落語声劇「花見の仇討ち」
落語声劇「花見の仇討ち」
台本化:霧夜シオン@吟囁亭喃咄
所要時間:約30分
必要演者数:4名
(0:0:4)
(4:0:0)【性別準拠人数比率】
(3:1:0)
(2:2:0)
(1:3:0)
(0:4:0)
※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。
よって性別は全て不問とさせていただきます。
(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)
※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品
に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。
それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。
●登場人物
熊公:花見の趣向に狂言をやろうと言い出した長屋のメンバーの兄貴分。
自身は浪人者の役を取る。
八五郎:落語の世界ではおなじみ、そそっかしく、やらかしをする役どこ
ろ。長屋のメンバーにして巡礼役その一を拝命。
吉公:巡礼役その二を拝命した長屋のメンバー。
八五郎に比べて影が薄い。
六兵衛:狂言の六十六部役を受け持つ長屋のメンバーだが、当日親戚の
叔父に見つかって説教されたあげく、酒を呑ませて酔い潰して
逃げるつもりが、あべこべに潰されてしまう。
武士1:巡礼役に頭をひっぱたかれる、ただただはた迷惑な思いをした人
。それはそれとして泥酔はよくない。名前は近藤。
※劇中、ずっと酔ってます。
武士2:巡礼役の二人に頭をひっぱたかれた武士1(近藤)をなだめすか
して八五郎と吉功を助ける。
八五郎の嘘八百を信じ込んでしまい、狂言の仇討ちに助太刀とし
て飛び入り参加してしまう。
叔父:六兵衛の親戚。超・耳が遠い。
六兵衛の六十六部のなりを見て本気にしてしまい、説教のあげく
酒で酔い潰してしまう。
町人:長屋劇団の仇討ち狂言の場に居合わせた町人。
語り:雰囲気を大事に。
●配役例
熊公・武士1:
八五郎:
吉公・親戚・町人:
六兵衛・武士2・語り:
※枕は誰かが適宜兼ねてください。
枕:桜と言うものは日本人の心を代表しているものだなんと言います。
パッと咲いて、惜しいなあと思う時にサアッと散ってしまう。
人間と言うのはどなたもそうですが、咲いてる時よりも散り際が肝心
だなんて言います。
落語に関してもオチが肝心、つまりサゲが良くなくちゃいけないなん
という事を申します。中身だけが面白くてもいけないという事ですな
。
江戸の頃、花見と言えば向島か飛鳥山と言われておりました。
このうち、遠足気分で出かけたのが飛鳥山だったそうです。
昭和・平成の頃と比べても花見の様子なんてものはそうそう変わらな
い。
桜の下に敷き物を敷いて、酒や食べ物を広げてわいわいやる。
中には度が行き過ぎて、周りに迷惑をかけたりする者も出てきます。
ただし江戸の花見では、一つ間違うととんでもない事態に発展する事
もあるようで。
熊公:おう、そろそろなんだね、これから相談にかかろうじゃねえか。
吉公:うん、まあそれはそうなんだけどね。
六兵衛:どういう趣向にしようかって話だよ。
熊公:どういう趣向にしようかったっておめえ、花見だよ?
江戸じゅうが「あッ」と言うような事をしてえじゃねえか。
なんか良い考えはねえかい?
八五郎:うーん、江戸じゅうが「あッ」と言うようなのかい?
熊公:そうだよ、「あッ」と言うのだよ。
八五郎:「あッ」と言ってどうなるんだい?
熊公:どうもなりゃしねえよ。
まぁつまりなんだな、花を見ている人が俺たちの趣向を見るだろ。
「うーん、こいつは驚いたね」ってぐっとこう後ろに反るような
驚き方だな。
吉公:うんうん。後ろに反るようなね。
熊公:で、明くる日にゃこいつが江戸じゅうの評判になると、こういう
趣向をしてえじゃねえか。年にいっぺんなんだしよ。
八五郎:ふーん、そうかね。
それなら一つだけあるんだけどね。
熊公:へえ、言ってみなよ。
八五郎:言うのはいいんだけどもね、おしまいの所にちょいと気にいらね
えのがあるんだ。
熊公:気に入らねえところがあるってんなら、そいつはみんなでもって
相談しようじゃねえか。
言ってみなよ。
八五郎:うん、まあ言うとわけねえんだけどさ、みんなで赤い長襦袢を
こしらえるんだよ。
熊公:ほう、なるほどな。
八五郎:四人でそうやって行くんだ。
で、丈夫そうな桜の枝があるだろ。
熊公:?なんだよその丈夫そうなってのは。
八五郎:…まぁ丈夫そうなのだよ。
で、その下でみんな一人ずつ箱を置くんだよ。
熊公:置いてどうするんだ?
