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第一話 そしてわたしは出逢ってしまった

 ――これは戦争。

 口先だけでそういうわたしたちは、でも、その奥にある本質に気付けなかった。


 わたしたちだけが、悲壮な決意をしてこの戦いに挑んでいるわけではないということに。

 あっちにだって、攻めるに足る、哀しい理由があったのだということに。


 魔法綺譚 ゼノグラシア


 第一話 / そしてわたしは出会ってしまった


 普通、こんなことになったら、これは夢だと思うじゃない。

 でも、頬を撫でる熱は現実。

 ついでに赤い炎も現実。

 さらに言うなら、それを防ぐわたしの手も、また現実。吸いつくように握ったグリップが伝える重みも、いやだけど現実。

 周囲はまるで世紀末。あるいは大災害。ボタンを一つかけ間違えただけで、道を一本早く折れただけで、別の街に迷い込んでしまったかのよう。まるで不思議の国のアリスね。穴に落ちたらそこは別世界。わたしは穴には落ちてないけど。

 あぁもう、自分でもよくわかんないけど!

 これが今、わたしの置かれた状況で。

 とにかく、わたしは、大変なことに巻き込まれてしまったみたい。


 ほんっと、なんでだっけ?

 些細な朝の情景を思い浮かべる。そこであぁ、と嘆息。いや、でも、ちょっと待って。

 そんなの、ここまで当たるなんて信じられないじゃない――?



 その日の朝。

 開いたカーテン。窓の向こうは今日も快晴。

 目覚ましが鳴る前に起きれたら、その日はなんだか、いいことがある予感がする。それって、わたしだけ?

 そんな感じの午前七時。わたしはベッドの隣で、大きく伸びた。窓から差し込む日差しが眩しい。

 今日も暑くなりそう、なんて思いながら、部屋を横切って壁に埋め込まれたクローゼットへ。扉を開けると、中からまだ新しい制服が顔をのぞかせた。

 まだそんなに着なれていない、高校の制服。隣には三年間着た中学の制服がクリーニングに出したまま置いてあって、少しだけセンチメンタルになってみたり。

 こらこらわたし。五月病になっている場合じゃないぞ。卒業してからまだ二か月ぐらいしか経ってないっていうのに。

 パジャマを脱いで、制服に袖を通す。シャツのボタンを留めて、胸元にリボンのタイを結んで、と。よし、オッケー。クローゼットの内側の鏡に向かってみる。

 わたし――星岡澪、十六歳。高校一年生になってから、一カ月としばらくが経ちました。


 制服に着替えて階下に降りると、お母さんが台所で朝ご飯と、お弁当を作っていた。コーヒーのいい香りがリビングいっぱいに広がっている。

「おはよー」

「おはよう。今日は早いのね」

 顔だけを振り返らせてお母さんが笑う。ちょっとひどいと思わないこともないけれど、朝はそんなに強くないので、思い切って反論もできない。曖昧に笑ってごまかした。

 お父さんはもう会社に行ったのだろうか。姿が見えないところを見るに、そうだと思う。わたしは台所のトースターに食パンを二切れ投入してスイッチを入れると、リビングを横断してテレビのスイッチを入れた。お決まりのニュースキャスターが映る。

