16話
これでよかったんだわ。
私――三枝木紗枝の人生はこれで十分だったはず。
本来ならあの時に失っていた人生を4年も長く生きられたんだもの、喜ぶべきよね?
小学4年生の時に私は家族で旅行に行った。
その帰りに交通事故にあって、両親は死んでしまい、私を庇ってお兄ちゃんも死んでしまった。
残された私はただ、毎日を人形のように過ごしていたある日に。
私の好きな人――神村修也くんに出会った。
両親が死んで数週間が経って、死ぬ前にお兄ちゃんがくれたお守りを持って、私は学校に行った。
今の私の宝物。これを見ると涙が目元に浮かんでくるが、それでも持っていたいもの。
私がそれをポケットにしまうと同時に、違うクラスの男子が教室を開け放って入ってくる。
誰だろう。とはこれっぽっちも思わない。本当は学校にだって来たくない。
誰かと関わりたくない。
もう、全部消えてしまえばいいのに。
私が授業の準備をしようと引き出しを覗き込んでいると、誰かが私のところに来た。
「おまえ、両親死んだんだって? ん、どんまい」
軽々しく言われて私はむっと来た。
だから、
「あんたに何が分かるのよ! 何も分からない癖に変な事いわないでよ!」
私はこの学校に入学してから怒鳴るなんてことしたこともなかったけど、そのときは怒鳴った。
「む。確かにそうだなぁ。おーい、凜也ぁ!」
「なんだ?」
「お前、ほら、なんだっけ……ああ、たこ焼き好きだったろ」
「? 俺が好きなのは焼きそばだ」
同じクラスの村正凜也に訳の分からないことを聞いていた。
「だってさ」
「それが何よ」
私は今すぐこいつとの会話をやめたかったので冷たく返していた。
「つまり、お前は焼きそばが好きなんだ!」
「なにそれ、ばっかじゃないの!」
いい加減本当にイライラが募りまくっていた私は机を叩いた。
この馬鹿は人の気持ちを全く考えられないみたい。
「いや、でもな。お前ずっとつまらなそうな顔してただろ? ええと、だな。好きなもの食べるとテンションあがるよ?」
「今上がりまくってるわよ!」
「え? まじ?」
なんだか喜んでいるこいつの顔を見ていると無性にこちらも笑いたくなってしまった。
それを察知されるのが嫌なので私はよりつっけんどんに返す。
「悪い意味でね」
「なるほど。まあ、いいんじゃねぇか? どっちにしろ、テンションは高めにしておけば困る事はないと思うぞ。うんうん」
わけが分からない。この子は一体なんで私のところに来たのか理由がさっぱりだ。
「お前のバカみたいな事に付き合わされる俺の身にもなってくれ」
嫌そうな顔をしたあと笑った村正くん。
面倒だけど、楽しい、そんな感じの笑顔だった。
「まっ、いいじゃねぇか。なんつーんだっけなぁ。お前。今まで馬の耳を食すみたいな感じだったんだぞ?」
「それなら馬の耳に念仏だ。馬の耳を食べてどうするんだ」
村正くんの訂正が入る。
私は確かにそうだったかも知れない。
大切な家族が死んで、悲しまない人なんていないと思う。
学校にいるときは家族の事ばかりが頭の中に浮き出て、周りの人の会話なんて耳に入っていない。
というか周りの人には興味などはなかった。
例え、仲がよくなってもその人はいつかいなくなってしまう。
だったら、誰とも仲良くしなければ、一人でいればいい。
私はそう考えていた。
それはとてもつまらなく、孤独な人生だが。
誰かを失う悲しみ、痛みを味わうことはなくなる。
だから、逃げていた、人のかかわりから。
目の前の男の子はニコッと、無垢な子供の笑顔を見せる。
「俺は、いなくなったしないからな。一緒に遊ぼうぜ!」
男の子は何も考えていない。何も考えないで、私に手を伸ばしている。
私の心の中を読めたりするわけがない。
なのに、的確に私の一番危惧している事を言い当てた。
できるわけがない。いなくならないなんて。
だけど、私の心の中に男の子の言葉はストンと心地よく落ちて広がった。
キーンコーンカーンコーンと授業開始の合図が遠くのほうで聞こえる。
私はこの手を取ってもいいの?
本当に、いなくならない?
