「なにそれ・・・・・・・・・」

「烏兎。 君は弟と一緒に協力して、三日使って大空さんの依頼を解決してきなさい」

烏兎は、だいたいこんなものだろうと自分の兄を見知っている。六花にいたっては、果てしなく呆れていたが。

「僕はひとりでもう一つの依頼をどうにかするから、君たち二人で協力してがんばるんだよ」




翌朝、am6:00.

一本の電話が事務所にかかった。

電話を取ったのは、三兄弟の末っ子・六花だった。

「もしもし?」

面倒くさそうに、ボストンバックに荷物を詰める六花の眠気が、その者の一声で晴らされた。

『六花か』

「た、隆一さん?お久しぶりです。おはようございます!」

『兄貴たちはいるか?』

「はい!」

『代わってもらいたいんだが』

すでに上の兄二人は、受話器を耳につけて目を輝かす末っ子の目の前に立っていた。いったい誰からの電話だろうか、二人には察しがついていた。この弟が、これほどまでに目を輝かせ、人が変わったように敬語を話す相手といったら、彼のいちばん尊敬する「隆一(たかいつ)」その人しかいない。隆一も、玉兎と烏兎と一緒に事務所を経営している。

「六花。 そろそろ代わってくれるかい?」

あ、そうだった、と六花は受話器を一番上の兄に手渡した。夢見心地の双眸の六花は深くため息をついて一声いった。

ウチのは比べものになんねーぜ、と。

烏兎はその意を解して、不服そうに片方の眉毛をあげた。

「うん。 そっちはどうだい?」

『似非祓い師に、祓ってみろと言われて困ってるんだ。オレはお前らとは違うからな。どうだ。こっちを加勢してもらえるか』

「どこだっけ?」

『そこから遠くない。車で1時間だ』

「僕らには依頼がぎゅうぎゅうに入っているんだよね。 それは急用なのかい?」

『急じゃなかったら、わざわざ受話器なんか持たないよ。加賀屋のおばさんは、金を多く取るから安易に頼めたものじゃないしな。 なあ、何とかできないか?』

「そうだねえ・・」

ちらり、と玉兎は次男を見た。次男は暗黙の了解で、兄と受話器を代わった。

「もしもし、隆一さんか?」

『おお、次男坊。 どうだ。 オレを助ける気はないか?』

「しようがない。兄貴に代わっておれがそっちに向かうよ」

助かる、と隆一が言いさした途端、受話器の向こうから、獣の咆哮よろしく、どたばたと数人が走り回る音が聞こえてきた。只ならぬ雰囲気が、きんきんと烏兎うとの耳を突く。

「ひどいようだ」

『ああ。そうさ。 酷いものだぜ。昨日から寝てないんだ。二重の問題が発生してしまって、こっちは弁護士ではないのに、金の問題が大きく絡んでくるんだ。これもすべてはあの似非祓い師が古くからこの家に関わっているのがいけない。あいつがでたらめな祓いをしたせいで、近くの獣の霊が何匹も家主の背にのっかっちまってる』

おおっと、と隆一は現場にあわず自分が饒舌になっていることを自嘲した。

『すまない。 急ぎだと自分でいっているくせにな。それじゃあ、今から一時間後に頼む』

「わかった」


烏兎は静かに受話器を置いた。それから、小さくため息を吐いた。 が、すぐに大きく吸い込んだ。まるで気合を入れなおしたかのように、六花には見えた。

「六花」

次男は呼んだ。

「約束の10時までに終わらせて、ここに帰ってくるぞ」

「うん…。 でも、おれが行っても役に立たないんじゃあ・・・」

「かまわない。 隆一の困る顔が見たいだろ?滅多にないと思う」

六花は、意外そうに次男を見た。今日は珍しい日だ。

次男が電話で、あんなにも言葉数を多くしているのは初めて見たし、何より隆一を皮肉るところが、また意外でもあったからだ。

これは楽しい日になりそうだぞ、と六花は鼻息を荒くした。


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