20話
俺は言われたとおり研究室に来た。
菊乃さんともう一人女の子がいる。
研究室初めてきたけど何で和室?
いや、別にだめなわけじゃないけどさぁ。
ちゃぶ台に女の子がお茶を出してくれたので軽く頭を下げておく。
「ああ、もう下がっていいぞ」
菊乃さんがそう言うと女の子は頭を下げた後研究室から出て行った。
「それで、何ですか?」
俺はここに呼ばれた理由を聞き出す。
「まずは、この前のミッションで誰と組んだか覚えてるか?」
そ、それは心が痛くなる。
さっきだれとも組んでないことが分かったからなぁ。
「いや、覚えてません。つうかそのとき俺は一人で受けたんじゃないですか?」
「なるほどな。あの魔族は随分と遊び半分で記憶を消してるんだな」
「記憶? 消す? 魔族?」
俺には理解できない言葉が次々と発せられていく。
「紗枝には止められているんだがな。お前には事情を話しておくか」
菊乃さんはお茶を口に運びそれから小さいホワイトボードを取りに行った。
俺は菊乃さんが帰ってくるまで、紗枝と言う言葉が頭に引っかかったことについて考えていた。
「なんでホワイトボード?」
「私は誰かに説明するときにこれを使うんだ。いいか、よく聞け。まず、お前は大事な記憶がいくらか消されている。いや、お前だけじゃないな。この学校の生徒全員のだ」
ホワイトボードに文字をどんどん書いていく。
しったかめっちゃか書かれていて何が書いてあるか読めない。
「お前は三枝木紗枝という生徒を覚えているか?」
「三枝木……紗枝?」
聞き覚えがある。
でもどんな人だったかなんて覚えてない。
会った事はある……はずだ。
「思い出せない、か。やはり記憶にかけられている結界を破壊しないとだな。ちょっとこっち来い」
「いでっ!? 髪引っ張るな! ちゃぶ台とおでこがごっつんこしてるんだけど!」
髪を掴まれ強引にちゃぶ台に押し付けられている俺。
「ちっ、随分と面倒だな。ええと、ここをこうして、あれをああして……」
菊乃さんはいろいろ呟きながら俺の頭をちゃぶ台と合体しかねんばかりにぐりぐり擦る。
菊乃さんが呟くと頭の中で何かが割れる音と共に様々な記憶が駆け巡る。
自分の記憶なのか?
三枝木紗枝。
普段は優等生だけど間抜けなところがある子。
小学生の時に知り合った女の子。
両親を失って悲しそうにしているのが見ていられなくて俺が声をかけたのが知り合ったきっかけだった。
なんで、今まで忘れてたんだ?
よみがえるいろいろな記憶。
小学生の時に馬鹿みたいなことをやった記憶ばかりだけど。
結構な時間が経って菊乃さんは一息吐き汗を拭う。
「どうだ? これで思い出したか?」
「ああ、思い出した。けど、何であんたはこんなことができるんだ?」
「それは魔族だからだ。これからやってもらうことがある。聞く準備はできたか?」
「……ちょっと待ってくれ! なんなんだ! なんなんだよ! 魔族? 分かった! って分かるかぁ!」
頭の中が大パニック。
魔族っていうと、全校集会でなんか言ってたよな。
あっ、分かったぞ。現れた魔族ってのは目の前にいるこいつのことなんだな。
「でたな、魔族め!」
「ちょ、ちょっと落ち着け! 私はいい魔族だ!」
「自分で言うなボケ!」
俺は背中に引っ掛けておいた剣を抜く。
背中に剣は仕舞うべきじゃないな。
一瞬抜くのに時間がかかってしまった。
剣を向けて菊乃さんの喉元に突きつける。
「だから、話を聞けーー!」
「だったら俺が納得できる理由を説明してください」
「だから、剣を収めろ。私は魔族と言っても戦いには向いてないからな」
まあ、俺もノリで剣を突きつけたが実際この人が悪い人とは思えない。
これは俺の勘だから根拠なんてない。
けど、うん大丈夫だろ。
背中の鞘を外して腰につけ、剣を仕舞う。
「んじゃぁ、俺に分かるように説明してください」
「しっかり聞いておけよ」
ホワイトボードに書き書きし始めた。
それから小一時間ほどの長い説明があったが、まあ簡単にまとめてみた。
昔――俺が紗枝と知り合った一ヶ月ほどあとに紗枝は魔族に襲われたらしい。
殺されてはいないがその身体は魔族に奪われてしまった。
本来なら魂もその身体に眠っているはずだったが紗枝の兄貴の魔法で魂だけは地上に戻っていた。
ただ戻るべき身体は魔族に捕まってしまっていて、戻れない。
魔法の効果が切れて身体に戻るのは時間の問題だ。
そのときに菊乃さんに出合った。
菊乃さんは魔法の効果を伸ばす魔法をかけて紗枝を一昨日まで存在させていた。
そして、その効果が切れた一昨日に紗枝は身体に戻り、犯人の魔族はこの島の全員の記憶を消した。
記憶の消し方は完全に消すわけではなく、記憶に結界をかけるらしい。
だから、さっき菊乃さんが俺の頭の中の結界を壊してくれたおかげで記憶が戻ったって訳だ。
だったらやることは一つだ。
「紗枝を助ける方法はありますか?」
菊乃さんは俺の言葉を聞いた瞬間隣の部屋に消えた。
「こっちの部屋を見るな」と鶴の恩返しのようなことを言って。
なんだろう。
物を動かす音が聞こえる。
隠し扉でもあるのだろうか?