八五郎:その上でみんな赤い長襦袢でもって踊るんだ。
熊公:ほぉ、おもしれえな。うんうん。
それで?
八五郎:そこへ三味線が入るんだ。
それに合わせて懐からこうサッと真っ赤な志古貴が出てくる。
熊公:ほお~、そりゃ派手だなァそいつぁ。
八五郎:それで鳴ってる三味線に合わせて、それをパッと枝へ掛けるんだ
。
熊公:うんうん。
八五郎:で、これを首にかけてこうする。
熊公:ふんふん、結んじまうんだな。
八五郎:そこで三味線の調子をガラッと変えるんだ。
熊公:ほお、変えるのか。
八五郎:そこで「ひのふのみッ!」でみんな一斉に足元の箱をポーンって
蹴るんだ。
熊公:…おめえな、しっかりしろよ。
そんな事したら四人で桜の枝に、ぶる下がっちまうじゃねえか!
八五郎:そうなんだよォ、満開の桜の木の下で赤い長襦袢を着たのが四人
、赤い志古貴でもってだらーんっとなりゃあ、見てた奴が
「あッ」と驚く。
熊公:バカ野郎、驚かしたって、こっちが死んじまったら何にもならねえ
じゃねえか!
八五郎:うん、気に入らねえのはその点だけなんだ。
熊公:何を言ってやがんでェ、もうおめえは黙ってろ。
おめえがなんか言うとぶち壊しになるからな。
他に考えのある奴いねえかい?
ねえんだったら俺の考えがあるんだけど聞いてくんねえか?
吉公:お、どんな考えだい、熊公の兄貴。
熊公:実はな、これァ四人の役者がいりゃあそれで出来あがりなんだ。
六兵衛:へえ、ちょうど四人いるね。
で、何をするんだい?
熊公:かたき討ちをするのよ。
八五郎:かたぎ討ち?
おいおい兄貴、まじめに生きてる人を殴っちゃいけねえ。
熊公:そりゃ堅気のほうだろ!仇討ち、仇討ち
だってんだよ!
いいか、山のてっぺんの一番真ん中のでけえ木の下かなんかでもっ
てよ、浪人者が一人で煙草をすぱーりすぱり吹かしていると思いね
え。
六兵衛:ふんふん、浪人者がね。
熊公:そこへ巡礼が二人やってきてな、「卒爾ながら火を一つお貸しくだ
され」て言うんだ。
浪人者が「ささ、お付けなせえ」と言ったところで巡礼二人が驚く
。
「やあ汝は何のなにがしだな。何年前我が父を討って立ち退いたる
大悪人、
ここで会うたが盲亀の浮木優曇華の花
待ち得たる今日ただ今、
いざ尋常の勝負勝負!」で持っていた仕込み杖をぎらりぎらり
と引き抜く。
浪人者も「仇討ちとはしゃらくさい、返り討ちにしてくれるわ!」
てんで大ダンビラをギラリ引っこ抜く。
※【盲亀の浮木】
【優曇華の花】
【待ち得たる今日ただ今】
↑の長文はこの三つに分かれますが、ほぼつなげて読みます。
吉公:うんうん、それで?
熊公:チャリンチャリンチャリンとチャンバラすりゃ、そこは花見の場所
だ。
仇討ちだってんで十重二十重の見物ができるのは間違いねえ。
そこでもって六十六部が出てくるんだ。
「まあまあお待ちなさい。仇仇とつけ狙っている世の中は味気のな
いもの。わたしにお任せなさい。」
そう言ってしょっていた笈を下ろす。
中から出てくるのは三味線に酒肴だ。
みんなでわッと呑んでかっぽれの総踊り。
見ている連中が「あぁこれは花見の趣向か。よッ、できました」
ってなァどうだい?