 聞こえてきたニュースは、なかなかに物騒なものだった。

「連続爆発事故?」

「そうよ。事故って言ってるけど、本当かしら。怖いわね。この一週間ちょっとで三件でしょう? しかも人通りの多いところ。あんたも気をつけなさいよ」

 お母さんがボウルに盛りつけられたサラダをテーブルに運びながら肩をすくめる。

 事故が起こったのは関帝廟とか、市庁舎とか、わたしの住む街――横浜市でも結構有名な場所だった。この騒ぎのおかげで、関帝廟は一時閉鎖だという。

 専門家が答えて曰く、こんなにもガス爆発が頻発することはあり得ない。それから周囲の目撃情報なんかにも言及して、これは事件なのではないか、なんてことを言っていた。

「もうすぐ開港祭なのにね」

 テレビに視線をやりながら、お母さんはため息。

 そういえば、今年は横浜市開港二百周年だということで、盛大なセレモニーが行われている。開港記念日の一か月前から、色々な展示や、催し物が開催されているっていう話。

「中止にならなければいいけどなぁ。わたし、ちょっと行ってみたいんだ。花火やるんでしょ」

「どうかしらね」

 ちーん、とアラームが呼んでいる。香ばしい匂いに誘われるように食卓へ。待っててねトーストちゃん。

「ベーコンエッグ、食べるでしょう?」

「うん!」

 今日の朝ご飯は、トーストにサラダ、それからベーコンエッグ。飲み物はオレンジジュース、と。

 ちょっと朝には多め? でもほら、腹が減っては戦は出来ぬ、っていうし。別に戦はしないけど。


「それじゃ、いってきます!」

「帰ってきたら部屋片付けなさいよ」

 お母さんの小言を耳に玄関を飛び出す。両手を合わせて、この場は見逃してもらおう。

 外はおひさまが眩しくて、わたしは思わず手をかざした。見上げた空模様は、起きがけに見た通り、快晴で雲ひとつない。

 日差しは春を通り過ぎて、もう初夏のそれ。ぽかぽか陽気もここまで来ると暑いってレベル。

 まだ通いなれない道をとことこ歩いていく。閑静な住宅街は、同様に学校や会社へ向かう人たちで溢れていた。

 いくら2059年とはいっても、人々の生活様式は数十年前からあんまり変わらない。いつだったかマンガで読んだ未来みたいなのは、まだまだ現実になる兆しは見せない。車だって、まだ空を飛ぶ予定はないみたいだし。

 今日も人々は同じようにローテクに学校や会社へ向かい、同じように机に向かって勉強や仕事をする。それが今の時代の毎日。ずっと昔から大して変わらない、日常っていうもの。

 お気に入りの着メロが鳴って、わたしは肩にかけた鞄から携帯を取り出した。小さな、手のひらにすっぽり収まるぐらいの薄いプラスチック片。今年の春に出た最新型。携帯電話メーカーでは有名な、HTC――ヒノテクノロジーグループの一品だ。高かったなぁ。

 ボタンを押すと、ホログラムでメニューが表示された。メール受信を示すアイコンがぴかぴか自己主張をしている。今朝も一日の運勢を知らせてくれる、占いメールがきたみたい。毎朝の地味な楽しみ。

 さて、今日はどんな日になるかな――少しだけわくわくしながらメールを開く。大仰なわりにチープに見える、占い師の絵が水晶に手をかざす演出のあと、出た文字は……凶。

 厄介事に巻き込まれるでしょう――だって。ちょっと気落ち。

 だけどまぁ、たかだかメール一通でテンションを上げたり下げたりも、なんか違うよね。ってことで、話半分、あんまり気にしないようにしよう。


 ――と、思ったはいいものの。

 駅に着いたわたしを待ち受けていたのは、人身事故で止まったっていう電車だった。

 幸い、一本だけじゃなくて、もう一路線、地下にも電車が通っている駅なので、学校に行けないということはなかったけれど、みんな考えることは同じ。地下鉄は普段乗っている満員電車の五割増しで混雑していた。

 車内は人の熱で蒸してサウナ状態。ギュウギュウ詰めなうえに、一駅ごとに出たり入ったりで人の流れにもみくちゃにされて、おかげで学校のある駅に着いたころには気分は最悪。息も絶え絶えに列車を降りて地上に這い上がると、それはそれで、初夏の日差しはうんざりするほど眩しかった。快晴も、時と場合によりけりって感じ。

「あれ、澪?」

 後ろからかけられた声に、わたしは振り返った。そこには見知った顔がある。

「珍しいね、こんなギリギリの時間に……って、なにあんた、ひどい顔だけど」

「ひどい顔は余計」

 友人の意地の悪い笑みに眉をひそめて返す。ただ、実際ひどい顔をしているのかもしれないけど。

「おはよ、澪」

「おはよ、響子」

 わたしたちはお互いに笑顔で朝の挨拶を交わす。周囲を歩いていく同じ制服姿の子たちにならって、わたしたちも学校への道を歩き出した。

「それで、なんでそんな顔してたの?」

 響子が肩にかけた鞄を直しながら訊ねてくる。わたしはそれに、さっきまでのわたしの状況を――満員の地下鉄に揺られていたことを、出来るだけ彼女がイメージできるようにたっぷりと一分ほどかけて話した。

「あら、ご愁傷様」

 誰に宛てた言葉なのか、と勘繰ったりしてしまう。響子は笑顔を浮かべてわたしの肩をぽんぽん、と叩いた。

「ま、朝からお疲れさま」

 その笑顔はとても魅力的で、女のわたしが見てもどきり、としてしまう。

 ――彼女、峰 響子はわたしのクラスメイトで、わたしが一番仲のいい友達でもある。知り合ったのは三月の入学者説明会の時で、その時も、彼女の笑顔に惹かれたんだったっけ。

