女と電話 3
確かに鳴っている。
女の眼下、見下ろした先の電話が。
―――でなくちゃ、電話が鳴っているわ。
女は電話が鳴っていると気づくことが出来て妙に嬉しかった。先ほどまで気になっていた首の違和感も心のわだかまりも今ではどうでもよくなっていた。
鳴っている電話を見下ろして、女は手を伸ばそうとした。
鳴っている電話を目の前にしたら誰もがそうする行動、それが女にはどうしてか出来なかった。
腕が動かない。足さえも…。
四肢が全く女の意思を為そうとしない。
女の四肢が、動かないのである。
そうこうしているうちに、再び留守番電話に切り替わる。
―――いやだ、取り損ねちゃったわ。
受話器の向こうで女の聞きなれた声がする。
その低い声は女をひどく愛しくさせた。
『夕日、俺だ…』
夕日とは女の名前だった。
女は受話器を取るのを諦め、じっ、と眼下の電話を見つめていた。
その間も、男は喋り続ける。
『いま、そっちに行っても構わないだろうか?』
女から返答は無い。女は受話器を取ってくれないが、男は空虚に語りかけ続けた。
『…ごめん、俺が悪かった。お前に会って謝りたいんだ』
そう言って、プツリ、と電話が切れた。
女は、ひどく嬉しかった―――今にも泣きそうなほど。
実際、女の頬は濡れていた。ずっと、以前から。
―――嬉しい、まさか謝ってくれるなんて思わなかった。
女はつい最近、しいて言うならば先週の土曜日に五年間付き合っていた男にふられた。
いやだ、別れたくない、と女が泣いて請えば、男は、もう終わりなんだと首を横に振った。足に縋る女を蹴飛ばして男はアパートを去っていった。乱暴をされたことは幾度となくあったが、それ以上に愛しかった。
あの情景が、
今でも女の脳裏にやきついて離れない。妙な喪失感とは“これ”だったのだ。