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鬼の一振り 2

キーワード:鬼、辻きり

―――真平は幼い頃から武士に憧れた。

農家の子という枠をいつか飛び出し武士として生きると幼い頃に心に決めていた。しかし越えられる身分でもなし、真平は現実と夢を飲み下し、鍬を手に病気がちの両親を手伝った。

それが13になった年の秋。

大嵐が村を襲い、真平の住む家はあばら屋で大嵐に絶えられずに崩壊した。折角、実らせた稲穂が台無しだ、と村の者たちと嵐の中出て行った壮年の父は嵐に飲まれて亡くなった。

必然的に一家の大黒柱を失って、真平の家はその日を生きるのでやっとだった。真平の下にはあと四人の弟妹が居る。これでは食っていけない。

その時節、真平の家に一人の汚らしい下級武士が飯をくれと訪れた。母親は気味悪がったし、弟妹達は怖がって奥から出てこない。

ただ、真平だけが相手となった。

その武士は体躯が良いが、身形は貧相で笠を被ったまま家でも脱ごうとしないどころかブツブツとしきりに何か言っている。ただ左腰の朱鞘におさまる長刀がだけが場違いに美しく、真平は見惚れてしまった。まるで手弱女(たおやめ)を前にしたかのように。

生憎、貧家だったため粟や稗しかない。どうしたものか、と思案している間に武士は腹が減ったとうるさい。

この際仕方がないので、これで勘弁してくださいというと、十分だとがつがつ喰らった。

『いや、助かった』

武士はそう言い、奥に隠れる家のものを気にしてか、

『それじゃあ失礼した』

と立ち上がり、開きの悪い戸をなかば打ち破るが如く跳ね除けて、

『すまん、坊主。一緒になおそう。外に出ろ』

わけの分からない事を言って、困惑する真平の手を引いて外に出た。

真平は、内心斬られると思ったが、そうではなかった。

『これは鬼の一振りだ』

武士はそういうと、腰にさしていた朱鞘を抜き、真平の胸に突きつけた。その手は震えていた。

訳がわからず真平が戸惑っていても、武士は全く気にした風がなく、ただ何度も

『お前にやろう』

といった。

『わたしは農民です。武士ではないから剣技など知るはずもありません。これは悪い冗談でございます』

幼い真平は泣きそうになった。無理やりもたされた“鬼の一振り”が重くてかなわない。しかし武士は、真平に持ってくれと頼む。

『俺がお前を選んだのではない。鬼の一振りがお前を選んだ。常日頃からお前は人を斬りたいと思っているのではないか?そうだろう?おれもそうだった。だからお前が悪い』

『そんな・・わしは』

『お前が持たんとおれが困る。では、これにてすまん』

と鞘を押し付けるなり、一目散に逃げてしまった。

もちろん、朱鞘・鬼の一振りは真平の手の中にある。


 それから数日、朱鞘の鬼の一振りは真平の家の裏にある小高い丘に埋められた。真平はそうするしか思いつかなかった。母親や弟妹たちは、まさか真平が朱鞘をあの武士から貰ったとは知らなかった。

初めはそこらに放って無視してしまおうと思った。しかし、好奇心というものが少年にはあって、捨てるにも捨てれず、もしかしたらあの武士が取りに戻ってくるかもしれないと思っていた。そのため、少し離れたところにある丘を掘って、鬼の一振りを埋めた。気が咎めたが、なにか鬼の一振りを手にしていると気分が悪くなる。持っていたら気力が削がれるきがした。

埋めた際に、心音が高鳴った。

朱鞘に魂が宿っているかのように、

刀が鼓動を打っている気がしたのは、鞘が仄かに温かいと感じたときだ。もうそうなってしまえば、ざっと一気に埋めてしまうしかない。気味が悪い。生血を含んだように紅い鞘が妖しく美しい。

何とかして埋めたのはいいものの、刀の具合が気になって仕様がない。

結局、それから一ヶ月と経たずに土を掘り返してしまった。しかし、そこに刀の姿は無い。

はて、あの武士が取り返しに来たな、と思えばそうじゃない。

【おい。坊さん】

声がした。

真平はぎょっとして声のしたほうを仰いだ。するとそこには、赤い着物を着た真っ白な鬼が立っている。尖った一角に、裂けた口から飛び出る鋭利な牙。

それを見て、わっ、と腰を抜かした真平をむんずと掴むと、白い鬼は唸るように言った。

【わたしは腹が減ったよ、坊さん。さあ、人の生き血を吸いに町に下りよう】

『ひええ』

必死の思いで真平が鬼の手を振り解こうとばたばたと空を掻けば、どさりと体が落とされる。

『は・・!』

そこに白鬼の姿はない。ただ、そこには朱鞘があった。鬼の一振りと呼ばれるそれだ。

【町だよ、坊さん。町なら斬り放題だ】

そう聞こえたきり、朱鞘は喋らなくなった。

真平にはそれだけで十分だった。

 その日の夜、真平は家族に何も告げずに家を出た。その手には朱鞘だけが握られていた。

真平は厄介なものに憑かれたように虚ろな目をして町へと下り、朱鞘を腰に人を斬り始めた。すべては鬼の欲望を満たすためだ。彼の意思など、二の次だった。

真平は農家の子で、刀術など全く知らなかったがそれはどうでもよいことだった。ただ刀の傀儡となっていれば、勝手に鬼が人を斬っていく。技など知らなくても困る事はなかった。

のちに、真平は夜にひらりと現われる辻きりの鬼の子と呼ばれるようになった。

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