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見てろ 3


長い黒髪に、愁いを帯びた表情。

紺のソックスに、セーラー服。

ふと目を合わせると力なく微笑むその儚さ。


その子が、あのスーツ姿の男に虐められている夢を見た。

仰向けになった彼女は男に馬乗りされて四肢を精一杯じたばたさせて抵抗するのだが、スーツ姿の男は能面のような無表情で彼女の両手首をいとも簡単に縛りあげる。

男はおもむろに酒を取り出すと無理やり彼女に浴びせて、何がなんだか分からないくらい彼女を酒びたりにさせた。彼女が酒に咽るなか、彼女の側にオレの描いたスケッチブックが開かれていた。

スケッチブックに描かれていたのは男に虐められて泣き叫ぶ彼女の姿だった。

最高に悲痛な叫び声を彼女があげたところで夢が終わった。


行き場の無い怒りに目を覚まし、最高にあいつをぶちのめしたい欲望にかられた。

だからといって、オレが包丁を持ち出してあの階に殴りこんでいくほど最高にフリーキーな奴というわけでもなく、

ただ水一杯を飲んで、自分の想像力の豊かさを怨んだ。

(くそ・・。へんな夢みさせやがって)

そのときは暫くあの公園に出向くのは止そうという気になったが、布団にもぐっていざ寝てしまうと、いつものようにスケッチブックを片手に公園に出向くオレがいた。


いつもの愁いを帯びた儚げな笑顔に、オレのスケッチを見て涙を流す彼女が、それから一週間ほど続いた。

スポーツカーにのって現われたスーツ姿の男と彼女は、オレの想像が勝手に作り出した幻だったのだろうか。

ベランダにいる彼女とあの時見かけた彼女とでは明らかに雲泥の差があった。


儚さと猛々しそうな彼女。


ふたつは同一人物なのにオレには全くの別人に感じられた。

何が違うのか、はっきり分かった頭でその日も公園に出向いた。

そこにいるはずの彼女はそこに無く、すこしがっかりした気持ちで開きかけたスケッチブックを閉じると、射るような強い視線を感じる。

まさか、と頭上を仰ぐと彼女がいた。

あの憂いを帯びた顔を想像して上を仰いだオレだ。

そこに現われた顔が怨めしさに溢れた彼女だと見とめると、恐ろしさに背中を粟立たせた。

(・・あの子・・じゃない?)

いや、そんなわけはない。

黒い髪に、ちゃんとセーラー服を着ている。

しかし、

彼女は手すりに両腕を乗せると、オレを試すかのように口角を機械的に吊り上げた。

彼女と目があったので控えめだが微笑むと、彼女は瞬き一つもせずにじっと淀んだ瞳でオレを見下ろしてくる。あの日、スポーツカーから降りてきた彼女とはまた違ったような雰囲気が感じられた。

お前は何者か、と見るような目ではなく、見てろよ、と叫びそうなほど恨みに満ち満ちた眼孔だった。

けったいなこともあったものだ。

いつも見かける彼女じゃないとはっきり分かったオレはもはや彼女を描く気にはなれなかった。オレが心の底からいとおしく思ってたのは今ベランダに出ている彼女ではなくて、昨日までベランダに居てくれた彼女だ。

何が楽しくてお前なんか描くか、と思った矢先。


どん、と音がした。


大きな肉の塊がコンクリートに落ち込んだような音だ。

そう、人が飛び降りたような音がマンションの連なりに反響した。

はっ、として無意識のうちに五階の彼女を見た。彼女の姿はそこに無い。だからといって地面に彼女の姿を見つけられるわけでもない。

(なっ、なんだ・・?)

心悸がまるで耳打ちされるような心持ちであたりを見回した。それこそアスファルトの地面なんかにくまなく視線を走らせた。

だけど、そこに人の姿は見あたらない。

ましてや倒れている彼女の姿など、

見当たるはずも無い。


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