參 こいつって名前と容姿が一致してない気がする
三話です。ちょっと時間が空いてしまいました。
ゆっくりしていってね。
「で、ここが記念館」
「体育館じゃないの?」
「よくは知らんが、体育館って言うと向こうの校舎の二階にある建物のことを指す」
「……面倒な設計だわね」
「それは思ったがね。……以上で校内は一通り見終わったが、何か質問はあるか」
「ん?美術室とか音楽室は無いの?」
「よく気づいたな。実はこの学校には選択芸術のカリキュラム自体存在しないんでね。当然木工室も金工室も書道室も無い」
「ふうん……なかなか変わった学校なのね」
「俺も入学してから知ったがね」
「説明会には行かなかったの?」
「行ったさ二回。でも説明会なんて校舎見て終わるだろ普通……カリキュラムなんて確認しないね」
「迂闊な奴」
「うるさいね……お前だって今しがた美術とか無いの知ったんだろう」
「……むぅん……」
さて僕が一体何をしているのか気になったことだろう。説明せねばなるまい。それはあの時、すなはち僕が不良の集団に飛び込んでいった時まで遡る。
「どうしたんだ?続けないのか」
周りが驚き呆然としている中、多分僕が一番口を開けていた。
何故だかは知らないが、本当にどういう道を通ったのか、ドアに体重を預けて悠然と立っていたのは昨日、部屋に押しかけてきて雨宿りをしていたあの少女であったのだ。なんたる偶然。てか初対面の場所、こっから電車で一時間のところなんだが、なんでここに転入?わからないことが多すぎる。
教室が凍ったように静まりかえった。皆が皆固まってしまい、動かない。何故か僕を含めて誰も動けなくなっていた。空気が凍る……まさにそんな感じだ。あの少女の出現により、身動きが取れなくなる呪いでもかかったかのようだ。
「ああ遅れて済まない!……何やってんだお前ら」
凍った空気を打ち破って教室に入ってきたのは、まだ若い三十手前の男性教師。我がクラスの担任であられるお方である。つい先程まで自分が散々罵られていた事を彼は知らない。
「ほら座れ座れ、ホームルームだぞ」
それからあや暫く。先生の登場によってある程度動けるようになった生徒は僕にたかるのをやめ、それでも口をだらしなく開けたまま自席に戻っていった。
何なんだろう。あの少女は、人を脱力させる能力でも持っているのだろうか。
「よーし皆座ったな、ホームルーム始めるぞー」
いつも通り先生のまの抜けた声でホームルームが始まる。が、明らかにいつもと違うのはやはりあの華奢な少女。皆が座る間に黒板前に誘導されていた彼女は、さもそこにいるのが当たり前、といった面持ちで座っている生徒を見下している。
「はーい注目注目ー。口開けてるやつが多いけど進めちゃうからな?噂ですでに知っていた生徒もいるようだが、なんとこのクラスに新しい仲間が増えるぞ。転入生だ」
なんだか先生が嬉しそうだが、正直僕は嫌である。このクラスに新しい仲間、というのはつまりこのクラスに不良が増える可能性があるという事になる。あの少女は初対面じゃ物静かな感じではあったが、今さっきの戦闘に介入する、という行為はずいぶん大胆に思える。僕を助けた体にはなったが、ぶっちゃけあの行動は謎だ。怖い。
「さあ、じゃあ名前を」
先生が小高い壇上のセンターを少女に譲る。
「名前?書いてあるじゃないですか」
「え」
実際黒板には見慣れない名前が書いてある。名前くらい言えばいいじゃない、とは思うが、なんで言わないんだろう。
「まあいいですけどね……ええそうです。黒板見ればわかると思いますけど、私は肆嶋暁璃朱って言います。仲良くしてもしなくてもいいけど、邪魔なやつは片っ端から黙らせるからよろしく」
アリス?不思議の国のあれか?なんというか、黒髪ショートのやつの名前とは思えんな。一致してない感じが否めない。
で、放課後。何か色々手続きが残ってるらしい先生は、クラス内で学級委員長という立場の僕に学校の案内を頼んだ後、高笑いしながら教室を出て行った。僕は仕方なくそれに従った訳である。
回想終了。
「ん?何明後日の方向向いてるの?」
「……?あ、いや、何でも無い、何でも無い」
「ふむん」
「……なあ、一つ聞いても良いか?」
「何」
「なんで今日来たんだ?」
実はさっきの急な登場から気になっていた。いや確かに、他にもこの再開は昨日の今日で偶然かどうか聞いておきたかったが、肆嶋は一切そのことに触れないのであえてスルーする。あの不可思議な登場が無ければ僕は助かっていなかった訳だが、そう考えたら余計に気になって仕方がなかった。
「ああ……クラスの雰囲気を見ておきたくて」
「はあん。で?感想は」
「一番上の立場の人間が頼りなかった」
「ん?俺か?」
「他に誰が」
「いやいやいやいや!俺頑張った方だって!生徒達のボイコット未然に防いだんだぜ!」
「もっと方法があったでしょうに」
「いやそれは……ん?お前最初から見てたな?」
「それが何か問題か」
「ええ……もっと早めに止めてほしかったぜ」
「あら残念でした」
……意外だ。ここまで話しておいてなんだが、ここまでまともに口が回る奴だとは意外だった。なんかもっとこう、こういう謎めいた転校生キャラって気軽に話しかけたりしたら
「黙れ」
「五月蝿い」
「朽ちろ」
「フッ……世迷い言を……」
とかでまともに話せない気がしたんだが、杞憂だったようだ。
「で?本当はなんて言ってほしかったの?」
「……いや……言ってほしかったって訳じゃないが、荒れてるクラスだなって思われるんじゃ、って……」
「荒れてるのが嫌なんだ」
「当たり前だろう。学校は学ぶ場だ。それをあいつらは妨げる」
「……へえ」
……なんなんだろう。やっぱり言動の裏が読めない。
「ねえ、委員長さん」
夕日の射す校舎。正午辺りに降り始めた雨はすっかり上がり、今は少量の雲が若干早めに過ぎて行くだけだった。そんな少し暑い梅雨の夕時、肆嶋は深い色をした水晶みたいな目でこっちを見てきた。
「……一応名前はあるんだがな……なんだよ改まって」
僕は多分、忘れない。この日、窓から差す橙色の光に包まれていたこいつの口からかすかに漏れるように出た言葉。
「……取引しようか」
強そうだけどな、と思ったことは内緒だ。