01_凍結した過去
汚い物を見るような、蔑みを含んだ視線が、いたる所から俺へと突き刺さる。
勿論、もう既に慣れたものなので、今更何かを言う気は起きない。
教室の窓側、最後尾の席で机に突っ伏した俺は、顔の位置をずらして開けられた窓の向こう側を見た。
俺の気分とは真逆の、サンサンと照りつける太陽が目に付く。
あれから数年後…高校生となった俺は、以来全てが変わってしまった世界を生きている。
俺を置いていった幼馴染み(ヒーロー)は、何と言ったのか周りの大人たちに取り込み、俺を悪に仕立て上げた。
自分がやったことの全てを、俺のいったこととした。
自分は悪くないんだと、全ては俺が悪いんだと周りにいった。
自分は巻き込まれたのだと、俺が巻き込んだのだとアイツは告げた。
そして、周りの大人たちは皆アイツのいうことを信じた。
そして、俺の言うことなど、これっぽちも聞きやしなかった。
肩から血を流した俺を見て、アイツは怖くなったのだ。
その責任を負うことが、怖くなって全て投げ出して俺へ押し付けたのだ。
ちなみに、アイツはそのことを今でも悔やんでいるらしくことある毎に、俺へと話し掛けてくるが実にどうでもいい話だ。
それ以来、俺を見る目が全て、信頼などとは遠くかけ離れたものとなった。
俺に接する態度が、変わったのだ。
虐め、蔑み、汚物扱いなど、ここ最近は収まってきてはいるが、それでも最初のうちはキツかった。
夢路の友達は、俺を殴った。
親友と名乗った誰かは、俺に唾を吐いた。
夢路に纏わりつく女子は、俺を無視する。
どこかの誰かに、つねに存在を否定される世界。
途中から、もう昔には戻れないと悟ったときに、自然と笑みがこぼれた。
自虐的で、ボロボロな笑みだったのを覚えている。
それからもう数年も経ち、今の俺の世界はやっと静まりを感じさせた。
孤独や孤立が、とても心地良いと思う。
見ず知らずの誰かにも、一方的に虐められるなんてこともなくなった。
世界に独り、こんなにも何もない日常で、感情なんて消えうせた。
「……………」
俺は、今日も何の面白みもない学校生活を過ごし、つまらない時間を過ごす。
それでも、完全に世界から俺という存在がなくなったわけではない。
たった一つだけ、俺を迎えてくれる場所があったのだ。
それは、俺と同じ人種が集まる場所。
俺という化物が、唯一心落ち着かせて過ごせる場所だ。
“授式”という、化物染みたチカラを持った人間たち。
そこに俺が入るのは、ある意味必然だったのかも知れない。
結局のところ、どんなに強がっても、人は決して本当の意味で一人で生きられる筈がないのだから。
……………
放課後、長ったらしく煩わしい学校から開放され、俺は一人いつもの場所へと足を進めていた。
外装は黒く染められ、異質な雰囲気を漂わせている。
一見すると、怪しいビルだが、その実は俺と同じ者たちが集まる仕事場でもある。
“零”。
国からの特別な依頼や、個人的な依頼などを取り扱う、何でも屋のようなもの。
しかし、その存在は極秘で、都市伝説程度に世間に広まっているのみだ。
その依頼の内容が、例えば化物退治だったり、人殺しだったりと色々狂ってることを除けば、成功すれば多額の報酬が手に入る美味しい仕事だったりする。
俺は、偶然この仕事があることを聞きつけ、高校生になる前からこの一員となっていた。
ここでは、“不可視の攻撃”が出来る俺でさえ霞むほどの人材がいる。
そう、ここは普通に魔術ができる程度ではその一員となれない。
正真正銘の化物染みたチカラでなければ、ここには認められないのだ。
逆を言えば、化物染みたチカラさえあれば、特に年齢に関係なく誰でも入れるのが何でも屋の“零”でもある。
ビルの中へと入った俺を最初に迎えてくれたのは、受付の人だった。
いつも見かける中性的な顔立ちの男性だが、無表情なので何を考えているのか読めない。
正直、あまり関わりたくもないので形だけの挨拶をして奥の方にあるエレベーターへと乗り込んだ。
目指す3階へと到着し、エレベーターの扉が開いて視界に飛び込んできた光景は、いつもと変わらないものだった。
赤龍灯我という俺の仕事仲間が2リットルペットボトルを幾ら飲めるか試していて、その横では知性的な第一印象を与える眼鏡を掛けた帝道一雄という男がそれを冷めた目で見ている。
他にも竹をかじっているパンダとか、バニーガールが居るがここのキャラクターが個性的なのは俺が入ったときから全くといっていいほどに、変わらな過ぎていた。
ここでは特に挨拶も必要ないので、無言で俺は自分の席へと座った。
室内全体を見渡してみて、改めてここの異常さが理解できる。
何故か、全体が“教室”のつくりにそっくりで、廊下はないもうちの高校の教室とたいして違いはなかったほどだ。
俺が座った席は右から3列目の5番目、その列の一番最後の席だった。
初日にここだと指定され、意味分からずに座り、ひたすら依頼が来るまで待ち続ける。
一応、個人の自由で帰ってもいいことになってるし、ぶっちゃけるとここに来なくても携帯電話に連絡が入る。
俺の場合、というか、ここに居る奴等の場合、外に自分の居場所がないためにここに来たがるのだと思う。
なにより、ここには自分と同じ立場の者が多い。
化物と罵られ、隔絶されてきた者。
出来すぎた故に、拒絶された者。
普通に馴染めなかった、異常な者。
ここでは、そんな者たちが気兼ねなく居られる場所なのだ。
幼馴染みに裏切られ、化物となってしまった俺も、ここには毎日足を運んでいる。
ここの場所だけは、変わってしまった世界の中で、唯一自分が自分で居られる場所だから。
聞いた話によれば、灯我は未婚の母親の元に生まれ、捨てられたのだと聞く。
“授式”を持っていたために、孤児院に入っても皆から遠のかれ、そんな中でこの“零”に入ったといっていた。
ここでは、自分が自分らしくいられるのだと、そう言った。
繰り返すようだが、その灯我は今、2リットルペットボトルを何本飲めるか挑戦している。
俺はそんなことしないが、教卓の前に立って8本目に手を付けようとしている姿は…正直、馬鹿だと思う。
そんな灯我の姿も、ここでなければ見れないのだろうし。
それを見て、微かに笑みを浮かべている俺も、この場所だからなのだろう。
ここでは、消えうせた感情が自然と戻ってくるような、そんな感覚にあう。
特別なのだ、この場所は。
“零”。それは化物染みたチカラを持つ者の集まりであり、その殆どが過去に傷を持っている。