「電車はそれが辛いよねぇ」

「自転車はいいね」

 答えた声は、自分でもわかるぐらい恨みがましかった。響子はその声色を目ざとく聞き分け、へっへっへ、とまるでどこかの悪役みたいに笑う。

「家から近いからって理由で学校を選んだりもしました」

 羨ましいと率直に思わないこともない。

 そんなわたしたちの学校は、駅から歩いて五分程度のところに立つ、パッと見学校とは思えないようなビルだ。

 なんでも、数年前の学校再編といった話で数校が合併して、新しい学校になったらしい。横浜市の中心に立つということで、校舎も新しくして、そのおかげかちょっとした病院のような大きさになっている。

 学校前の交差点で立ち止まる。周りにはわたしたちと同じ制服を着た人々がたくさんいた。時刻は朝の八時二十分過ぎ。信号は赤で、目の前の通りを車がたくさん駆け抜けていく。

 その中に、数台のパトカーが混ざっていた。サイレンが鳴ってはいないけれど、数台の白黒な車が隊列を組んで走っていくのは、一般人にしてみれば異常の象徴みたいなものじゃない?

「何かあったのかな」

 みんながそうするように、わたしも少しだけ背伸びして、パトカーが去ったほうへと視線を向ける。隣の響子はあまり興味のなさそうな顔をして、

「あれじゃないの、連続爆発事故っていうやつ? それの捜査」

 わたしは、朝のニュースを思い返していた。

 確か、現場はここから近かったはず。市庁舎とか。

「響子の家に近いよね。大丈夫だった?」

 彼女の家は、ここから自転車で十分ほど行ったところにある。

「うん、まぁ。いや、その前に、あれ多分……何かの爆発なんかじゃないと思う」

 流れ始めた人に急かされるように、わたしたちも横断歩道を歩き始めた。横断歩道を渡り終えたら、学校はすぐだ。

「っていうと?」

「なんかね、あの時……市庁舎が事故ったっていうとき、あたし、その近くにいたのよ。確かに爆音はしたんだけど、そこでさ――なんか、戦ってるのを見ちゃったのよね」

「戦ってるの?」

「うん、一昔前の特撮みたいな感じの一団とさ、女の人が。市庁舎が壊れたのは、その戦いの余波っていうかさ。その女の人の格好が、なんか、サイボーグみたいだったんだよね」

 半信半疑という言葉がぴったりな様子で響子は言う。彼女がそれじゃ、聞いてるわたしはもっと疑ってしまう。

「なにそれ? 映画のロケ?」

「映画のロケを連続爆発事故なんて銘打ってニュースでやるんだったら、この国もいい加減末期かもね」

 少し皮肉めいたことをいう響子に苦笑する。わたしたちは首をひねりながら、校門の自動ドアをくぐった。校門を入ると、そこは広々としたエントランスがある。建物の中に入って日差しが遮られたからか、あるいは冷房の所為か、ひんやりとした風が心地よかった。

 ダンスパーティぐらいなら問題なく開けそうなエントランスホールを横目に、わたしたちは右手にあるエレベータホールに向かった。案の定、そこは生徒でいっぱいだったけど、台数が多いから回転率は悪くない。そんなに待つことなく、わたしたちはエレベータに乗り込むことが出来た。ただし、これもまた満員。ちょっとしたおしくらまんじゅう状態は、混み合った地下鉄を連想させて、少し憂鬱。

「あってよかったエレベータだよね。朝っぱらから五階まで階段で上がるなんてこと、考えたくもない」

 それにはわたしも同意するところだったので、全力で頷く。ただ、この混み方はあまり気分のいいものじゃない。

「あ、そうだ。今日のリーディングの宿題、やった? 多分、澪当たるよ」

「え?」

 思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。おかげで、五階についてどっと人が降りるのにも気付かず、人に押されて危うく転ぶところだった。響子がすぐに腕をつかんでくれたおかげで、それは避けられたけど。

「しっかりしなさいな。……その分だと、やってなさそうね」

 というより。

「今日って、リーディングあったの?」

「そこから!?」

 響子は大仰ともいえる仕草で仰け反る。彼女とわたしに気付いたらしい数人がやってきて、朝の挨拶を口にした。わたしたちも同じように返す。

「あぁ……占いが当たってる」

 わいわいと教室へ向かう道すがら、呟いたわたしの言葉に、響子は疑問そうに首を傾げていた。

「占い? なんかあったの?」

「凶だった。"厄介ごとに巻き込まれるでしょう"――だって」

 彼女は少し考え込むように中空を眺めていたけど、ややあって、苦笑しながら首を振った。

「リーディングは厄介ごとじゃなくて、あんたが忘れただけでしょ」

 ……ごもっとも。


 リーディングは、それまでの休み時間を駆使してどうにか事なきを得たけれど、そのあと、楽しみにしていたお昼ご飯では、お弁当のご飯が片方に寄ってしまっているなんてひどい有様だった。多分、満員電車でもみくちゃにされた所為だと思う。

