6話
それからは特に問題はなく、順調に階を下りていき、5階。
俺達もだいぶ互いの距離が分かってきて、今は普通に会話できる。
たまに三枝木が暴走する以外は大丈夫だ。
「たぶんあの部屋よね?」
俺達が探索をしていると、一つのいかにもな部屋のドアを見つける。
あとは中に入って、学校が用意したカードを取ってくるだけだ。
「さーて行くわよー!」
三枝木は意気揚々とドアを蹴破り、右手に剣を左に銃を持って突入する。
「うぼぅぅぅううううー!」
「ぎゃぁぁぁあああああーーーーっ!」
そしてすぐにこちらに退避してきた。
武器を仕舞い、ドアを後ろ手で閉めて俺のほうに顔を向ける。
「今日のミッションはモンスターはなしの筈よね?」
「おう、そんで今中にいたのって、魔物だよな」
コクコク、手で扉を押さえながら激しく頷く三枝木。
ってことは学校側のミスか。
このダンジョンは科学の力で作られていて、ダンジョンの形状、そこに出るモンスター等をパソコンで設定できる。
たぶん何かのバグでモンスターが出ているんだろう。
そう決め付けて、
「とりあえずあいつぶったおすか」
「よっしゃ。私少し退屈してたのよね、思いっきり暴れてやるわ」
剣と銃を持ち直して三枝木はすぐに中へと舞い戻る。
俺も三枝木に続いて中に入る。
部屋は戦闘を行える程度の大きさがあり、問題はない。
「よっしゃぁ行くわよぉぉぉぉお!」とか言っているテンション高めの三枝木は自由に戦わせよう。
敵はどうみてもパワータイプなやつでかなりでかい。天井すれすれの大きさで右手に斧を持っている。
ミノタウロスってこんな感じなのかな?
「しゃぁっ、くらえ!」
三枝木は3mぐらいあるモンスターの顔付近にまで跳んだ。なんつー脚力だ。
あまりの脚力に俺は脱帽したよ。
三枝木はモンスターの顔を何度か斬ったあと、止めとばかりに数発発砲。
「着地のこと考えてなかったわ! 神村くん助けて!」
きゃぁぁぁあああーーーっ! とわざとらしい、やけに嬉しそうな色のある悲鳴をあげながら振ってくる。
本気なのか演技なのか分からないので一応着地地点に移動して、三枝木を仰ぎ見るとえっ、何その輝いた顔は。
瞳の中に星を瞬かせながら降ってくる三枝木を体全体で受け止める。
軽い、軽すぎる。きっと三枝木は発泡スチロールでできてるんだな。
「神村くん、ありがとう」
俺は腕の中でお礼を言っている三枝木を見て、嘆息する。
三枝木はそこまでは落ち着いていたのだが、今の状況を冷静に分析したのか顔をしゅぼぼぼぼと赤くする。
「お姫様抱っこしてるじゃない! 何? 『三枝木は俺のお姫様だよ。キラーン』見たいに思ってるの? 別に嫌じゃないし、むしろ嬉しいわよ! こんちくしょぉー!」
俺は暴走気味の彼女を床に下ろしてやり、モンスターを見やる。
さっきの三枝木の自分が危ない攻撃は的確にモンスターの目を潰していた。
剣で右目を縦に斬り、銃でもう片方の目を潰している。
これであのモンスターの目は機能しない。
「お前すごいな」
素直に口をついて出た言葉を告げると、彼女は女座りの状態で耳まで真っ赤にしてしま
った。
「そ、そのありがと。でも私そんなに戦うの好きじゃなくて自分の好きな人に守ってもらったり助けてもらったりするほうがいいのよ。って、何言わせるのよ!? どんだけ誘導尋問がうまいのよっ! 何? 将来は尋問でもやって飯食っていくの? 良かったじゃない。それで、私で練習? 私があなたの事が好きで逆らえない事を言い事にあんなことやこんなことをするつもり!? ってわきゃぁおう! な、なに言わせるのよっ! ほんと、うまいわね! 愉快? 痛快? バカにしないでよっ! もう私喋らないわよっ! む
ー!」
勝手に自爆して言ってるだけじゃねぇか! それと好きとか言わないで! 恥ずかしくてお前の顔が見れねぇよ!
