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貳 僕のクラスが沈黙したのは入学式以来かも

最近、ゴッドイーター2の発売を待ちきれない秋並ですー。いつになるんでございましょう?

まあともかく、息抜きっつうことで、ゆっくりしていってくださいな。

 さて皆の衆ご紹介しよう。最寄り駅である西黒麻澤駅を降りて、向かいの車道をまっすぐ行って、黒麻澤アリーナを抜き黒麻澤川を渡り、三つ目の曲がり角を右に曲がった先百メートル程の所にあるのが我らが母校、私立黒麻澤(くろまさわ)学園高校である。車道を挟んで二つ、別々の場所に校舎が建っているという珍しい設計なので見ればすぐにわかる。

 最近汗で張り付き鬱陶しくなってきたポリエステルのズボンのポッケに右手を突っ込む。中から金色(こんじき)の懐中時計を取り出し、開いて時間を確かめてみる。現在時刻……午前六時五十二分。自宅から一時間かかるのだが、満員電車を避ける僕は朝イチで東西線に乗り込む習慣がある。そのためこんな誰もいないような時間に着くのが当たり前になっていた。

 目の前に校門を置いて立つ。空を仰いでみると、中途半端な雲が空を流れていた。今日も空は絶賛不調らしい。すうう……と生暖かい風が通り過ぎていく。

 うん。今日も学校、嫌だな。

 考えてもみてくれ。普通に授業を受けるのなら僕も我慢はできる。ゆとりとはいえ義務教育怒濤(どとう)の九年を切り抜けた身だ。勉強は嫌いでもそれぐらいはできる。……だが。環境が悪いなら別だと思う。周りの奴らは先生の話を聞かずに喚きちらしている。制服をきちんと着ているやつは僕ぐらいしかいない。放課後では爆竹の音が校舎をふるわせ、校門からちょっと外に歩けば万引きの現場をもれなく拝見できる。そんな不良どもがはびこるこの学校、まともに授業が成り立つはずもない。僕が学校に来たくなくなるのもわかってもらえるのではないか。

 なぜあいつらは学校に来ているのだろう。学び舎とは元来、寺子屋のごとく物事、事象を学ぶためにあるはずだ。ましてここは私立だぞ。金だって馬鹿にならないのに、何のために来ているんだろう。

 ……僕もだ。

 僕も、なんでこんな訳のわからないような場所に皆勤で来ているのだろう。義務なんかじゃないのに。勉強だって、ろくに先生の声が聞こえないようじゃできる訳もないのに。

 校門をくぐる。アスファルトで敷き詰められた大きめの校庭の向こうに、タイルで覆われた大きめの階段がすぐに見える。二階には上級生の下駄箱があり、二年は外から上の階に行く決まりになっている。

 関係ないが下駄箱から上履きを引っ張りだすとき、ふと不思議に思ったことがある。僕は出席番号が一番最後なので下駄箱の場所も一番端なのだが……僕の棚の一つ下に革靴(ローファ)が入っていた。誰だろう、僕よりも早く来たやつが場所を間違えたのかな。……まあいいか。別に僕に害はないし。棚も狭いし、部活のシューズなんかが入らない生徒なんかはよく空いてるところを使うので、たいして珍しいことでもない。

 話を戻そう。なぜみんな学校に通っているのか、だったな。僕以外の人間は決まっている。馬鹿だから。だからここが学び舎だと気づけずに他人の邪魔しかできないクズになっているわけだ。

 では僕は?なぜだろうか。高校に行けばある程度就職ができるから?いや違う。将来なりたいものも決まってないじゃないか。では他の高校には落ちたから成り行きで?いやそれも違う。その気にもなれば浪人だってできたのだから。それくらいの度胸は持っている。

 鍵を職員室で回収し、教室(一年一組)のドアを開ける。誰もいない……のは当たり前か。カーテンと窓を開け、換気する。こだわりで電気は点けない。

 改めて自席に腰を下ろし、眼鏡をくいっと上げて、鞄からパンの徳用サイズの袋を取り出して開ける。早くに家を出る僕は、家では朝ご飯を食べずに学校で簡単なものを食べて済ますのである。ぼっちの朝は早い。

