その十
「『ほら吹き男爵』ですか? 題名は知っていますが読んだ事はありません」
佐々木吉口警部補はいっさいの、見栄を捨てて自分の『無知』をさらした。
「うむ、では『ミュンヒハウゼン症候群』ではどうだ?」
一色誠がそう言うと佐々木吉口警部補は、大きくうなずいてこう言って来た。
「ああ、ソレなら分かります。大雑把に言えば『自分は病気なんだ』と言って、家族、あるいは隣人。そして『医療関係者』の興味を引きたがる【精神疾患】の一種だと、むかし教わった記憶があります」
佐々木吉口がそう言うと、一色誠は『おしぼり』で自分の顔などを拭きながら。苦笑いを浮かべてこう言った。
「大雑把過ぎるし幾つか間違って居るが『ド素人』の知識では仕方が無い」
一色誠が大きく深呼吸を二回して、佐々木吉口警部補の記憶力に難癖をつける。
「仕方が無いじゃ在りませんか。自分の仕事は【警官】であって【精神科医】ではありません」
佐々木吉口警部補はそう言うと。一色誠は右手人差し指を横に振りながら、佐々木の言葉を否定する。
「その考え方がいかんというのだ、佐々木よぅ。いいか? 解らない、知らないは罪ではない。知らない知識なら覚えれば良い、そのために政府機関は余りにも自由過ぎる、【サイバーワールド】を『黙認』しているのだからのぅ」
佐々木吉口は少しだけ眉にしわを寄せると、一色誠の行動にこう切り返す。
「それで今回の変死事案と『ミュンヒハウゼン症候群』との繋がりは何なのです?」
佐々木吉口警部補は、一色誠にそう聞いた。
「基本的には無いよ」
一色誠の答えはたったそれだけだった。そして佐々木吉口警部補は口を大きく開けて、一色誠を見ていた。
「佐々木吉口よ、お前さんに『ミュンヒハウゼン症候群』の事を聞いたのは。これから話す内容に、『ミュンヒハウゼン症候群』の事が含まれているからだ。基礎中の基礎が分かっていないと『理解できない』恐れもある」
佐々木吉口警部補はこのイタズラ好きな【教官】にイライラしつつも、何か重要な物事をにぎっているだろうこの老人にもう少し付き合う事にする。
「ソレで一色誠【教官】今回の変死案件と、『ミュンヒハウゼン症候群』との関係は何なんですか?」
佐々木吉口警部補が、合成ビールを口にしつつそう聞くと。一色誠は真剣な声でこう話し始める。
「佐々木よ『代理ミュンヒハウゼン症候群』と言う精神疾患を知っておるか?」
佐々木吉口の手が止まった。
「ワシもお前と同じように【神経科医】では無いから、簡単かつ大雑把で言うぞ。『代理ミュンヒハウゼン症候群』と言うのは、大体が無抵抗な自分の親族に対して行われる暴力や、偽装された病気などをおこないつつ。ソレを熱心に看病する事によって、周囲から送られる感心や称賛などを受けて悦を得る【精神疾患】の総称じゃ‼」
一色誠はそうまくし立てて言うと、焼酎では無く水を口に運んだ。
「待ってください! それでは貴方はこう言いたいのですか。【A.I】が自らの介護対象に敢えて酒を飲ませて。ソレで起こる中毒症状を看護して周りの【家族】から称賛を置けることで、『喜んでいる』そう言いたいのですか⁉」
佐々木吉口がそう叫ぶように立ち上がると、一色誠の襟首をつかんで引き寄せた。
「……そうだ。」
一色誠が苦しそうに肯定すると、佐々木吉口は今度こそ呆然とする。
「一番目の犠牲者、道崎光一。二番目の犠牲者、国元さとし。そして三番目の犠牲者、草壁一郎。この三人の共通点は、『ヨツトモ家具』が試験的に作り出した介護ベッドを使っていた事。それだけでしか無い!」
一色誠の言葉が佐々木の頭の中で響いた。だが、それを認めてしまうには警部補佐々木吉口は真面目過ぎた。
「佐々木よぅ。考え込むのは良いがそろそろ現実を見たほうが良いぞ?」
佐々木吉口警部補はそう言う一色誠に対して怒りの感情が芽生える!
「──現実とは何のことです⁉」
警部補は一色誠を睨み付けながらそう聞いた。
「後十三時間しかない、と言う事なのだよ。佐々木君」
「?」
佐々木吉口警部補は一色誠の顔を見る。そこには何時もの様な笑みを浮かべてはいなかった。
「『ヨツトモ家具』が心血を注いだ傑作介護ロボット。その商品化第一作目のお披露目会が始まるまで、あと十三時間しか無いと言っとるんだよ?」
「え……」
佐々木の口から何とも言えない声が聞こえた。
「だからなぁ、アノ介護ベッドの量産化第一号機が、あらゆるメディアで声高らかに注文販売される。その時まで後十三時間──いや、後十二時間か。とにかくそれ位の時間しか残っておらん、そう言いたいんじゃが?」
次の瞬間佐々木吉口警部補は、カウンターテーブルにカードを。叩きつけるように置くと、そのまま自分の所属する警察本部に走って行った。
結果から言えば、『ヨツトモ家具店』を【検察庁】は起訴しなかった。
──いや、出来なかった。
『ヨツトモ家具店』はその大々的な【新作介護ベッド】の発表会会場で、【社長】を含む開発スタッフ共々。手錠をはめられて連行されてしまったからだ。
当然その映像は、あらゆるメディアを通して拡散されてしまい。
赤字が続いていた『ヨツトモ家具店』は、アッサリとつぶれてしまったためだった。
「自分は怒られてしまいましたよ」
『スナック昭和』のカウンター席で、佐々木吉口警部補は大きく伸びをした。
「ほうほう、なぁるほど」
一色誠が当然のごとく佐々木吉口の隣の席で、焼酎を飲んでいた。
「まぁ、何故か秋のボーナスは少し増えていましたがね」
そう言うと佐々木吉口警部補と一色誠は笑い出した。
「ソレでどうだった?」
一色誠が興味津々に、佐々木吉口警部補を見る。
「何のことですか?」
佐々木吉口はとぼけるようにそう言った。
「あの、【介護ベッド】のマザーを、分析したのだろう? 何が出て来た?」
佐々木吉口は手を合わせる様にしてこう言って来た。
「何にも出て来ませんでした」
「おいおい、アレだけの情報を出してやったんだ、ダンマリは連れないぜ?」
一色誠が愚痴を言うと佐々木吉口はこう返した。
「アノ【介護ベッド】のマザーは当然データを調べられましたが、何も出ませんでした」
「データは残っていましたが、動きませんでしたまるで……」
佐々木吉口は一瞬口に出して良いかを考えてからこう言った。
「まるで、自殺でもしたかのように」
全十話でした、お疲れ様です。
一色誠の登場する話は、あと2つあるのです。
書くかどうかは、分かりませんが。
では皆様ご苦労様です。
ご感想。ブックマーク。等々頂けると幸いです。
ではまた。