横目で三枝木の様子を見ると口を線のように噤み目を一生懸命閉じている。
わずかに頬が赤らんでいる様とその姿が絶妙に噛み合っていてかなりかわいかった。
本人には悪いけど子供みたいだ。
と、のん気にやっていられるのもそこまでだ。
モンスターは目は見えないようだが音で俺達の居場所を特定したらしく斧を振り下ろしてきた。
ぎりぎりで反応する事ができた俺は彼女を抱きしめてジャンプし、斧の攻撃範囲から逃れる。
抱きしめたときに胸がむにゅぅと俺の胸板に当たり顔に血が集まっていく。
床に体をぶつけるように跳んだので痛いのかもしれないが、それどころじゃない。
胸が当たっている箇所が喜んでいるのが分かる。
なんか傷を治す魔法のようなそんな感じがする。
これが女の武器――胸。それも大き目の。
俺はこんな柔らかいものに今までで出会ったことがあっただろうか。いや、ない。
「むぅぅぅぅう!」
自分で言った事を守っているのか口を開けないまま抗議の声と共にポカポカ攻撃を背中
にぶつける。
「ちょっと黙っててくれ!」
声を出されるとモンスターに俺達の居場所がばれてしまうので言ったんだけど、逆効果
だった。
「何? 私を黙らせて、黙っている間に何するつもりよ! 抱きしめるの? 嬉しいわよ! さっきのお姫様抱っこは嬉しかったわよ! 天にも昇る気持ちだったわよ! それに黙ってって言うならキスで黙らせなさいよ! ほら早く!」
「何、目瞑って待ってるんだよ! 俺達にはモンスターの排除をするって言う大切な事があるんだよ! 行くぞ!」
目を瞑って唇をすぼめている三枝木を怒鳴りつける。
三枝木はゆっくりと目を開けて、その目を悲しそうに落とした。
「大切な事……。私のキスは大切じゃないの、ね。うん、ごめんね。……ごめんね」
誰か変わってくれぇぇぇえええーーーーっ!
コロコロ変わる三枝木の感情はあまりにも読みにくい。
そんな三枝木の喚き声を聞いて、モンスターは俺達の位置を把握。
斧攻撃をかましてくる。
なんていうデフレスパイラル!
「三枝木、後で一つぐらいなら何か言う事聞いてやるから今は落ち着いてくれねぇか?」
言ってからしまったと思ったけど後には引けない。
斧攻撃は俺達の近くに落ちただけで多少の風がこちらへ吹いてきただけですんだ。
「……ほんと!?」
「ああ、俺ができる範囲でなら……」
とたんに元気になって不気味な笑い声をあげる三枝木。
「ふははははは! 分かったわ、神村くん。それじゃぁ、協力してちゃっちゃと倒しましょ」
銃を一つホルスターに戻して、背中からさらに一本の剣を取り出して、二刀流。
「神村くんは援護をお願い」
それだけ言うと走り出す。
俺は銃撃をするために彼女に弾があたらない位置を探しながら移動をする。
三枝木は走った勢いそのままでモンスターの巨木のような足に切り傷を入れる。
俺はやっといい場所を見つけたので、そこい移動してモンスターの顔めがけてトリガー
を引き続ける。
つねに魔力を込める事で無制限に撃ちつづける事ができるのが魔法銃の利点だ。
この技は単純で魔力の消費も少ないが塵も積もれば山となるの原理で撃ち続けているとすぐに魔力が切れてしまう。
だけど、俺は自慢だが魔力の量が異常なので1時間くらい撃ち続けない限り切れることはない。
参考程度に一般の人なら10分くらいで切れる。
俺の無数の魔力弾に耐え切れなくなったのか、モンスターは少しずつ後ずさっていく。
こいつを倒すのは時間の問題だ。
俺は心に余裕を持ちながらずっと同じ事をしていると、敵の攻撃の当たらない位置に移動している三枝木。
「私の魔力爆発をくらえ!」
なにそれ?