 話を戻そう。なぜ僕は行きたくもない学校に通っているのか。……心当たりはある。

 昔に読んだ高校を舞台にしたライトノベルがあった。主人公がヒロインのへんてこな超能力に関する事件に巻き込まれる、といった話だった。結構売れたために世間でも知名度が高い。

 僕はその、独特の世界観と個性あふれるキャラクター、そして主人公達の高校生として青春を謳歌するさまに惹かれた。

 ひょっとすると僕は、そんな自由を歌う青春の権化(ごんげ)たる彼らに憧れて、同じ高校生という肩書き(ステータス)を欲しがっているのかもしれない。今なんて青春のかけらもない生活だし。

 まあ結局の所、真実なんてものはそうそうわかるものではない。こんな自問自答しても答えは出ない。僕は結局、なぜこんな掃き溜めみたいな場所にいちいち来ているのかなんてことはわからずじまいだ。

 パンを食べ終え、鞄にゴミをしまって机に突っ伏した。誰もいない教室と、蛍光灯を付けていないための薄暗さ、外の灰色の抑え調子な光は自然に眠気を誘った。毎日五時起きしてたらまあ朝に眠くなっても仕方ないか。

 まだ授業まで一時間以上あるし、寝ちまっても良い、かな。

 僕は、青春に憧れている……

 そんなワンフレーズを頭の片隅に残したまま、僕はゆっくりと船をこぎ始めた。



 伸びをする。

 昼休みは相変わらずのうるささを残したまま終わり、五、六、七時間目も終わり、今は帰りのホームルームのために担任が教室に来るのを待っている時間。ちなみに僕の学校は毎週土曜授業のくせに週四で七時間というハードスケジュールである。

 今日も散々であった。昨日の月曜は春の運動祭(もちろんやる気を出したやつなんて僕ぐらいだった)の恩恵で休みだったから少し体力はあったものの、それを根こそぎ奪ってさらに追撃オーバーキル、みたいなイベントが盛りだくさんであった。授業中に注意をしてきた先生に向かって早く帰らせろと怒鳴るのはいかがなものか。あるいは、注意に対して逆切れして怒鳴りちぎる生徒もいた。

 なんなのよ。お前ら帰りたいなら学校来なければ良いじゃない。

「なんか疲れてんじゃんお前ー」

前から言ってきたのは化粧禁止を無視してガチガチに髪を固めた不良男子。名前なんて覚えていない。こんな人間みたいな形と大きさをした生ゴミの名前なんて覚えたくもない。覚えられるはずもない。だがまあ一応表面上は友達ってことにしているから返事くらいはする。

「ああちょっと徹夜でゲームしちゃってな……寝不足なんだよ」

「ヘー意外じゃん。お前がっちがちだからスケジュールなんかもキッツくしてんのかと思った」

お前に人のスケジュールについて考える脳があったことが意外だよ。

「言っておくが俺の性格はガチガチなどではない。社会常識的にはこれが標準だ」

「はー、だからそおいうのががっちがちってゆーかさー」

「これが標準だ。大人になればわかる」

高校生は十分大人な気がするがね。

「ふうん。あーそおだ。聞いたかよ?例の」

何の話だ。

「知らねえの?てーんこーうせーい」

「……転校生?」

「あん。来るかもねー、ってあいつらがほざいててよ。いつ頃来るのかなー……」

そう言ってベランダを指差す。ベランダは階で一本につながっており、そこから他のクラスに行くことができる。他のクラスへの立ち入りは禁止になっているため僕は行ったことはないが、校則なんて毛ほども興味がないこのゴミどもはよく他クラスの移動や追いかけっこに使っている。

 今はそのベランダの窓から隣のB組の連中が覗いている。禁止っつってんのに。僕から何度か注意したが聞く気がないらしい。

「転校生ね……俺は興味ないな」

全くもってそうである。こんなクズみたいな学校を選び、転入?頭がどうかしているとしか思えない。……まあ、頭は良いはずだろうな。アニメや漫画では転校生なんてのはざらに見ることのある人種だが、高校にもなると実際はそうはいかなくなる。山形に転入を考えているため色々調べたが、転入するには、まず転入試験を受けなくてはならならず、その試験の難易度が通常の入試より偏差値が十くらい上になる。したがって頭が良いやつしか入れないし、ましてこの学校は腐っても六十代だ。かなり聡明なやつなんだろうな。

