枷を外して
ちょっとした思いつきで書いたプロローグ。ティンの物語が終わると同時に進むと思います。
「わたしもいく!」
浅美は病院のベッドの布団の中で、まとなりで仏頂面で黙々と林檎の皮を向き続ける友人――氷結瑞穂に向けて怒鳴りつけていた。現在彼女の半身は絶賛大火傷であり、未だに包帯は取れていない。いや、取らせていない。
こうなった経緯について語ると長くなるが、まあ取り合えずこんな大怪我したと言う事である。とは言ってもこの病院の魔法技術ならこの程度の火傷は直ぐに治癒が出来るだろう。だが、瑞穂は本人の意思を無視してそれを行わなかった。理由は一つ。
この手の怪我は、大事でもない限り自然治癒に任せるのが一番だ。人間の体と言うものの治癒能力は非常に高く、強力な魔法など使わずとも薬を多少使うくらいでこのくらいのやけどは直ぐに戻る。
時間は大体一ヶ月。魔法の自然治癒能力を限界まで上げた結果だ。だからだ、瑞穂は浅美に時間をかけて怪我を治す意味を教える。
「駄目だよ浅美さん。浅美さんはただでさえほっとくと勝手に暴れて怪我するんだから。一ヶ月、しっかり反省して。私はもう行くから」
「わたしも行く!」
「看護師さん、この人やかましいんですけどボールギャグと猿轡どっちが良いでしょうか」
「怪我人に対する対応じゃありませんよね、それ」
看護師は呆れ気味に返す。瑞穂は切り分けたリンゴを皿に盛って浅美の横に置く。
「じゃ、行って来る。看護師さん、お願いします。前にも言ったとおり、この人が何を言い出しても再生魔法で治癒しないでください」
「はい、了解です。その辺りは医師と話し合って既に決定済みですので、ご安心を」
看護師の言葉に満足そうに頷くと瑞穂は病室を出た。残された浅美は凄くつまらなそうに。
「ねえ、何時まで寝てればいいの?」
「大体一ヶ月ほどですね。術式による皮膚の回復速度を上げていますし、何より浅美さんはその、少々特殊な身体事情がおありのようですし、それくらいは此処に居て貰わないと」
「むー」
浅美はベッドの中で唸った。こうなったのは全て自分の失態だと分かっている為、別にこうなった原因についてどうこう思っているわけじゃない。ただ。唯一つ。心に引っかかる出来事が一つ。
「また、一人か……」
また一人。浅美はティンと出会う前のことを思い出す。瑞穂がパーティを抜け、結果何がどうなったか。パーティは事実上の解散、ばらばらになって皆好き勝手に旅に出た。
以降、彼女は最初と同じように一人で動いていたのだ。別になんてことはない、初めのころに戻っただけだ。ただ、騒がしいあの頃にもう戻れないと思うと何処か、寂しかった。
ただふらふらと、ただ己の魂に刻まれた渇望に導かれるまま何処に行くともなくふらついて回っていた――そんな時に彼女は森の上空からある少女を見つける。見た瞬間、黄昏に染まってそれが人間だと気付くのに一瞬の猶予が存在した。多分、だが彼女は後になって考えればただ単純に、胸に生まれた空虚を埋めてくれるなら、正直言って誰でも良かった。
だから、彼女の前に舞い降りたのだ。単純に、かつての仲間達の代わりが欲しかったから。だが、それも結局守れずに何処かへと行かせてしまった自分の失態。責任を感じさせて彼女を自分の前から消えさせた。上手くいかないな、と呟いて浅美は天井を仰ぐ。
「……どうして、上手くいかないんだろう」
友人、氷結瑞穂のようにはいかない。彼女のように、上手くことが運べないと嘆く。そうは言うがぶっちゃけ彼女だって上手くことが運べている訳ではないが、浅美の目には彼女がいつも完璧にやっているように見える。
「して、貴様は床に伏して何をしている」
「……ん? 誰?」
浅美に声がかかり、その主の方向へと首を向けた。そこに立っていたのは、奇妙な格好の女。白いつばのない帽子にセーターの上に手甲を付け、ミニスカートから覗くそれは鎧甲冑の下半身部分と、奇妙な出で立ちであった。浅美はその女に見覚えがある。
「アシェラさん、どうしたの?」
「いや、何。妖精達の術式での探索によるとな、どうやら妖精界から人間界へとパイプが出来ているらしい。それで氷結瑞穂に詳細を聞こうと思ったのだが……件の氷姫は何処に居る?」
「んー知らない。出てった」
「ふむ、つまり入れ違いとなったか。まあいい。で、浅美よ。貴様は何故病室の床に伏している?」
「ん」
と浅美は半身に巻かれた包帯を見せる。
「ふむ、怪我か。その巻き方から察するに、火傷か。何があったか聞いてもよいか?」
「えっとね、ロボット倒したら爆発したの」
「……女神の剣は如何した? 爆炎に身を焼かれたと言ってもあれがあればどうとでもなるだろう?」
「んーちょっと遅れちゃって」
浅美は投げやりに答えるとアシェラは何を言っているんだと言わんばかりに。
「だからどうした。あれは女神を守護する騎士に賜れる神秘の騎士剣。それを真に継承し、手にしたのだろう? そんな怪我などあれで癒せるぞ」
「……そーなの?」
「ああ。アレは事象そのものを拒絶する力だ。それを扱いこなせば怪我や病魔に毒など消し飛ばせる事も出来よう。まあ、お前の病気は流石に無理だがな」
言われて浅美はベッドの横に置いておいた何時も背中に背負っていた剣を取り、鞘から抜き放つ。
「これをどうするの?」
「いつも、それで防御するときは如何してる? あれと同じ要領で怪我の部分に突き立ててるだけでいい」
言われて浅美はいつもやっているように剣のオーラを纏わせて自分の体に突き刺した。オーラがより強く吹き出し、病室内で爆発が起きたかのような輝きに包まれる。そして、パンッと光が消えると浅美は剣を引き抜いて包帯を取ってみると。
「おおー、ほんとに消えてるー」
そこには綺麗な肌が見えていた。浅美は左腕の包帯を取ってみると綺麗な左腕が現れ、浅美は目を輝かせてそれを見つめる。そこに看護師さんが現れ、浅美は火傷の痕など欠片も無い綺麗な左腕を見せて。
「ねえ、これでもう退院でいいんだよね!」
数日後、浅美は病院から出ると大きく背伸びした。
「んーもう直ったって言うのにしつこいお医者さんだったなー」
浅美はそう言って周囲を見渡して空へと浮かんだ。
「どーしよ」
今の目的はティンの捜索――で、合っているのだろうか。だが今やっていいのか疑問符が纏わりつく。どうでもいいと思い、心の何処かで自由に飛んでいたいと願う自分が居る。と言うより、今自分はどの面下げて彼女に会えばいいのだろうか。守れずに何処かに行った彼女に、今会ってどうすると言うのか。幾ら彼女でも今会えば彼女を追い詰めることを分かっている。
ではどうするかと言うと。
「じゃあ、ティンさんを襲ってる組織を捜しに行くかー」
そう言って浅美は何処かへと飛んで行った。