 授業が全部終わった後の掃除の時間では、たまたま通りすがったっていう理由で先生にゴミ捨てを頼まれた。断る大義名分もなかったので、渋々ながら引き受けると、それは結構な量で、班のみんなでげんなりしつつそれをゴミ捨て場に持っていくハメになった。

 あぁもう、本当に、厄介事に巻き込まれる一日。

「清々しいまでに占いに当たるね」

 帰りのホームルームまでの間。ざわめく教室の中、机に突っ伏すわたしの隣で、響子は感心したように呟いていた。

「そんな風に言わないでよ……」

 当事者の身にもなってほしい。

「あたしだってゴミ運んだよ。ま、今日一日を労う意味で、響子さんと一緒になんか食べに行こうか。近くにクレープ屋さんが新装開店したって話だけど」

「いく!」

 響子の提案に、条件反射で返事をしてしまう自分にちょっと自己嫌悪。だって、甘い物の誘いには逆らえないのがわたしだもの。

 響子ははいはい、と屈託なく笑う。

「はいはい、じゃあホームルーム終わったらね。あ、みんな誘う?」

「どっちでもいいよ」

 わかった、と微笑み、彼女は自分の席へと戻っていく。周囲も突然に慌ただしくなり、椅子の引かれる音があちらこちらで聞こえてきた。見れば、先生が教室に入ってきたところだった。

 それからいくつかの連絡事項なんかを終えて、ホームルームは終わった。三々五々、教室を後にしたりそのまま残って雑談したりするクラスメイトを横目に、わたしたちは廊下へと向かう。

 方々の友人に声をかけてみたけれど、今日はみんな、残念ながら用事があるらしい。主に部活。しょうがないよね、とわたしと響子は肩をすくめた。

 わたしも響子も、部活はしていない。わたしはさしたる理由もなく、響子は曰く、「特定の集団に属してワイワイやることが苦手」――だそうだ。

「それじゃ、二人で行こうか」

「うん、行こう!」

 エレベータへ向かうわたしを、響子は噛み殺したような笑みで見ていた。

 なに、と視線で問いただす。エレベータを待つ間、彼女はしばらく肩を震わせた後、首を振って口を開いた。

「こどもみたいだなぁ、って思っただけ」

 それはすいませんね。


 学校からほど近いところに、響子のいうクレープ屋はあった。ビルの一階がオープンテラスになっていて、建物から張り出した幌の下には、クレープやソフトクリームを片手に思い思いの時間を楽しんでいる人が見える。ていうかうちの学校の制服もいた。

「ここね、牛乳を使ったものが美味しいって評判なんだ」

 店内に入りながら、響子がそんな情報を教えてくれた。どうやら、店員さんのオススメも自家製のソフトクリームや、アイスの入ったクレープらしい。ここはお勧めにしたがい、チョコとバニラアイスの入ったのを注文した。響子はイチゴとアイスのクレープだ。

 さほど待つことなく出来上がった、出来たてのそれを受け取って、せっかくだから気持ちがいいし、ということでテラスの幌の下の机に席を取る。

 座ったそこは、影と店内からの空調のおかげで、ちょうどいいぐらいの温度だった。見える日差しは眩しくて、アスファルトからはじりじりって音が聞こえてきそう。まだ五月末なのに。

「おー、いい感じだねぇ。涼しいし、なかなかおしゃれな感じだ」

 確かに。椅子もテーブルも、内装と合わせたのかシックな色合い。あまりそういうのに詳しいわけじゃないけど、まるで映画の中のセットみたいだった。

「なかなか様になってるよ、澪」

 冗談交じりに響子が言う。それは響子のほうだと思うのだけれど、わたしは曖昧に笑って、クレープにかぶりついた。端のほうはパリパリとしていたけど、中の方になると生地がしっとりしていて、もう一口噛むとアイスが顔をのぞかせる。

「おいしい!」

「ほんとにね」

 響子と二人、顔を合わせて笑う。部活でこれなかった皆は残念、って感じ。

 ……でも、そこでちょっと違和感。

 これだけのクレープ屋が出来たっていうのに、ここはそんなに人が入ってはいない。店内の席は空席だらけだし、外の幌の下にしたって、わたしたちともう一組、うちの学校の生徒がいるぐらいだ。

