ワンオブスリーの存在 終わり
社は煙草を吸いつつ、向かい側に座って小一字間は一文字に口を閉じ続けている保をちらりと瞥見した。
ぱあ、と煙を吐き出すと、社は頭をかいた。
「ドッペルゲンガーだよ」
は?と社は素っ頓狂な“は”を出した。
「瑞希くん、この世に同じ顔が三つとあるんだ。それがドッペルゲンガーさ」
「映画の話か?」
「ちがう。わたしはあの日、三人の一人と会ったんだ」
ああ、と社は一週間ほど前に起こった空家事件を思い出した。
「きみ、信じちゃくれないと思うがね。空家に居たあいつこそが六人の女性に暴行した犯人なんだ。それをなぜ君たちは影武者なんかに騙されやがって・・・」
「おい。口を慎め!あの事件は解決したんだ」
ったく、と社は溜息をついた。
「いいか?あの事件はつい二日前に解決した。犯人の観念したことと、被害者の言うことは全て一致する。犯行に及んだ場所、とき、理由。すべてが完璧なんだ。それをお前はまだ犯人が野放しにされているというんだな?」
「じゃあなぜ六枚とも違う似顔絵に首を傾げないんだ?六枚とあれば六人の犯行だろう」
「お生憎様。しっかり六人の犯行だった。おまえ、テレビや新聞はどうした?いままで噛り付くようにチェックしていたじゃないか。あの空家以来、お前らしく無いぞ」
「だから言うだろ。あれはわたしだったんだ!」
「お前・・どうやって自分が自分を殴るというんだ」
「きみ、分かっちゃあくれないんだね。この世界には不思議なこともありえるんだよ」
不思議な事、と聞いて社は数年前に見た生霊を思い出した。思い出したがすぐに首を振って、否定した。
「今は休め。本調子にはまだ遠そうだからな」
「奴はまだ逃げ続けている。上手く影武者を6人用意したみたいだけど・・。ドッペルゲンガーは二人と居て一人は化物なんだ」
ばけもの、の言葉を復唱する社に声がかかった。同僚からだった。
「おい。もうおれは行くけど、ちゃんと休めよ。化物だとかドッペルなんとかだとか、現実からかけ離れた事ばかりほざいてないでいつものように正義に忠実にいるほうがおまえらしいよ」
「いまでもわたしで居るつもりなんだがな、きみは信じちゃくれないみたいだ」
仕様が無い、と頬を腫らした保は席を立ち上がると、
「隆一くんのところに行く。彼ならなにか知ってるかもしれないからね。それに信じてくれる」