「えー!女子らしいぜぇー?」

「ならなおさらだ。女子なんざ何考えてるかわからないだけじゃないか」

裏で何言ってるかもわからない腹黒共など。

「えー……女の子なしとか寂しすぎるでしょー、変わってんなぁお前ー」

「……で?なんのために話しかけてきたんだ」

「は?なんのためって……話すためじゃん」

なんだそれは。理由のない会話など時間の無駄じゃないか。

「やっぱ変わってんなーお前。そんな質問フツウしないぜ」

普通だと?世間、社会、常識、一般、平凡、平淡、質素なんて単語をまるで知らないお前が普通なんて言葉が使えたのか。

 と、突然窓際から怒鳴り声が響いた。

「っマジっけンなよォ!」

がっしゃーん!!叫んだやつの机が悲鳴をあげて蹴倒された。教室左の窓から二番目最後尾のそいつが蹴った机は前のやつの椅子を巻き込んで倒れていた。前のやつはどこかに行っていてケガ人はいないが。

 あいつは確かさっき生徒指導室に運ばれたゴミじゃないか、帰ってきてたのか。別に頼んでもいないのに、わざわざ犬みたいに帰ってこなくても良いのに。クラスのゴミどもの中でも特に粗大ゴミの部類に入るあいつは、椅子に深々と座って手を投げ出して首を後ろに垂れたまま机を蹴ったままに足をあげていた。

「あんのクソ教師が!何が先生に対して失礼だよ!ったく!ああむかつく!」

ふいに立ち上がったそいつが机を横から蹴る続ける。ぼごしゅ、がっ。机が形を変えるのではないか。そんなさまを周りのやつは構わず、たいして珍しくもないように無視っている。

「おいてめえら!!」

さんざん机を蹴り抜くと、突然周りに声をかけ始めた。

「最近あいつら(センセイ)調子乗り過ぎじゃねえ!?もう我慢できねぇ!明日学校来ないようにしようぜ!!」

「ああいいぜえ!あいつらうっぜえよな!うーし、皆明日はゲーセン集合な!ゲーセン!」

「なあなあ何時にする!?つかもう明日だけじゃなくてこれから来なくてよくねぇ?」

ノリ始める男子。ただでさえうるさいっつうのに、こうなるとうるささが二十割増しだ。そいつらのズボンについてるよくわからない大きめのアクセサリがじゃらじゃらと伴奏している。

 周りの奴らが段々あわせてノっていく。賭けでもするようにうるさくなっていく。僕以外のほとんどの生徒が、クラス全体がボイコットにノっている。

 ……うるさい。今日はもう学校が終わりだからのびのびしていたのに台無しだ。あいつらの方が調子に乗っている。人の邪魔しかできないらしい。

 そろそろ思う。もう我慢の限界だ。つうか二ヶ月もこんな調子を続けられて我慢なんてできるかっつうの。というか、なぜ今の今まで何も行動せずにいたのだろうか。……理由。怖いからかな。しばかれるのが。……体が駄目なら、口答えなら?あいつらよりは饒舌(じょうぜつ)な自信はある。……でもなー……

 僕は、今の学校が嫌だ。

 今の。

 なら、今を変えれば。

 考えろ僕。

 勇気なんて最初の一言にしか必要じゃないじゃん。

 あとは自分の口のリズムに任せときゃ良いじゃん。

 ……よし決めた。

「おい、どこ行くんだよ」

前の席のゴミ男子が、立ち上がった僕に言ってくる。

「……止めに」

「はぁ?無理だろ」

……ちょっと黙っててくれよ。ゴミ風情はそこでおとなしく回収車でも待ってろ。

 無視して僕の目の前で調子に乗ってるクズ共に言い放つ。

「おいクズ共」

辺りのぺちゃくちゃ喋っていたやつらの話し声が止まる。視線が僕に集まる。

「……あ?今なんつった?」

聞こえなかったらしい。

「貴様らをクズだと言ったが、何か?」

「……んだてめぇ。さすが学級委員長様は言うことが違うな。お前だってセンセイにむかついてんだろ」

うるさいな。

「おいおい笑わせるなよクズ。クズの分際で、人様の俺が同じ考えをしてるって……立場をわきまえろクズが。人に物を教える人達に、深く考えもしない浅学たる貴様らがむかつく、だと?はっはっは。クズもここまで来ると呆れを通り越して笑えるよ。人様の言語を話させてもらっているだけでも神様に感謝しろ。お前らはクズなんだ」