「どうしたの、いきなり不思議そうな顔して」

「ううん。空いてるなぁ、って思って」

 そういうこと言う? とでも言いたげな顔をした響子は、小さく肩をすくめるとぐるり、と店内を見渡した。さりげなく。

「確かにね」

「観光客とか、入ってきそうじゃない?」

 溶けかけたアイスを舐めながら呟く。彼女は気のない素振りで、イチゴにアイスをつけて口に放りこみながら

「あの事件の影響じゃない?」

「事件? 事故じゃなくて?」

 そうそれ、と響子は手にしたクレープを向けた。そのまま、釈然としない表情でクレープをぱくり。

「あれさぁ、爆発事故とか事件とか、そんなに単純なものじゃない気がするんだよね」

 響子はうーん、と唸った。眉を寄せて考え込む表情。彼女はこういう、言うなれば謎に弱い。推理小説が好きだと言っていたっけ。

「単純なものじゃないっていうと?」

「私が見たあの連中が関わってるんじゃないかと思う」

 あまりに真剣な表情でいうものだから、ないでしょ、とは思いつつも、わたしはそれをはっきりと否定できずに曖昧に肩をすくめてクレープにかじりついた。

「あー、澪信じてないでしょー」

「だって……響子、その人たちが実際に爆破とかしてるところを見たわけじゃないでしょ?」

 う、と言葉に詰まる響子。

「そ、そりゃあ、だって逃げろ! って声が聞こえて、みんなその場から逃げたから……」

 唇を尖らせて反論する響子は可愛いと思ったけれど、詰まるところ、彼女はその現場を見ていない、ってワケ。

「なら、その人たちが関わってるかどうかは、わからないじゃない? ニュースでも何もやってなかったし。たぶん、その人たちは無関係なんだよ」

「……そうかなぁ?」

「そうそう。響子、推理小説ばっかり読みすぎ」

 響子はそんなことないよぅ、とクレープを食べながら拗ねたような表情をしていたが、ややあって、ぽつりと呟いた。

「じゃあ、あの人たちはなんだったのかな。気になるなぁ」

「サイボーグみたいな女の人?」

「あと、ちょっと前の戦隊ものに出てきそうな人たちね」

 そんな人たちがいたら、それこそ普通にニュースになっていそうなものだよねぇ、とクレープをかじりながら思う。

「開港二百周年のイベントの一環、とか」

「それだったらお客逃がしたら駄目でしょ」

 そっか。だとしたら、なんだろう。

 二人してうーん、なんて声をあげてみるけれど、かといって、だからどうなるというものでもない。

「あ、アイス溶けてる」

「わっ!」

 それよりも今は、ダラダラと溶け始めたクレープの方に意識を集中しよう。


 五時を回ったが、まだ日は高い。さすがに暑さは和らいできたけれど、日が長くなっていると感じる。

 駅にやってきたわたしたちは、駐輪所の近くでばいばいすることにした。

「じゃあね、澪。気をつけて」

「響子もね。巻き込まれないように」

 さっきの話を思い出して、冗談交じりに忠告。響子は片眉を跳ね上げると、

「それはあんたでしょ」

 なんて切り返してきた。

「今日はまだ終わってないんだよ。あの占いは、きっとまだまだ有効だね」

 にやにやと浮かんだ笑みから、響子も同じように冗談を言っていると直感した。

「もうたくさんだよ」

「じゃあ早く帰っておとなしくしなきゃね」

 二人で笑い合う。しばらく笑った後、響子は手を振りながら駐輪所へと足を向けた。

「変なことに巻き込まれないようにねー」

 去り際、そんなことを言いながら。

 はいはい、と手を振って、わたしも改札へと向かう。電車を待ちながら、変なことってなんだろう? と首を傾げていた。

 ……とはいっても、巻き込まれるというぐらいだから自衛は出来ないよねぇ。うーん、困った。

 まぁせめて、"変なこと"に自分から首を突っ込むようなことはしないでおこう、って思った。

 ――思ったのに、何がどうなったの?

「え?」

 何がどうなったのか。

 わからない。

 本当にわからない。

 わたしが何かをした?

 ううん、特に何もしてない。ただいつものように電車に乗って、いつものように駅で降りて、いつものように帰り道を歩いていただけ。

 特別なことはなにもしてない。

 例えば、今日は気分を変えて別の道から帰ってみようだとか。なんの気なしに思い立って、どこか懐かしい公園に寄り道しただとか。

 そんな、何かが起こるようなことは、何一つしていないのに。

 でも、わたしの目の前の風景は、わたしの知るものとは全く異なっていた。

 どーん、という激しいんだか間延びしたんだかよくわからない音が耳に響く。

 頭が回っていない。そんな音は普段は耳にしない。だから、思考がついてきてくれない。

 帰り道。

 わたしが道を折れたら、そこには謎の一団がいた。……本当に、そうとしか表現が出来ない。響子が特撮に出てくるような人たち、といった意味がよくわかる。

 人々が特撮に出てくるようだ、というのなら。

 そこで巻き起こった出来事もまた、特撮じみていた。

 爆音。

 直後の爆風。予想もしていなかった出来事と風に煽られ、わたしは気付かないうちに尻餅をついていた。お尻に衝撃と、鞄の落下する音がする。

 これは夢、と思ってみても、吹きつける風は熱を伴っていて、否応なしにそんな現実逃避っぽい思考を否定する。

 つまり、これは、紛れもない現実ってこと。

 出来るなら笑ってしまいたい気分。

 この状況が?

