1話 エルドリア王国ダンジョン前診療所
古代からこの地にて繁栄していたエルドリア王国、ダンジョン都市グレイスロウ。
国内最大のダンジョンを囲うように巨大化した街は、人口約8万人がひしめき合って暮らしている。
住む人々は種族も様々で、人、亜人、獣人などとても賑やかだ。
街は冒険者ギルドをはじめ、鍛冶屋、宿屋、魔道具屋、薬屋、酒屋、食堂、街中の広場では露天商が店を連なっており、他にも闘技場、魔法研究所、古代文明研究所など、様々な施設が揃っている。
都市の外縁に広がる、ダンジョン入口前の石畳の広場には、今日も多くの冒険者が集まっていた。
鎧の軋む音、酒の匂い、討伐報告の喧騒。
その一角に簡素な天幕があり人々が行列を成している。
中は木の机に丸い椅子、簡易ベッド。
入口に立てかけられた一本の緑色の宝石がついた白銀の槍。槍の穂先は十字になっている。
白い神父のような服装の黒髪の青年が冒険者の腕に手をかざした。
淡い緑の光が広がる。骨が軋む音がして曲がっていた腕が元に戻った。
「はい、これで大丈夫。三日は無茶しないこと」
青年は穏やかに笑った。
「……もう治ったのかよ」
「うん。終わってるよ。痛くないでしょ?」
青年の名はリュカ・アルヴェイン。
放浪の治癒士。
ダンジョン前に診療所を開き、怪我人を治療して路銀を稼ぐ奇妙な男だ。
その腕は確かで料金も良心的。気づけばこの場所には毎日のように列ができていた。
やがて日が傾き人影もまばらになる。
空から細かな雨が降り始めた頃、リュカはそろそろ今日は終わりだなと、片付けようとして外に出た。
ふらり、と。
黒い影が現れた。頭からフードを被った黒衣の冒険者。
歩みは不安定。案の定膝から崩れ落ちるようにしゃがみこんだ。腕から滴るのは雨の滴だけではない。
血。
リュカは眉をひそめる。
「立ってるのも辛そうだね、治そうか?」
黒衣の人物がゆっくり顔を上げた。
フードの奥、そこにあったのは――
赤い瞳の美しい女性だった。
銀色の髪が雨に濡れて頬に張り付いている。視線は鋭くリュカを見上げた。
「……治療、いらない」
短く言うと彼女はゆっくり立ち上がり、そのまま歩き出そうとした。だが二歩も進まないうちに、体が揺れる。
リュカはため息をついた。
「そんな状態でどこ行くの」
ふらりと倒れかけた体を支える。その瞬間だった。
彼女の瞳が見開かれる。赤い瞳が映すのは恐怖の色。次の瞬間――
轟音。
赤い魔力が弾け、炎が地面を抉る。
だがリュカは一歩も動かなかった。
彼女の魔法は、彼の横をかすめるだけで終わった。威嚇だ、本気の攻撃じゃない。リュカはそれを見抜いていた。
女性は震える声で叫ぶ。
「触らないで!」
息が荒い。瞳の奥に浮かんでいるのは怒りじゃない。人に触れられることへの、拒絶。
リュカは少しだけ驚いた顔をして、それから困ったように笑った。
「……怪我人に攻撃されるの、今日はこれで三回目なんだけど」
彼女は黙ってリュカを睨みつける。
血が止まらない。腕には焼けただれたような傷。魔力の暴走痕。
リュカは静かに言った。
「魔力暴走をしかけた痕だね。そのままだと腕が動かなくなるよ」
彼女の瞳が揺れる。図星だった。
「……放っておいて」
小さく呟く。その声には、諦めが滲んでいた。
リュカは肩をすくめる。
「それは無理」
彼女がまた魔力を集めようとする。
だがその前に、リュカがそっと彼女の腕に手をかざした。薄い緑の光が溢れ、治癒魔法の温かな光が傷を包む。
彼女の魔力の乱れも静かに落ち着いていく。赤い瞳が呆然とその光を見つめていた。
リュカは優しく言った。
「命あってのものだよ」
少しだけ笑う。
「大事にしなきゃ」
彼女は何も言えなかった。ただ、彼を見つめる。
その瞳の奥で、凍りついていた何かがほんの少しだけ揺れていた。
ふっと、彼女の力が抜けて後ろに倒れそうになるのをリュカが支えた。
「え、大丈夫?」
声をかけるが反応は無い。
(あー、気絶しちゃったか。痛みで気を張ってたんだな)
リュカはそっと抱き上げると天幕へ戻り、簡易ベッドに彼女を横たえ、シーツをかける。
(なんかワケありっぽいけどな…この子)
リュカは丸い椅子に座り、しばらく彼女を眺めていた。
後のヒロイン登場。
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