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ワンオブスリーの存在 2


十分ほど前に壮年の女性から一本の通報があった。


女性の隣家は、もう10年近く空家なのだが、つい先ほど二階の自室から窓を見下ろしたところ、空家の曇りガラスに人影が動いたのを確認したという。しかしそれきりで影は消えてしまい見ないという。中に誰か居るのか、居ないのかもさっぱり分からない。


「確かに見たんですか?もしかしたら新居者じゃあないんですかね」


そんなの有り得ない、という。


「なぜですか」


とにかく早く来てくれ。

じゃないと気味が悪くて眠れもしない。あの婦女暴行事件があってから周りが疑わしく思えてならないのだと言う。とにかく来て調べてくれ、と。


 今は頭上の“赤”を休めて、一台のパトカーが夜の小道にぽっかりと浮かぶように停まっている。官服を着た一人の警察官がパトカーから出てきた。

彼は上背のある青年でパトカーから出るなり大きく伸びをした。彼の名を富士衛(ふじまもる)といった。

「ん〜っ!」

「おい…」

彼に続いて出てきたのは比較的背の低い女だった。

これも同じく官服を着てい官帽を目深に被っていた。

名を櫻庭保(さくらば たもつ)といい、今回の物語の主人公である一警察官だ。

「通報があったのはこの空家か?」

「ああ。そうみたいだ」

(たもつ)は辺りをくまなく見渡した。音を立てない歩き方は猫のそれと似ていた。

彼らが目の前にするのは一軒の空家だった。通報してきた女性が言うにこれは何年も空家をしているらしいが、闇夜に浮かぶところからして不気味で人の出入りが無い家はまさに死んでいた。何十年とその場に置き忘れられたような佇まいを見て、富士が身震いした。

「今から入ると思うとぞくぞくするよなあ。なんかガキの頃に入ったお化け屋敷みたいだな」

「…言ってろ」

「おいおい、そりゃあねえだろ。つれねえ物言いだな」

「いいかい、富士くん。わたしらは遊びに来たんじゃあないんだ。通報があってお仕事で来てるんだ。正義の名を掲げるが如し、いま、果す事に忠実でなくてどうするんだ」

くどくどと保が言うのを聞いているのかいないのか、はいはい、といって富士は空家の門をギイと言わせた。何年も手を触れられないでいた門は、赤褐色に転じていちいち煩い音を立てる。

「おい…!」

「なに?」

「なにって、富士くん。中にいるのが不審人物だったらどうするんだ?相手がナイフを持ってるかもしれないんだ。こっちが堂々と入っていって刃物を突きつけられてみろ。もしくは逃がしてもみろよ。たいへんなことだって分かっているなら、慎重に動いてくれ」

保はやはり音も立てない足取りで門の奥に入っていく富士に忠告したが、彼はまったく耳をかさないどころか歩みを荒々しくさせる。それを追う保はチッと舌打ちした。

「分からん奴だな…」

「おい、櫻庭。いいか?いないに決まってるんだ。外から見たところ人の気配がしないじゃないか」

「だから余裕でいいというのか」

「いいや」

富士はぼうぼうと延び放題のススキを掻き分けて空家の玄関前までたどり着いて、いちど後ろを振り向いた。

「いいや、さっさと終わらせようといってるんだよ」

保は眉をしかめて首を振った。

「もしかしてお前、例の事件を意識してるんじゃあないのか」

「例の事件って・・・、六人のか?」

ああ、と頷く富士は小ばかにしたような笑い方をした。

「六人が襲われた周辺とはかけ離れたところにある空家だぜ。そうそう居るわけ無い。しかも、通報してきた婆さんの見間違えってこともある。もしくは野良猫が潜り込んだ、とかな」

「そこまで可能性を想像できるなら、なぜ君は最悪の事態を想定できないんだろう」

「確立があっても、そりゃあ取るに足りないほどのちっぽけなもんだからさ」

「ふん。よく分からないな、君の確立はてんで駄目らしい」

と、保は玄関前から反れて裏へ足を進める。

「おい、なぜそっちから?」

「わざわざ玄関から入るのも酷だ。ご丁寧にも犯人にお邪魔しますと告げるようなもんだろ。それくらいも予想できないとは君はいったい何を考えてるんだか」

「……」

富士は解せない顔つきながらも大人しく保の後ろをついていたが、途中で二手に分かれることにした。保にくどくど言われたのを肝に銘じた富士だ。それからは慎重に家の周りを伺った。

確認したところ、人の気配は外からでは感じられない。茶の間や各各の窓には雨戸が閉められて中を伺うことが出来ない。しかし、通報してきた女性が人影を認めた場所でもある台所の格子窓は違った。

玄関から反れて右からまわった保と、左からまわった富士が行き会った。

「おい。見てみろ」

先に台所の窓にたどり着いていた富士が蚊の鳴く様なか細い声でいう。

「窓が開いてるぜ」

ほんとうだ、の意で保は頷いた。

「しかも、ほら」

と、富士はわくわくした顔付きで勝手口を顎でしゃくって示した。

「開いてるんだ」

保はいよいよ奮い立ってきたらしい。暗闇のなかで目をカッと開いてその通り猫のようだ。

「入るぞ」

と、彼女よりも先に富士が勝手口のドアに手をかけた。ドアは音も立てずに安易に開き、二人が順々に忍び足で入ると、そこには深深と真っ暗闇が満ちていた。僅かどころかかび臭い。

入ったら声を出さずに何かを伝える時は手で示すんだ、と保がいったが、手の暗号を解するには暗闇になれるのが必要で、それにはかなり時間がかかりそうだ。

忍者じゃあないんだから足音はたつ、と富士が訴えれば保は忍者でも失態するもんだぜとまじめに返した。

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