 アスファルトに穴があいている、この状況が、現実?

 見慣れない連中は、そんな激しい爆発があったにも関わらず、平然と立っていた。そりゃあ、特撮には爆発がつきものだけど――じゃない。

 響子の言っていたことはほんとだったみたい。もしもわたしの見た連中と響子のみた連中が一致していたら、だけど、こいつらがこの爆破事件の犯人だ。

 と、とにかく。今のわたしに出来ることは、そんなにない。ましてや、あいつらは何か爆発物っぽいものを持っているみたいだし。とにかく、今は警察とか、しかるべき人たちを呼んでくるのが――

 もう一つ、爆音。思考はけたたましい音にかき消される。びっくりなことに、奴らは特に爆弾とかを持ってはいなかった。ただ、空中を一撫でしただけで、その場所が爆発を起こした。

 いったいどういうこと?

 そんなこと、あり得るわけがない。

 トリックか……あるいは、まるで魔法みたい。

「ふざけ、ないでよー!」

 気がつけば。わたしは、立ちあがって大声をあげていた。

 連中がこちらに気付く。やばい、と背筋が寒くなった。ほら、こういうのって、目撃者は消されるのがセオリーじゃない?

 ……かと思ったら、連中は別に興味なさそうな顔をして、再び自分たちが穴を開けたアスファルトの方に意識を戻した。あれ? わたしには興味ない?

「ここだな?」

「はっ。この付近かと」

 素知らぬふりもいいところ。わたしなんて眼中にないみたいな感じで、彼らは何かをやっている。どうやらあの、真ん中にいるちょっと豪華な服を着た少女がリーダーのようだ。

 少女は考え込むように顎に手を当てた。約三メートル先は、まるでテレビの中の出来事みたい。

 でも、これは紛れもない現実で。

 気がつけば、周囲には野次馬がいて。

「ぼくの家になにするんだー!」

 声を荒げる小さな子がいて。

 男の子は、怖いものなんてないとばかりに少女へと突き進んで。

 あ、と身体が反応した。何か良からぬことが起こる。何が、なんてわからないけど、身体は走り出す。

 男の子は声を上げながら少女へと突進する。少女を守るように周りの男たちが立ちふさがろうとするけれど、少女はそれを手で制した。

 まずい。アスファルトを蹴る足に力がこもる。

 よく、こういうときってスローモーションになるというけれど、それは本当だと思う。体感時間はどこまでも伸びていく。一歩がとても遅く感じる。

 少女が男の子に手を向ける。男の子と少女の間はあと二メートルばかり。わたしと少女の間はあと一メートルばかり。

 わたしは最後に一歩を大きく踏み込んで、そのまま跳んだ。手を大きく広げ、男の子をかばうように二人の間に割って入る。

 少女とわたしの視線が交錯する。少女は、わたしとさほど変わらない歳のように見えた。顔立ちは整っているけれど、まだ少し子供っぽさが顔をのぞかせている。しかし、その眼は大人びていて、彼女の年齢はわからない。瞳の色は青くて、外人さんかな、なんて思った。

 何より眼を引いたのが、彼女の髪の色で。遠くからじゃわからなかったけど、近づいてみると、その髪は濃い蒼だった。群青色って言うのだろうか。

 綺麗だなぁ、なんて、場違いな感想を抱いた直後。

「――邪魔だ」

 少女の、冷酷な声が聞こえて――

 そして、目の前が光に包まれた。


 ――ここは、どこだろう。

 意識は真っ白なまま。身体が動く感覚もない。ここがどこなのかもわからない。

 ただ、わたしがここにいる。それだけを、感じ取る。

 ……あれ? だとすると、ひょっとしてここって死後の世界ってやつなのかなぁ。やっぱりわたし、さっきので死んじゃったのかなぁ。

 自分のことだけど、マヌケな感じ。

 どうせなら、もう少し格好いい死に方というものをしてみたかったな、なんて思っていたら。

『私の声が、聞こえているだろうか』

 なんて、そんな声が聞こえてきた。

 飛び上がるぐらい驚いた。マジで。そんなわたしの動揺をお構いなしに、少しハスキーな、歳をとった男の声は響いていく。

『私は、もしもの時のために、このメッセージを遺した。このメッセージが聞こえる者よ。君に、私の想いを託す』

「想い……?」

『このプログラムが起動したということは、つまり、私の考える中で最悪の展開に到ったということに他ならない。かつて地球より失われた"魔法"という技術が、地球に牙を向こうとしている。このメッセージを聞く者よ。どうか、地球を守ってくれ』

