門前で、待つ 1
キーワード:幽霊
今年も、梅雨の季節がやってきた。
色とりどりの傘が往来を行き交うなか、
青葉高校の制服を着た者たちは、駅から流れ出た人々の波を横切り、少し細くなった道へ入ってく。
その方角に大きな門が構えている。青葉高校だ。
近くでチャイムが鳴った。学校の始まりを告げるそれだ。
“僕”の横を4,5本の傘が通り過ぎていく。それはどれも遅れまいと必死だが、僕は急がずにいつもの足取りで学校の門を目指して歩いた。
どうせ遅刻は遅刻なのだから、雨の中必死に走ったところで報われることなど滅多にないし、何より制服に泥が跳ねて授業中に気持ちがしょんぼりするよりは遅れたほうが数倍マシだった。
大粒の雨はひどくなり、気がつけば、
普通に歩いているのに雨粒が跳ねてズボンをしたたかに濡らしていた。結局、しょんぼりだ。
あと300メートルも歩けば校門が見えてくる、といった地点で、僕がはたと立ち止まったのはそれなりに訳があった。
また、“あの人”がいた。
あの、寂しそうな瞳の奥にもの凄い何かを秘めている女性。
その人を、この3日間ほどぶっ続けで見かける。
名前は知らない。年齢は僕の母と同い年か、それより年下がいいところだ。
学校までの道のりは、住宅街を通してその先にあった。そして今、僕が歩いていたところが住宅地の真ん中といったところか。
その女性は、真黒な長髪を肩まで流し、真っ白なフリルのついたワンピースに、手には大きなボストンバックを持っていた。
彼女は瞬きする事を、生まれてこのかたしたことがないとでもいうかのように、或いは、瞬きするのも惜しいというように、ある一軒の豪勢な家をじっと見つめていた。
誰の家だか知らない。
しかし、一度、僕の通う高校の制服を着た女子生徒が門から出てきたのを見かけたことがある、ようなないような。あまりはっきりと覚えていないから定かではない。
ただ、その女性はボストンバックをぎゅっと握りしめ、瞬きをしない双眸を家に向け、僕のズボンの裾以上にしたたかに雨に濡れていた。ずぶ濡れもいいとこだ。あれでは風邪を引く確率が下手なお天気お姉さんの降水確率を上回るに違いない。
僕は呆気にとられてじっと女性を見つめていた事に気がつき、こんなに眺めていたら失礼だと思い至って、すぐに歩きを再開させた。バックの底に運良く折りたたみ傘がある。
それを彼女に渡そうと心が決めていた。
「あの、よかったら僕の傘を使ってください」
気のきいた言葉などよく知らない。けど、一応言いたいことは伝えた。
すると彼女は、
家から視線を少しも外さずに、
「結構です」
と言ってのけた。そうもいかないから、二三度傘を進めたが同じく抑揚のない声で、
「結構です」
と彼女は返した。僕は傘を進める自分がしつこいような気がした。だからゆるゆると手を引っ込め、軽く会釈をしてその場を去った。
雨は猶も激しく降りしきる。
僕は、ちらりと背後を振り返った。まだ、あそこに立っている。まるで死んだ棒のように細い人だった。
あの人は、まだあの赤い屋根の家を見つめていた。
―――というか、家に構える、赤褐色に錆びつき、硬く閉ざされたような“門”をじっと見ていた。半ば敵を睥睨するような目つきで。
あの家に何があるのか、それが気になる前に僕はただあの女性が何をしたいのか気になっていた。
だって、あの瞳が“野望”に燃えていたのは明らかだったからだ。