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鬼の一振り 終わり

喜助は訝しげに老婆を見た。傍らの麟之介は、感心した顔つきで顎をなでている。

「それで、その真平が今も人を斬ってるというわけか」

「そうだよ」

「へえ」

「でもねぇ」

老婆はどっぷりと更けた空を仰いで、気味の悪い笑い声を漏らした。

「でもね、恐れる必要も、今じゃあないさ」

「辻きりなんだろう?今も健在だろうに」

「健在だが、それは数年前と訳が違うよ。お兄さんがたはただ帰りは、前を見て歩けばいい。何があっても振り向くんじゃあないよ。ただ前を見て歩くんだよ」

麟之介はわははと笑って、

「それじゃあ斬られて死ぬぞ」

「斬られたところで死ぬ話じゃないよ」

「鈍らか」

「いいや、ちゃんとした刀さ」

「では、斬られれば血もでるぞ」

「血はでない。ただ一日斬られたところがひりひり痛む」

喜助は我慢できずに老婆に言い放った。

「よく分からない。ちゃんと言っておくれよ、婆さん」

きょとん、とした顔で老婆はいった。

「わしはちゃんと言ったよ。もはや辻きりの鬼の子は恐れるに足りんのさ」

「でも・・・」

不安そうに喜助は辺りを見た。人の気配はない。

「出る。出るといえば、出る。辻きりの鬼の子は、あれで30だが今や愚かな“塊”でしかない。わしら今を生きるものにとって怖いものはない。相手にならんよ。ただ、後ろは振り向いたらいけない。“厄介な”ことになるんだ。あいつは人を斬る事で頭がいっぱいで、周りの世界に目を向けられなくなっている。だから片っ端に切り倒していこうとするのさ。阿呆なことだよ」

まるでなぞなぞを出されている気がした。喜助は、はあと嘆息して立ち上がり、

「麟之介さま。もう、帰りましょう」

「うん。そうだな」

「おうおう。帰る時はくれぐれも後ろを振り向かんことだよ」

「ああ、そうしよう」

麟之介は老婆のいうことなど、真剣に取り合わない。ただ愉快なやつだよ、と笑っている。老婆はにやにやと袋小路で座ったまま、二人を見送った。


それからだ。


二人は口もきかずに、しんと静まり返ったまま歩を進めた。辺りは真っ暗で、軒先に下げられた提灯の灯火が煌煌と地面を照らすが、辺りいったいを照らすことなどない。不思議とその日は外を出歩くものが居ない。おかしい。いくら夜が来たからといっても、丑みつ時でもない。ただ日が暮れただけのことだ。

暗闇にぽつぽつと明りが浮かんでいる他、あたりはしたたかに真っ暗だ。

二人の歩は、自然と早まった。喜助など急げば急ぐほど、足がもつれた。


というのは、背後から誰かがつけているのだ。


麟之介は、初めはまさかなあと思ったが、摺足で後を追ってくる者がいる。喜助など顔色を悪くして、ときどき傍らの麟之介の顔をちらりと見た。彼も同じく色をなくしていた。

麟之介の手が、鯉口を切ったのは背後に居たものが走り寄ってきた気配がしてからだった。


「喜助、脇へ!」

喜助、脇へ退け、と麟之介が刀身を抜いて振り向いたときには、すでに麟之介の胴を“辻きりの鬼の子”の刀身が真一文字に走った後だった。

「・・・・っ」

稲妻の如く、腹に違和感が走った。ずばっ、と腹が真っ二つに裂かれた気がする。

もう、死ぬのだ。と思った。

振り向いたほうには、腰をずんと沈めて既に鞘に刀を納めた辻きりの姿がある。年のころは老婆のいったところの、30前半のみすぼらしい格好をした総髪の男だった。

「ひえええ」

喜助は腰砕けて叫んでしまった。

しかし、次の瞬間には地を這って地面に崩れた麟之介の身体を起こしてやっていた。

「ああ・・っ。麟之介さま、大丈夫ですか」

喜助は辻きりの顔があるほうを見上げたが、そこには何もなかった。しかも、おかしなことに斬られたほうの麟之介が笑っている。

「くっくっく。こりゃあ、参った」

「・・・・・」

「いやあ、あれは生きてなかったぞ、喜助」

はっ、とした喜助は麟之介の斬られた腹を見たが、何もなっていない。刀傷を負わずに、深手を負うはずはなかった。

「あれは死んでいた。もはやこの世のものじゃあないぞ」

斬られた麟之介はその種が分かったが、喜助には分からなかった。




翌朝、麟之介が起きないと実母が心配して見に行ってみると、そこには腹を抱えてうんうんと唸る息子の姿があった。

「どうしましたか、麟之介」

「腹を斬られました・・」

「なんと!」

母親は駆け寄って苦しそうにもがく息子の腹を見たが、何にも変わったところはない。

「つまらない冗談を」

母親はくすくすと笑ったが、すぐにすっくと立ち上がり、

「いいですか。早く顔を洗って朝餉を召し上がりなさい」

うーん、こりゃあたまらん、と麟之介は顔を土気色にしていると、喜助が朝飯を盆にのせてやってきた。

「あの辻きりは、自分が死んだことも知らずに斬り続けているんですね」

ああ、と麟之介は苦笑した。

「あれが幽霊だったとしても、こりゃあよく利く一斬りだったなあ。もう勘弁」

そういって、麟之介は一日中布団の中で腹の痛みに汗を流していたという。


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