 男の声は、わたしの理解を超えていた。

 魔法が、地球に牙を向く? ばかばかしい。

 ……そう否定出来ればよかったのだけれど。あいにく、わたしはさっき目の前で魔法としか思えないような光景を目撃してしまったので。

『そのための力を。魔法に対抗しうる力を、私はここに残す。我々の知りえない、魔法を再現する力――ゼノグラシアを。このゼノグラシア・ユースティティアで、地球を、母なるこの大地を、守ってほしい』

 声は遠くなっていく。身体がだんだんと感覚を取り戻していく。入ってくる情報に頭がついていかないまま、時の流れは元に戻ろうとする。

『――地球を、頼む』

 最後に、そんな声が聞こえて。

 世界が、色を取り戻した。


 熱風が頬を撫でる。しかし、それだけだった。

「な、に!?」

 目の前の少女が驚いた顔をしている。周囲の男たちも同様だ。庇った男の子は無事かな、なんてことを頭の隅で思った。

「なんなのよ!」

 無我夢中で腕を振りまわす。呆けていた少女は、しかしすぐに落ち着きを取り戻すと後方に大きく跳んで、わたしと距離を取った。それよりも今のわたしは視界に映った自分の手に違和感を覚える。

「なにこれー!?」

 なんかメカっていた。清々しいまでにメカっていた。

 えっと、なんだっけ、武骨な騎士鎧みたいなのがつけてるような――そう、ガントレットのようなものが手についている。

 しかし、その重さは感じない。むしろ身体が軽いぐらいだ。そして、制服とは違うものが身体を包んでいるのを感じる。

 あぁもう、なんか猛烈に鏡がほしい。鞄に鏡が入ってたんだけど、この状況じゃ取り出せるはずもないし。

「お前、何者だ」

 少女が落ち着き払った声で問う。

「ただの女子高生よ!」

「そうは見えん」

 ……即答されるとちょっと哀しい。というか、この状況は何? これはいったいなに?

「お、お姉ちゃん?」

 背後から声が聞こえる。振り返ると、少年が尻餅をついていた。唖然とした表情がわたしを見上げている。よかった、無事だったんだと胸を撫で下ろす。

「だが、お前が何者であろうと私には関係ない。邪魔をするのなら、排除するのみだ」

 ……ような暇も与えてはくれないみたい。

 少女と向かい合って対峙する。少女は特に何の感慨もない顔でわたしに手のひらを向けた。

 あ、まずい、さっきと同じ予感がする。

「消えろ」

 思わず手で顔を覆う。……でも、思っていたようなことにはならなかった。

 恐る恐る眼を開ける。再び、少女の信じられない、といった顔。

「貴様が、我らに対抗する地球の民というわけか!」

 少女は声高に叫んで、手のひらを向けたまま何事かを呟いた。再び爆発が目の前で起こる。しかし、その爆発はかき消えて、わたしには届かない。

 好都合。

 売られたケンカは、買わなきゃだめ!

「なんだかよくわかんないけど、あんまり爆発させないでよね!」

 炎が視界に映る中、わたしは一歩を踏み出した。手をきつく握り締めて、あの子をどうにか止めないと!