「……あああ?長ったらしくて聞こえねえよ、委員長さんよ」

「ほう、その耳は本格的に人間のものではないらしいな。レプリカか」

「……れぷりかだあ?ホンモノの耳だっつの。見てわかんねぇのかよ」

「ふむ。本物の耳なら、扱えていないようだから耳の不自由な方に譲れ。お前が持っていても無意味な穴を開けるだけだろう?なら困っている人の役に立てよ。クズはクズらしく人様に迷惑をかけずに注意して過ごせ」

「……おい委員長……今までてめぇは仲間だと思ってたんだが違ったみたいだな」

「今更気づいたかクズ。お前らと一緒にするなと会話の冒頭で話していたのだが」

「てめぇ、いい加減にしねえとぼこすぞ」

「やってみろクズ。人に迷惑をかけるなど……許されるはずも無い。どんな形にしろお前は人様に攻撃などできんよ」

「あああむかつくな。ちょっとばかし成績良いからって調子乗ってんじゃねえぞ」

「またそれか。お前というクズのキャパシティでは、悪態のボキャブラリもそのパターンしか無いようだな」

「て、てめえだってさっきからクズしか言ってねえじゃねえか」

「これは反復法だ。お前のそれと違って相手に印象を与える。お前をクズだと自覚させたいのだが、どうやら無理らしいな。……クズしか言ってない……か……それ以外にも君をクズだと認識させるために色々言ったのだが、効果は無いようだな」

「コイツもセンセイと同じか……どうする皆」

粗大ゴミが周りに問いかけた。なんとなくこの行動は予測していたから驚きはしない。

「俺もこいつむかつく」

「ああなんかセンセイとおなじうざさっていうか」

「きもい」

「……やっちまうか」

……周りも予想通りの反応をする。段々、黒い感情が強まっていくのがわかる。……で、つい本音を言ってしまう。

「ふふ……同類のゴミと手を組むことしかできないか」

「んだと!!」

「やれ!やれ!」

少し離れていた場所から話していたのでちょっと余裕があったが、大勢で机を片っ端からなぎ倒しながら来られると困る。

 ふん。こんなクズ共にやられる訳が無い。

 ケンカと居眠りの早さと絶えない無駄喋りと他人の迷惑になることしか取り柄が無いようなやつらに。

 それぐらいしか取り柄が無いようなやつらに。

 ……

 ……取り柄?

 ……取り柄……

 ……得意分野?

 ……ケンカが、得意?

 ……大勢、ケンカが得意なやつら、僕を標的に。

 ……

 ……

 ……やばくね?

 ……あれ?でも僕には奥の手があったはず……

 ……勇気を出すのは最初だけ……だっけ……

 ……あれそれって今は手遅れ……

 ……まずい。

「おおおお!」

「やっちまえ!」

 手遅れかよ!やべえ。でもこいつらに謝ることだけはしたくない。

 ……まあ、ほんのちょっとなら、大丈夫かな。

 ほんの少しの距離になったときに目をつむった。


 

 ……(しゅん)



 目を、つむった。

 僕は目を、つむったんだ。

 殴られるのを耐えようと。

 だから、痛いはずなんだ。

 なのに。

 痛いどころかかゆくもなく。

 聞こえたのはどこか聞き覚えのある声だった。



「お前もよくやるな」



 ……周りの喧噪がやむ。

 全員の視点がここから四、五メートルくらいの、教室の前のドア一点に注がれる。

 そのまま殴ることもできたろうが、彼らはそのまま硬直した。

「うん?続きをしないのか」

「……誰だ」

 問いかけたやつの声はうわずっていた。

 澄んだ鉱石のような大きな眼。

 肩あたりに切りそろえられた黒髪。

 ほっそりした綺麗な体のライン。

 見覚えがあった。

「今日の放課後からこの学校の生徒になる。転校生だ」

 周囲のやつから、殺気が失せていた。

 みんながみんな、見蕩れていた。

 教室が静寂に包まれた。



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