三枝木は言った事を実行するのか自分の周囲に魔力を開放する。
あいつもそれなりに魔力が多いのか、かなりの量が止まることなく溢れ続けている。
普通魔力は人には視認する事ができない。濃度の高い魔力は滅多にないんだが。
今の三枝木が開放している魔力は俺の目で視認できるんだ。
濃度が濃いってことはそれほど強力な魔法を使うって事だ。
霧のように三枝木の周辺を覆っていく魔力はモンスターの体も包み込んでいっている。
数秒もすれば三枝木の周りにあった魔力はすべてモンスターを覆っている。
いったいどんな大技をするのか。俺は銃を使う事を忘れ期待の気持ちでそれを見守る。
しかもやけに濃度がこい。
魔力ってのは目に見えるものじゃない。
たぶん、あいつはかなり魔力を込めるのがうまいのだろう。
「爆発しなさい!」
ドガンッ! 激しい爆風と爆音が部屋を襲う。
俺は耐え切れず吹っ飛ばされてしまい、壁に頭を打った。
数秒その爆風にやられていた俺だが、特に怪我はしていない。
風が収まってからすぐに三枝木の姿を探す。
爆発地点にはいない。どこだろうと、部屋を見回すと、
「あーれー!」
空から降ってきた。ジャンプして逃れていたのか。
いくら間抜けでも自分ごとやられるなんて間抜けなことはしていないようだ。
そして綺麗に着地。
……言いたいことはいろいろあるけど、いいや。
念のため、モンスターを確認するとモンスターは消えていた。
どうやら倒したようだ。
「神村くん、この奥に部屋があるわよ」
凛とした感じで別人のように佇んでいる三枝木。
自信に満ちた顔をしている。モンスターを倒して調子にのっているようだ。
三枝木が言ったとおり、たぶん爆発によってむき出しにされた隠し部屋があった。
彼女は先に中に入る事はせずにずっとそこで腕をくんでつんと澄ましている。
俺は何やってるんだ? と思いながら先の空き部屋へと入っていこうとしたら、服のすそがくいっと何者かに引っ張られる。
もちろん三枝木だ。なんだろうと思い振り返る。
右手で俺の服のすそを掴んでいて、余った左腕はまだ腕を組む体勢の三枝木は頬を染めていた。
「どうしたんだ?」
俺の問いかけに小さくため息を吐いた後、
「ええ、早く行くのは大事よ。でもねさっきの私はずばばばーん! って活躍してたじゃない。何か言う事ない? ……なければ、別にいい……けど」
区切り、区切りで後半に行くにつれ声が小さくなっていく。
なるほど。褒めてほしいみたいだ。ここで、大事なお知らせがあります。
いい加減こいつのあいてするのまじで辛くなってきたんだ。
だけど、ここで無視をするとずっと落ち込んだ状態になったり暴走したりとさらにめんどくさい事になりそうなので、
「さっきの爆発が凄かったな。どうやったんだ?」
気になった点と言えばさっきの爆発魔法。あんな魔法は俺が知るかぎりない。
それにあれって魔法って言うより、ただ魔力を垂れ流しにして、それを暴走させたような感じだったな。
三枝木はすそを掴んでいた手をピンと伸ばして、解説を始める。
「あれは魔法なんてレベルじゃないわ。ただ魔力を周囲に展開してそれをうーん、なんていうのかしら。魔力が爆発するのをイメージするのよ。なんだったら私が教えてあげようかしら? て、手取り足取り」
手取り足取りと言うときに三枝木の顔に血が集まる。
恥ずかしいなら手取り足取りって言わなければいいんじゃないか?