気になったが覗くなと言われたんだもん。見るわけにはいかない。
「これだ。この腕輪をつけておけ」
「なんですか、これ?」
菊乃さんは二つの腕輪を持ってきて、そのうちの一つを俺の腕につけた。
「それは魔族の記憶保護から身を守る道具だ。私が開発したんだ。いやぁ、苦労したなぁ」
俺は腕を上げてそれを見る。
青く光っているこれは確かになんかすごそうだ。
それにしてもまさか、とは思うけど。
「私はな、紗枝からお前にはこのことを話さないように言われていたんだ。どうせいつかは消えるからな。それでも、私はあの子の顔が見たいんだ。つまり、助けてほしい。私はあいつと話し合いをしたが無理だった。だから、倒すしかない。それをできるのはお前だけだ」
「なんでですか?」
そのうち国の強い奴が魔族を倒しに来てくれるんだから時間さえあれば助かるだろうに。
「……今から話すことは重要な事だ。他言無用だ。もしも話せばお前も私も命が危ない。それでも聞くか?」
「いや、いいって! 分かった助けるから! 助けに行くからぁ!」
「この世界と魔界は一つの条約を結んでいるんだ。この世界での人間が千人以上殺された場合にのみ魔族の討伐が認められているんだ」
「言っちゃったよ! しかもかなり気になるんだけど!」
そんなやばい事に首をツッコムきなんてさらさらなかったのに。
言われなくても友達を助けるのは当たり前だから助けてやるのに。
「お前はこのことを初めて聞いただろ? 魔界と人間界は」
「俺達はまったくそんなことを知りませんよ」
初耳だ。初見だ。
「言い方が悪いが、簡単に言うと魔族と人間の関係は奴隷のようなものだ」
「ど、れい?」
歯切れが悪くなってしまった。
だって、奴隷なんていつの時代だよとツッコミたくなってしまったからだ。
「人間の科学力は確かにすごい。ただそれよりも魔族の魔法は、魔力は、桁が違う。どんなにすごい兵器を使っても魔族が片手を振ればそれは破壊されてしまう。人間の絶滅を恐れた昔の人達は魔族と不利な条件で条約を結んだ」
「それが、さっきのですか?」
「ああ、そうだ。魔族は人間を餌にしている。単純に魔力を奪ったり、夢魔族や吸血族のようにそれぞれの好きな物――精気や血を奪ったりするやつなどたくさんいる」
「それでも、人間の被害が千人を超えないと討伐はしてはいけないと」
首を縦に振る。
……馬鹿げてるな。
「ただ、お前のような場合は例外だ。これは魔法隊にしか通用しない条約でな。お前が魔族を倒したって問題はない」
「分かりました。じゃあ、聞くがその魔族は今何人殺したんですか?」
「いんや、一人も殺してないな。魂だけ奪って、その家族が悲しむのを楽しんでるだけだ。その魂をしまう入れ物それが紗枝の身体だ」
今まで冷静な口調だったがその人が始めて怒鳴った。
いきなりだったので驚いてしまったが、俺はすぐに微笑んだ。
この人は本当に紗枝の事を大事に思っているんだ。
菊乃さんのためにも絶対に助けないとな。
「私に戦う力があれば……くそ」
「あの俺の友達に協力してもらっていいですか?」
「ああ。そう来るだろうと思って、二つお前に預けたんだ」
「ほんと、いい人だよ。んじゃ学校は早退するから適当に話しといてくれ」
「分かった。頼むことしかできないが……頼んだ。紗枝のいる黒水晶を隠してる場所は森のどこかの洞窟だ。定期的に場所を移動しているが洞窟以外隠すのは無理だ。だから、洞窟を探しに行け」
「分かりましたよ」
俺は研究室を後にして、教室に戻った。