太月事務所の三兄弟 2
湊の話を一部始終ききおわった玉兎は、いきなり立ち上がると事務所のドアまで行き、
「では、今日はこのくらいで。明日の午後五時にお伺いいたしますので」
はあ、と湊は腑抜けな顔をしている。
これだけか、といいたげな顔だ。ここにくればすぐに解決してくれるものだと思っていた。
彼が驚くのも無理はない。かってに玉兎は明日の5時に決定したのだ。これが彼のやり方だった。
湊が去ったあと、玉兎は大仰に大きなため息を吐いた。
次男の烏兎が、冷凍食品の包装をばりばりと破っているかたわら、六花は一気にコークをラッパ飲みした。
「かーっ。鼻にくる」
炭酸飲料水特有の、つんとした感覚に顔をしわくちゃにして、ソファに腰をおろす長男の横に体を投げた。そして、長男が手にしているものを見てギョッとした。
「な、なにそれ」
六花が驚くと、長男は無頓着に答えた。
「身代わり」
玉兎が身代わりと呼んだそれは、人のかたちに象られた木の板であった。その腹にさまざまな人名がかかれている。どの背中にも長々と清めの言葉が書いてあったが、どれも清めが効きそうな顔はしていなかった。玉兎が生みの親のため、どれも無様な表情をしている。
それがまたあろうことか、今から夕飯を囲むであろう机の上にごっそりと山積みされている。
「気味悪いな。早くどけろよ」
「六花は明日暇だろう?だったらさ、湊くん…」
「おい。おれの話は無視かよ」
その気味の悪さに絶えられなくて、六花が木の人に手を触れようとしたところで次男がその手をいち早くつまみあげた。触れるな、の意である。
そっちこそ触れんな、とふくれっつらで顔に表したが、烏兎は弟の顔も見ずに再び冷凍食品の包装剥ぎに取り掛かった。
「ていうか、おれは何も出来ないぞ。兄貴たちと違って何の力もないんだからな」
「湊くんが気づくようにいろいろ横から助言してやればいい。僕らの能力は今回の依頼じゃ必要ないからね」
「そんなこといってさ、本当は仕事休んで楽したいだけなんだろ」
「はぁ〜。悲しいね。いまのを聞いたか、烏兎」
烏兎はこちらに背を向けたまま、肩をすくめて見せただけだ。
「いいか、六花。僕らは今から腹ごしらえをしたらここを二日ばかりあけるから」
「えっ?」
「ことによっては三日となるかもしれないね。だから留守番、よろしくたのんだよ」
「隆一さんは?隆一さんもいっしょに行くのか?」
「いいや。彼はかれで、依頼主さんのところに泊り込みで仕事におわれて大忙しさ」
「はぁ〜。また一人で留守番かよ。いいかげんに暇死にするぜ、おい」
「だいじょうぶ。今から一時間後に“聡介”が来てくれることになってるから。だったら暇はしないはずさ。二人でおしゃべりなりゲームなり宿題なり、好きな子の話に花を咲かせるなりするがいいさ」
そういってから玉兎は、烏兎からラザニアを受け取って、熱い熱いと食べ始めた。
聡介が来る、と聞いた六花は先ほどよりも幾分か表情を和らげていた。
「だから、依頼主さんのところへはお前と聡介のふたりでいくといい。少なからず聡介は役に立ってくれるだろうからね」
「そうはいうけどよ、あいつはカナリの貧弱モノだぜ。依頼主の家でぶっ倒れても知らないぜ」
「今回は、聡介が倒れるような大物じゃない。小物かといわれたら、そうでもないと否定すべきかな。というよりも、ランクをつけるように切羽詰った相手でもない」
玉兎はずるい。
六花のわからないことばかりについて、先に立ってしゃべりだすからだ。
「まあ、いいや。聡介が来てくれるなら退屈しのぎにもなるだろう」
「決まりだ。じゃあ。あとはまかせたよ」
と、二人の兄は食事を早々に切り上げ、事務所の出口までさっさと歩いていってしまう。
おお、と返答をしかけて、六花は机の上がそのままになっていることにぎょっとした。
「おい!!これ、どうにかしろよ!!!!」
それから
事務所のいかれ時計がちょうど夜中の2時をさしたとき、事務所の戸が開いた。
ソファに寝転がって深夜番組を見ていた六花は、入ってきたものに一瞥もくれずに、
「明日の午後5時、ひまか?」
入ってきたものは、六花の向かい側のソファに腰をおろすと静かな面でうなづいた。
「行けるよ」
「よし。決まりだ。はじめて兄貴たちから任務をもらったんだ。はじめの依頼主さんだ。失敗なんてできねえよ」
高揚した表情の六花に、聡介は静かに言った。まるで諭すようないいかただった。
「責任は影のように足元をついてくる。決して切り離せない存在だよ」
しばしの沈黙のあと、
「ふん。さすがに隆一さんの弟だぜ」
隆一のおとうと。
だけど、二人の血はつながっていない。