八五郎:なぁるほどこりゃあいいや、やっぱり兄貴の言う事は違うよ。
うめえもんだ。ツラはまずいけど。
熊公:それは余計だってんだよ。
じゃ、こいつでいいかい?
六兵衛:うん、やろうやろう!
こいつァ面白くなってきたね。
熊公:よし、それじゃこうしよう。
まずこの浪人者の役だがね、これァ俺が言いだしっぺだし、良い役
を取っちゃあまずいから、こいつは俺がやるよ。
六兵衛:そうかい?じゃ兄貴頼むよ。
熊公:それでこの巡礼二人だが、これはなるべく顔や背格好が似ている方
がいいから、八っつぁんに吉公、おめえ達二人でやってくれ。
八五郎:ああ、いいよ。
吉公:わかった。
熊公:で、残りの六十六部、まあまあ待ってくださいの止め役、一番いい
役だな。
これァ六兵衛、おめえの役だよ。
六兵衛:え、いいのかい?
熊公:おめえでなきゃいけねえんだよ。
てのはな、こいつは後で三味線を弾かなきゃいけねえ。
こいつができなきゃ形にならねえからな。
どうだい、分かったかい?
六兵衛:うん、分かったよ兄貴。
熊公:じゃあ、少し稽古しようじゃねえか。
八五郎:えぇ…大丈夫だよ。
熊公:おめえな、いつもそう言って後でしくじるだろ。
とりあえず始めるぞ。
浪人者役の俺がここにこうして座って、煙草を吸っている。
【煙草をぷかぷかふかしている】
…。
…おい、火を借りに来い、火を。
八五郎:あ、そうか。
ぁー、貸してくんないか?
熊公:あのな、おめえはどうしてそうものが分からねえんだよ。
それじゃ芝居にならねえじゃねえか。
「卒爾ながら火をひとつお貸し下され」と、こう来なくちゃいけね
えよ。
八五郎:あぁなるほど。
えー、ゴホン。
【たどたどしく】
卒爾ながら、屁をひとつーー
熊公:屁じゃねえよバカ!火だよ。
八五郎:どっちだって燃えらあな。
【たどたどしく】
ぇ、卒爾ながら火をひとつ、お貸し下され。
熊公:…ささ、お付けなせえ。
八五郎:プッ、気取ってやがるよ。
熊公:よせよおい!
気取らなくちゃいけねえんだよ!
そこで驚くんだよ、吉公。
吉公:え?
熊公:驚くんだよ!
吉公:あ、うん…驚くよ。
熊公:…早く驚きなよ。
吉公:あぁ…!
驚いたよ。
熊公:それじゃダメだよ。
俺は仇なんだ。長年つけ狙っていて、ようやっと巡り会ったんだ。
もっとわッと驚け。
吉公:わかった。驚く。
【どこか気の抜けたような】
…はああぁ!!
熊公:…俺ァおめえとやるの嫌だな!
ちゃんとやれってんだよ!
吉公:だ、だって、驚けったってどうやって驚いていいか分からねえんだ
よ。
熊公:しょうがねえ奴だな。
いいか、おめえだって芝居を見るだろ。
芝居を見て驚くところを思い出してみろよ。
大概はこう、噴くだろ。
吉公:!あぁ、あれか。
あれなら大丈夫だよ。
ゴホン、じゃ、驚くよ。
熊公:早く驚きなよ。
吉公:ブーッ!
熊公:汚ねえなこの野郎!
ッもういいよ、そこは後でやるから。
じゃあ八っつぁん、あのセリフだ。覚えてんだろ?
あれを言うんだ。
八五郎:ああ、うん。
なんだっけ?
熊公:やあやあ汝は何のなにがしーーだろ。
八五郎:あぁそうそう。
ん”ん”ッ、
【たどたどしく】ーーやあやあ汝は、何のなにがしーー!
熊公:待て待てあのな、何のなにがしてのはこう、入れる名前がねえから
とりあえずそう言っただけなんだ。
ちゃんと名前を入れなくちゃいけねえ。
八五郎:ぁそうか。
じゃあ…
【少したどたどしく】
やあやあ、汝は建具屋の熊公よな!