私は今にも目に涙が溢れてくるような感覚に襲われ、その手を取らずに目元に手をやる。
「おい、神村! いい加減教室に戻れ!」
「いてぇ! くそう、ばーかばーか!」
「教師にそんなことを言うな! ったく。お、おい! 三枝木泣いてるのか!? 神村、上履きにカエルでもいれたのか!?」
「いれてねぇよ! つうか、え? まじ泣いてるの? え、え? 俺何か悪い事した?」
「ああ、人の心にずかずか入り込んでいくことをしたな」
村正くんの的確な言葉が耳に届く。
私はそんな二人のやり取りを見て楽しいと感じた。
男の子は隣のクラスの子らしい。
先生が首根っこを掴んで隣のクラスに送り込んでいるのを私は廊下にでて、見届けた。
「三枝木」
私を呼ぶ声がした。
さっきの男の子に会う前の私なら構わず無視するが、今はその言葉に振り返った。
その方向には村正凜也くんがいた。
「あいつはバカだが、困ってる人を放っておかない、おけないやつだ。さすがにさっきのはやりすぎたと思うが、あんまり気を悪くしないでくれ」
「……ええ」
最初は嫌だと思ったけど、今は……嫌だとは思っていない。
今まで何をしていたんだろう。
馬鹿だ、私は。
他人を無視してもママやパパ、お兄ちゃんは生き返らない。
もう、こんなつらい想いしたくないから他人と距離をおくのも間違ってる。
少しは、前向きに生きようかな……?
あれから、毎日修也くんは私のところに来た。
よく分かんない遊びを考えたり、夜の学校に忍び込んだり、いろいろやった。
私が決心をした日から約一ヶ月がたった放課後のこと。
家族が死んですぐの時は毎日のようにこのお墓に来ていたが修也くんと遊ぶようになってからは初めてのお墓参り。
私は今までのすべてにけじめをつけるために両親のお墓の前に来ていた。
「みんな。私は大丈夫だから」
お墓参りにはよく来ていたから特に心配する事はない。
家族に自分はちゃんと生活できてるよ。
毎日このことをここに伝えに来ていた。
今までは嘘だったけど、今は言える。
「今日、よく分かんない子が私に会いに来たの」
お墓を触りながら、私はゆっくりと口を開いていく。
「最初はうざいと思ったけど。本当に私のことを心配してくれて、すっごく大切な人よ」
一度区切って、周りに誰もいないことを確認してから、綴る。
「私、修也くんのことが好きになっちゃったわ」
一ヶ月経って分かった事はそれだ。
私はすっかり元気になったと思う。
「私、約束したんだ。明日大事な話があるから、放課後ずっと待っててって。そこで気持ちを伝えるつもりよ」
私はもう大丈夫だから。
そう最後に付け足して、その場を後にしようとした時。
「あなたは……随分と悲しそうね」
突然声が届き私はビックリした。
さっき確認したときは誰もいなかったはず。
振り返ると、そこには私と同じぐらいの子供が誰かのお墓に腰を下ろして、こちらを見ていた。
悲しそう。それは間違ってない。いくら楽しくなってもやっぱり家族がいないのはつらい。
でも、自分の気持ちを他人に言い当てられた私はすこしむっとして、頬を膨らませ、
「人のお墓に座っちゃダメよ」
敵意むき出しで私が言うと、女の子は素直にそこから降りた。
「これでいい?」
とてとてとこちらに歩いてくる。
顔をよく見る。かわいいな。
私と同じような背格好なのに胸はそれなりにある。
人間とは思えないほどに白い肌は白すぎてむしろ不健康に見えるほどだ。
ふっくらした唇や懐きのよさそうな目元など女の子はとても人になついた子犬っぽい。
こんな子うちの学校の生徒にはいない。
私の知り合いでもない。
「あなた、おいしそうね?」
いつの間にか私の目の前に来て、頬を撫でていた。
身体が……震えた。
手の温度があまりにも冷たく、触れられた瞬間、私は氷を背中に入れられたかのような寒気を感じた。
咄嗟に後ろに下がり、魔法銃を取り出して、警戒の意味を込めて構える。
おいしそう? 私は食べられるの?
ぶるぶる。首を振る。バカなことは考えないで目の前の敵に注意するのよ、私!
「ふふふ。警戒しても、人間が魔族に勝てるわけがないわ」
声が左右上下から聞こえる。
敵が何人にも見える。
分身?
そんな言葉が頭を過ぎった次の時には、私は地面に顔を打ち付けていた。
「どう? おとなしく、その入れ物をちょうだい」
魔族とか言った奴は、小さいからだの癖に力持ちみたい。
私がいくら女の子だからって、片手で持ち上げるなんて、普通はできるはずがない。
魔族。先生が前に言ってた。
魔物が特定の条件化で進化して、人の姿をとることができるようになる。
そういった人の姿をとる魔物を総称して魔族と呼んでいる。
教科書に載っているのを先生が読んでいた気がしないでもない。
つまり、目の前にいるこいつは、魔族。
私なんかが勝てるわけがない。
国の優秀な魔法使いが数人がかりで戦わないと勝てない相手なのに、子供の私が敵いっこない。
首元を掴んで持ち上げてる、こいつの手をポカポカ殴る。
せめてもの抵抗。
「可愛いわね。でも、無駄よ」
魔族が手をかざすと、私の頭の中にもやがかかる。
なん、だか、身体が……だるい。
私は重くなっていくまぶたを懸命に閉じないようにしていたが、その抵抗もむなしく上と下のまぶたがくっついた。