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門前で、待つ 終わり

雨が降る。もう、うんざりだ。

鏡の前で溜息をついた僕は、何歳か老けたように見える。

「なあ、馬上」

「うん?」

「おれ、実はあの女の人に声をかけられるんだ。ほぼ毎日な」

「へえ…。それで?」

「ああ。飽きもせずに立川のことをあれやこれやと聞いてくるんだからたまったものじゃないぜ」

「それで、答えるの?」

「まさか!」

鈴木君は、トイレの鏡の前で絶望に満ちた表情をうつしだして言った。

「もう、うんざりだ。相手にしたところでこっちはブルーになるし。だって、あの表情はないだろ?呪われそうだぜ」

「そういわないで・・」

苦笑したが実は案外ぼくもそう思っている。

「それに雨もうっとうしいし。てかよー、今年の雨ってひどいな」

「毎年おなじだよ」

雨は嫌いだ。

湿気を多く含み、日頃の鬱憤を誰彼構わず晴らそうとするように感じるのは、きっと嘘じゃない。



次の日の放課後。

僕は7時に学校を出た。辺りは薄暗くどんよりとした雨雲に覆われていた。そして正面玄関を横切ったときに雨粒がぽとりと頬に落ちたかと思えば、大粒の連弾が始まる。

(あー・・・・。)

今日に限って傘を持ってきていない。気持ちは、学校に引き返そうともしない。雨宿りなんかしたところで、雨が止んでくれる補償はない。

どうする?

僕は地を蹴って、急いで家路に着こうと走り出した。ドラマなんかにあるワンシーンを思い出し、鞄を頭の上にかざして雨を防ごうと思ったが、雨足は間断なくて防ぐには間に合わない。だいち、あんな革で出来た薄っぺらの鞄じゃないんだから無理だ。

(あ〜・・やだやだやだやだやだやだやだ)

いつからこんなに、雨に対して悲観的になったのだろうか。

そうではない。

ただ、あの家の前を通ることに嫌気が指しているんだ。あの、虚ろな目の女の人を視界に写すと吐き気がする。


「ちょっと待って。お願いがあるの」


赤い屋根の家の前を、無償で通り過ぎることは無理だった。

「あの、なんですか。急いでるんです」

いつになく、僕は尖った声をあげた。雨足が激しく、声がかき消される。ただ雨粒が痛い。

「あの門を開けて」

「門を?」

「やっと決心がついたの」

―――なんの決心だ?

僕にはさっぱりだ。

僕は、あたりをざっと見回し、いつものセダンが停められていない事に気がつく。あのセダンはここのところ毎日家に横付けしていた。

「ご自分で開けれるでしょう」

冷たく言い放ったつもりが、彼女は気にした風もなく、

「お願い。あなたじゃないと駄目なの」

―――なんで、僕じゃないと駄目なんだろうか。

僕は正直、いらいらしていた。

「門くらい自分であけてください」

「私は両手が使えないの」

彼女の両手はボストンバックをぎゅっと握っている。

もう一度おざなりに辺りを見回し、門をじっと見た。インターホンがこの家にはないようだ。

仕方がないので、人様の家の門をガチャリと開けた。

なにか、開けたときに違和感を覚えた――ビリッ、と紙の裂ける音がしたような――が、そうも言っておられずに僕は彼女を振り向いた。

「あなたはここの家のかたなんですか?」

「・・・・・・・そうよ」

彼女の虚ろな目に灯がともった。


僕は彼女が、ありがとう、とお礼をいうのも聞かずに

だっ、と住宅地のアスファルトを蹴りだしていた。

走りざま、ちらりと背後を見向けば、

ちょうどわずかなる間隙を縫って、門外から門内へと入っていく彼女の姿を見た。



それが、彼女の姿を見た最後だった。



翌日の事だ。

赤い屋根の家の前にパトカーが一台と、いつものセダンが二台止まっていた。

何ごとか起きたに違いなかったが、その日は生憎テストだったので

野次馬など無視して学校に行った。去り際に、白いスーツを着た女性が僕を見ると、かっと大きな目を見開き、まるで僕を咎めるような目つきで長いこと睨んでいた気がした。

教室に入ると色をなくした鈴木君が椅子に腰掛けていた。

「おはよう」

声をかけると、彼はゆっくりと顔を上げた。

「ああ・・・」

「どうしたの?顔色が悪いみたいだけど?」

「馬上。知ってるか?」

「うん?」

「あの例の家に何者かが侵入して、家の奥さんがぶっ倒れたんだ」

「へえ・・だから、パトカーがとまっていたのか」

「それだけじゃない。立川麗佳に意識がないんだ」

「はあ?」


話しはこうだ。

昨日、何者かが立川家に侵入した。空き巣ではない。なにせ家はあらされていなかった。

ただ、立川家の母親・・・いや立川家の継母が階段の上でばったりとその者と出くわした。

話しは奇妙で、継母はその者を見ると階段から転げ落ちて頭を強く打って重傷。

近所のもので、怪しい人影を見たものは一人も居ない。

今も継母は病院のベットで意識を失っている。奇怪なことに母親は水に長いこと浸かった様に皮膚がふやけ、両肩に犯人が押したときにつけたであろう赤い手形がくっきりと浮かび上がっていたが、濡れていながら継母の両肩は重度の火傷を負っていた。

さて、立川麗佳はというと、

全くの無傷でありながら、意識不明。犯人は立川麗佳の部屋に入っておきながら、彼女に危害を加えていない。

何があったのか分からない。

ただ彼女は幸せそうに、最近の彼女には見られないほど安らかな顔をして意識不明のままであるそうだと風の噂に聞いた。無邪気な子どものような表情、とでも言い表すのか。

警察は調査をしたが、まったく犯人の意図をつかめないどころか、これといった手がかりもない。犯人は何も残さずに、去っていった。


いいや、一つだけ手がかりがある。


玄関から階段、階段をあがって二階にある麗佳の部屋に到るまで、

床が一面水びたしだったそうだ。

犯人は雨に打たれたままこの家に侵入した。

それだけが、警察の手元にある唯一の手がかりだ。


ただ、鈴木と馬上となると、

話しは別だが。

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