熊公:俺の名前を言ってどうすんだよバカ!
確かに今はこうやって半纏着てる建具屋の熊公だ。
けど明日になりゃヒゲを生やして、紋付を着て来るんだよ。
だから侍らしい名前を言わなきゃいけねえ。
八五郎:なるほど。
じゃあ何にしよう?
熊公:なんだっていいよ。
八五郎:なんでもいいのかい?
じゃ、やあ汝は荒木又右衛門!
熊公:あのな、何でもいいとは言ったけどな、そういう名前じゃダメなん
だよ。有名すぎる名前じゃねえか。
ありそうでねえ名前じゃなきゃいけねえってんだよ。
八五郎:ありそうでねえ名前って、ずいぶん難しいんだな。
じゃあ、やあ汝は北風寒右衛門!
熊公:嫌な名前だなおい。
まぁいいやいいや。それでいから早くやんなよ。
八五郎:【たどたどしく】
えぇ、な、何年前に我が父をーー。
熊公:あ、そこも入れなきゃいけねえぞ。
八五郎:あー、何年ぐらいがいいかな。
熊公:そうだな…おめえの好きにやれってなるとまた変なこと言うから、
まあ八年くらいでやってみなよ。
八五郎:お、おぅ。
【たどたどしく、最後は疲れてる上に自信なさげ】
ぇえは、八年前に我が父を討って立ち退いたる大悪人、
ん”ん”っ、
ここでお、会うたが盲亀の浮木優曇華の花待ち得たる今日ただ今
、い、いざ尋常の勝負に及べ…はぁ、はぁ、さ、さぁ、来るか?
熊公:お前ね…いいかい?
そこんところは二人でもって割りセリフにするんだよ。
いいか、こうしてこうしてな…
語り:かくしてああしてこうしてああしてこうしてと、一生懸命に稽古を
積んで、さあ今度は立ち回りの稽古。
口であれこれ言いながらやっても、言うは簡単だがなかなか上手く
いかない。
それでも夜遅くまで稽古をして、四人はそれぞれ帰ります。
熊公は自分で言い出したことですから朝早くに飛鳥山へ向かいます
と、大きな木の下で煙草をすぱーりすぱりとふかしている。
く。
それから少し遅れて六十六部役の六兵衛が家を出ます。
六兵衛:さてと、鶯谷から音無川へ抜けようかな。
まずは広小路の三枚橋を~おッ!?
叔父:いてえッ!この野郎ーーお?おめえ、六じゃねえか?
六兵衛:あっ叔父さん…!
【つぶやく】
まずいとこで会っちゃったよ…。
あ、あの…また…
叔父:またじゃねえこの野郎ッ!!
おめえな、そんななりして、女房子供を置いてどこへ行こうってん
だ!?
六兵衛:え?え??
叔父:何が不足であの家を出ようってんだ、ええ!?
六兵衛:!え、い、いや、その、違うんだよ叔父さん!
こ、これはですね、あ、あの、花見のね、趣向なんですよーーーー!
叔父:??なんだ?
六兵衛:いや、花見の趣向なんですよーーーー!
叔父:相模から四国へ行く!?
とんでもねえ奴だ!
こっちへ来いッッ!!
六兵衛:いたたたた!お、叔父さんッ、放して下さいよッーー!
叔父:やかましいッ!
おめえにゃ、たっぷり説教くれてやるッ!
語り:力自慢の叔父さんにずるずるずるずる本所まで引っ張られていった
六兵衛。叔母さんがいたら話をしようと思ったがあいにく不在。
叔父:そこに座れッ!
六兵衛:ああもう、こうなったら笈の中のこいつを見せれば…。
叔父さん、これ!三味線と酒と肴!巡礼じゃないんですよ!
叔父:…なんだこの野郎、こんなもの持っておめえはどういう了見なんだ
!
とにかくおめえをふん縛るッ!
六兵衛:ああもうこの朴念仁!
しょうがねえ、酒でもって酔いつぶしてしまえば…。
叔父:?なんだ?俺と呑もうってのか?