 走り出した一歩は、けれど、自分で思っていた以上に前に進んだ。

「えぇ!?」

 踏み出して、とん、といつものように地面を蹴っただけなのに。わたしの身体はものすごい勢いで動いていて、とっさに踏み出した足でつんのめって派手に転んだ。

「何を!」

 それを訊きたいのはわたしのほう。顔面からいったから勢いよく鼻をぶつけた。いたい。

 ここぞとばかりに爆発が飛んでくる。どういう原理か、わたし自身に害はないけれど、周囲はどんどん爆発に巻き込まれていた。家や道路が崩れていく。

 辺りを見回せば、爆発を前に逃げる人たちがいた。さっきの男の子は、相変わらず座り込んだままぽつーんとこちらを眺めている。誰も助けてはくれないみたい。

「ちょっとあんた、止めなさい!」

「聞く耳を持たん」

 立ちあがる。もう一つ爆発。わたしには一切効果なし。

「一斉に行くぞ」

 了解、と彼女の背後に控えていた男たちが声をそろえ、同じように手のひらを向けた。

 あ、と思う。

「食らえ!」

 少女の号令の下、男たちの手のひらが輝く。わたしはとっさに背後に走って、いまだに尻餅をついている男の子を抱きかかえた。

 背中のほうで爆発の音がする。同時に、何かが崩れる音と、パラパラと降ってくる瓦礫。……わたしの街が、こんなにも簡単に壊れていく。

 ――あったまきた。

「大丈夫?」

 腕の中の男の子は、泣きそうな顔をして頷いた。

「わたし、あいつを止めてくるから。きみは逃げなさい」

 立ちあがって、彼の汚れを叩いてあげる。男の子は泣きそうではあったけれど、頑張って泣かないようにしているように見えた。

「きみは強い子だね。お姉ちゃんがやっつけてきてあげるから、安心してね」

 うん、と男の子が頷く。わたしも頷き返す。行きな、と指さすと、男の子は素直に走っていった。

「さぁ、て」

 あいつら、全員許さない。

 とにかく、今はあいつらがやっていることを止めさせないと。そのためにはどうすればいい?

 何か、方法はないの? 何か――

 脳裏に、流れる言葉がある。

 ――それは対魔法用装備ゼノグラシア・ユースティティア。近接戦闘タイプ。

 ゼノグラシアという言葉。それはさっき、あの男の声が言っていたものだ。わたしはわたしの身体を、正確に言うなら、わたしの身体を覆っているものを観察した。機械の鎧みたいなかたち。これが……ゼノグラシア。

 あの声は、これが地球を守る力だって言った。なら、さっきから奴らの爆発が効かなかったのは、これのおかげなんだろう。

 ――武器は、両サイドの腰にマウントされた二振りの剣だ。

 言葉に従い、腰の剣を手に取る。長さ一メートルほどの二振りの剣は、そんなに重くもなく、手に馴染む重量だった。グリップはまるで手のひらに吸いつくよう。磨き上げられたようにピカピカの刀身は、先端に行くにつれ細くなっていて、三角形を半分にしたような鋭角的なデザインだった。

「あんたら、好き勝手やってくれたわね」

 剣を突き出して、少女たちと対峙する。わたしたちの間は五メートルぐらい。たぶん、さっきの様子じゃ一歩ぐらいで辿りつける距離。

「絶対許さないんだから!」

 走り出す。身構える少女たち。

「放て!」

 流れる景色はいつもの数倍の速度。その中を、炎と煙が横切っていく。すごい爆発が起こっている中、わたしはその炎と煙を突破して、一団の中に飛び込んだ。

 ――ユースティティアを、君に託す。その力で、この星を、母なる大地を、守ってくれ。

「止めなさいっていってるでしょ!」

 流れる言葉に答えるように、わたしは少女に剣を向けた。少女も腰から剣を抜いて、わたしの一撃を受け止める。

「く!」

 剣を握っていない手で彼女は爆発を繰り出すけれど、それはわたしには効果がない!

「効くもんですかっ」

 一度強く剣を押して、彼女の剣を弾く。彼女はその勢いを利用して後方に跳んでいた。

 追おうとしたわたしの足元に大量の爆発が起こる。踏み出そうとした一歩は宙をかいた。見れば、道路が抉り取られて穴があいている。慌ててジャンプ、その脇に着地してほっと一息。また転ぶかと思った。

「情勢は最悪だな。撤退するぞ」

 少女の声が響く。

「ちょっと! ここをこんなにしておいてこのまま帰るつもり!? 責任取りなさいよこのばかー!」

「断る」

 断るって、そういう問題じゃないでしょうが。

 文句の一つも言おうとしたら、突然、目の前の一団が激しい光を発した。あまりの眩しさに腕で目を覆う。

 あ、なんかこれいやな予感――と思うとそれは的中するもので、案の定、光が晴れた後には、もうそこには始めから何もいなかったかのような空間だけが広がっていた。

 夢だったのかな、なんて思わないこともないけれど。周囲を見回せば、ひどく壊れた街並みが広がっていて、今までの出来事が現実だったんだって教えてくれる。

 怪我をした人はどれぐらいいるんだろう、なんて思ったところで、タイミング良く遠くからサイレンの音が聞こえてきた。

 とにかく、あいつらはいなくなった。その事実に安心する。と、唐突に身体から力が抜けていった。耐えきれず、ぐにゃり、と地面に座り込んでしまう。

 その体勢さえ維持できず、アスファルトの上に横に倒れた。

 意識がだんだんと遠のいていく。

 ……ほんと、今日は一日厄介事にばっかり巻き込まれたなぁ、なんて。横倒しになった瓦礫の山を見ながら、そんなことを思って、わたしの意識はフェードアウトした。



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