でも、その技は結構使えそうだ。俺は自慢だけど魔力が多いからな。
そもそも俺はマシンガンで撃ち続けるしか技がないから、一撃必殺技はいいな。
本人もこう言ってくれてるし教えてもらおう。て、手取り足取り。
「教えてくれ」と言った瞬間こちらに顔を向けてぱぁっと輝かせる。
すぐに喜んでいるのがばれたくなかったからか、仏頂面に戻し、またそっぽを向いてしまった。
「しょうがないわね。後で時間があるときに教えてあげるわ。他には?」
「うーん……」
俺はすぐに出てこなかったので、一度唸って考えていると。
三枝木は俺の反応に心配したのか、
「な、なんでもいいわよ。私の事なんでも気になること訊いていいわよ。ほら、例えばスリーサイズとか。ちなみに上から84・56・85よ。って何言わせるのよ! ほんとに誘導尋問好きね! そんなに私を騙すのが好きなの? 騙される私を見て『へっへっへ、こいつの騙されてる顔とかまじ面白いぜ』とか思ってるの!? Sね、ドSね! 成敗してやるわ!」
ビシィッ! と三枝木のチョップが頭頂部にめり込む。
「う、ぐぉう……!」
あまりの痛さに俺はその場で蹲る。なんで俺はこんな目に合ってるんだよ。
俺のうめき声を聞いて我に返った三枝木が俺の頭に手を当ててくる。
「ご、ごめんね、勝手に暴走して……ごめんね……少し休む?」
そして、あたふたしながら俺のダメージを負った後頭部部分を撫で始めた!
俺は若干恥ずかしくなってきてしまったが、一生懸命な姿の三枝木から逃げるのは悪いと思い、黙り込む。
三枝木の頭を撫でる手の動きが俺の気持ちが分かるかのごとく撫でてほしい場所を的確に撫でてくれて、本当に気持ちいい。
きっと三枝木は人の頭を撫でるのが果てしなくうまいのだ。
やばい、なんだか頭がぼぅーとなってきてしまった。
俺はとろーんとしてきてしまい、流されるように体を横にして寝ようと……って寝てる暇じゃないから。
「だ、大丈夫だから」
俺はわずかに残っていた意識に語りかけ、何とか三枝木の魔の手から逃れる。
本人は「本当に大丈夫なの?」とか言いながら何も考えずに顔を近づけてくる。
そうなると必然的に俺の顔との距離が格段と縮まってしまう。
相変わらずかわいい顔だ。くりくりとした大きな瞳に、きっぱり伸びたまつげ。
鮮やかなピンク色で柔らかそう唇。
どれも彼女を輝かせる最高のパーツだ。本当に神様がいるのなら絶対こいつを贔屓してる。
しばらく惚けてしまっていた俺はハッと気づき、すかさず立ち上って、三枝木から離れる。
これ以上さっきの状況はまずいな。あのままだと三枝木の言う事を何でも聞いてしまうほどに俺は見惚れてたからな。
女って恐ろしい。
とりあえずさっきの状況を忘れるために最初の三枝木の質問に答える。
「ほ、ほら。おまえさっき空跳んでただろ? あれって魔法か?」
確かに俺の疑問だ。
魔法で空を飛ぶ魔法があるにはあるが燃費が悪すぎて誰も使おうとしない。
魔力の消費量が異常なのだ。
魔力の多さが自慢の俺ですら30秒飛ぶのが限界だ。
俺は飛ぶ魔法の応用かなんかだと思ってたんだが全然的外れだったみたいだ。
三枝木は目を悲しそうに伏せ、それきり黙りこんでしまった。
まずいぃぃぃ! なんだか地雷を踏んでしまったらしい。
どうやってこの状況を脱出するんだ俺よ。
何も思いつかなかった俺は、
「よし、さっきのなしだ。さっさと行こうぜ、な」
なかったことにしよう。
俺の意図に気づいたのかまだぎこちないが顔に笑いを浮かべて「うん」と返事をしてくれた。
その後、隠し部屋に入る寸前に、
「わ、私は別になにか隠してるわけじゃないわよ!」
その言葉を皮切りにまた見当違いの暴走を見せてくれたので俺は疲れ交じりの顔で流した。