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見てろ 終わり

土日は外に出歩かず、

スケッチブックも開かずに家の中で過ごした。

解せない音が地面を叩いた日は気持ちが悪かったので何もせず大人しく帰宅したが、飽きもせずに明くる日も公園に足を運ぶと彼女の姿を見とめて誰よりもほっとした。

彼女と言うのは、愁いを帯びた顔でもなく、猛々しい顔でもない、あの怨めしさを惜しげもなく放出した顔の彼女だ。

彼女を見とめるとげんなりしていまったが、しばらく公園のベンチに腰掛けて今では味のしない煙草をふかしつつ、五階から見下す彼女とにらめっこを続けた。


物好きな男もいたもんだ。


彼女の三面性に勝手ながらに絶望を感じたならば、公園へ赴くのを絶てばいいものを好き好んで訪れたりする。てんでオレも救えない男だ。

にらめっこを続けていると彼女がまた試すように口角を引き上げた。

(ふん。お調子者もいたもんだ)

オレを見下ろしつつ彼女は長い黒髪を後ろに払った。こっちが瞬いている間に表情を重くし、例の怨めしさを面に出す。ころころとよく表情を変える器用なひとだ。

ずっと見ていたらこっちがやられる、とその時は思ったのだろう。今日はまともな絵がかけるわけがない、このくらいにして帰ろうかと腰を浮かせた時だった。見上げていた先の彼女がいつの間にかベランダの手すりに上がって、今にも飛び降りようとする。

見てろ、とさも言いた気にオレをじっと見下ろしてくる。するどい視線はもはや鋭利な刃物も勝てやしない絶対的な強さをひけらかしていた。

あの態勢は、誰が見たってわかる。

自ら命を絶とうとしている。自殺だ。

たまったもんじゃない、とオレがやめろと声をかけ終わる前に彼女は眼下にダイブしていた。


ああっ。


もう、駄目だ。死んだ。


一気に体の力が抜けてガクリと膝を崩している間にも公園で遊んでいた子供達の明るい声はたえない。

はて、おかしなこともあったもんだ、と力ない視線を地面に這わせると彼女の飛び降りた姿は無い。

じゃあ、上だ。

と、上を仰ぐとそこには怨めしげな顔をした彼女が頬杖をついて当たり前のようにオレを見下ろしていた。何をそんなに驚いているの、と言いた気に眉を上げて見せた。

(見間違いなわけないだろう。確かに・・)


確かに彼女は飛び降りた。


マンションの五階からダイブしたんだ。


(きみは一体なんなんだ?)

そう思って彼女を見上げているあいだに、もう一度手すりにあがってこっちに痛い視線を投げる。

見てろ、と言いた気な視線が再度刺さる。

二度目も確かに驚いた。しかし、これが3,4,5,6,7,8回・・・と続いていくと驚く驚かないの次元じゃない。簡単にいうと、見ているだけで首が疲れた。

彼女はベランダの手すりに飛び乗って眼下に飛び降りる“自殺”を繰り返すだけであって、本当に死ぬわけではない。

どん、と飛び降りた後に残る音は確かに生々しく耳にこびり付くが、実物が地面で死んでいる姿を見るわけでは決してない。

じゃあ、はなしてオレが見ている彼女はいったい何なのか?

そこが問題だ。


「生霊だろう」

「生霊?それはどういう・・」

「その名の通り、生きている霊だ」

隆一たかいつ、すまないけどその説明だけじゃ分からない」

「時々、本人から分離して、勝手にある場所に現われるんだよ。本人と同じなりをしているが、本人ではない」

「それって化物か?」

久しぶりに会った友人は、腑抜けになって煙草を吸わずに灰皿の上で燃やすだけのオレを、不思議そうに眺めながら、あとを続けた。

「化物じゃあないだろ。本人が化物ならまだしも、生霊はそうじゃない。」

「こっちに危害を加えたりするのか?」

その質問がいけなかったのだろうか。

隆一は、ときどき垣間見せる人を哀れむような表情をのぞかせて嘆息した。

「…おまえ、もう公園には近づくな」

「うん。 うん、そのつもりだ」

「そうかな…」

隆一は雨が降りしきる窓の外を眺めた。その横顔は深海を思わせた。





オレが公園に出向かなくなって一月が経ったと同時に、オレはきっぱり絵をあきらめて派遣会社に勤め出した。

隆一から忠告されてから公園には近づいていない。

きっと海の言うとおり現実か想像かわからないことばかり考えるのはやめたほうがいいんだろう。オレは、あの時、まさに極度に疲労していたんだ。

そう思ってオレは長いこと放置していたスケッチブックを指定されたゴミ袋に入れて、家を出た。これを処分してしまえば心が吹っ切れるはずだ。

捨ててしまおう。

これは社瑞希という若造の人生を綴った物語に出てくる苦い断片の一つに過ぎないのだ。

儚き恋を連想して勝手に物語の登場人物を演じていたのはこのオレだ。痛い目にあって当然だろう。

「おはよう」

「おはようございます」

近所のおばさんがぱんぱんに膨れたゴミ袋を捨てた後に、オレもあのスケッチブックと一緒に燃えるゴミとして手放した。

 その日は自分でも上手く説明がつかないほど不思議なことに、勤めている会社に向かうはずの足が勝手に公園へと向かっていた。

莫迦なこともあったもんだ。

まるでその行為は中毒に似ていた。止めるよ、と決心したように思わせて実は端から止める気はないんだぞと心の底でもう一人の自分と決断している。とにかくオレは彼女を一目見たくて仕様がないんだ。


それで、いざ公園に出向いてみると、やはりそこに彼女の姿があった。

じっ、とこちらが見つめても彼女はあの頃のようには見向きもしてくれない。しかし、その顔にオレの求めていた「憂い」があった。


彼女だ。


彼女が戻ってきてくれたんだ。

そう思った。

(こっちを見てくれないかな)

刹那、五階のベランダにいた彼女が手すりに飛び乗った。

(ああ・・また生霊か・・)

隆一のいう生霊なのか、とがっくり肩を降ろしていると彼女は綺麗に弧を描いて地面にダイブしていった。その姿を慣れた目つきで眺めていたオレだが、彼女が地面にぐしゃりと音を立てて落ちたところでようやく目が覚めた。


今度は、ホンモノだったのだ。

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