いいだろ、呑みながらとっくりと小言聞かしてやる!
語り:なんてんで二人して酒を呑みだしたが、この叔父さんがまたえらい
馬鹿げて酒が強い。いくら飲ましても平気な顔をしてる。
そのうち六兵衛の方がべろんべろんになってしまった。
叔父:何でェ、もう潰れたのかァ?
ま、いいや、ふん縛る手間がはぶけたやな。
六兵衛:はぁぁぁもうどーでもいいや…
上野で飲む酒もここで飲む酒も変わりがねえや。
俺ァやーめたァ…。
叔父:いいか、これに懲りたら変な了見を起こすんじゃねえぞ!
語り:いっぽうそんな事とは露知らず、巡礼役の八五郎と吉公、一生懸命
歩いて飛鳥山までやってきた。
吉公:はぁ、はぁ、はぁ、ほ、ほら早く歩け。
早く歩けって。
八五郎:早く歩けっておめえ、遅くなったからってここまで駆けてきたら
、苦しくってしょうがねえよ。
吉公:苦しくってしょうがねえったって、おめえがグズだからだろ。
八五郎:グズはねえだろ。
それよりこれ、仕込み杖見ろよ。本身だよ。
どっかちょいとやったって血がばーーっと出るんだからよ。
だからさ、ちゃんと稽古をねーー
吉公:もういいってんだよ。
八五郎:良くないよゥ、こういうのは稽古しながら歩かなきゃダメなんだ
よ。
だからさ、向こう行くまで稽古しながら行こう。
最初は山型な。
吉公:いやそんな暇ないだろ。早く向こう着かないといけねえ。
八五郎:いや、忘れちゃうといけねえからさ、こうやって山型に斬ってさ
、そっちはこう来るだろ?
それをこう避けてーーあっ!?
武士1:ッッ無礼者がッ!
武士の面体を打ちおってェ!
っそこへ直れィ、首をォ落としてくれるゥ!
吉公:だ、だから言わんこっちゃねえ…!
八五郎:あ、あわわわ…!
武士1:そこへ直れィッ!
遠慮いたすなッ!
八五郎:えっ遠慮しますゥ!
おいおいダメだこれ、酔っ払いの侍のあたま引っ叩いちゃったよ
!い、一緒に謝ってくれ吉公!
どうぞひとつ!どうぞご勘弁を!
吉公:お願いでございますお侍さま!
どうかご勘弁を!
武士1:なァらん。んもう勘弁まかりならん。
叩っ斬ってやる。首をここへ出せ。遠慮するな。遠慮するな!
遠慮深い奴じゃ!
八五郎:どうか、どうかご勘弁をォォ!
武士2:これこれ近藤。
貴公は酒に酔うとどうも気が荒くていかん。
まあ待て待て、わしに任せろ。
その二人は並の巡礼ではないぞ。
酔っておっては見えぬかもしれんがな、仕込み杖を持っておる。
あぁこれ、巡礼。
八五郎:へ、へいっ…!
武士2:その方どもは、何か大望のある身か?
八五郎:あ、あ、ありがとうございます…!
これからかたき討ちに行くんです…!
吉公:【つぶやく】
え、ちょ、八っつぁん…!?
武士2:なに、かたき討ち!?
…見ろ近藤、うん?
槍は鞘、刀は袋の中の世は太平遊惰に流れる中でのかたき討ち…
孝子両名には恐れ入ったの。
して、仇は江戸表へ出て参った様子はあるか?
八五郎:えっ、へっへい、飛鳥山で待ってます…!
武士2:?なに?
八五郎:いやあのっ、あああ飛鳥山の方へいるんじゃないかと思いまして
っ、これから行ってみりゃあことによると見つかるかもしれませ
ん。なにしろ江戸じゅうから人が集まってますから…!
武士2:ふうむ、さようか。
あいわかった。
先を急ぐ身であろう。さ、早く行くがよい。
後の事はかまわんから、早く行け。
八五郎:!あ、ありがとうございます…!
武士2:わしらもな、これから飛鳥山へ参る。
もし仇に出会うたら助太刀いたしてくれる。
八五郎:ぁあありがとうございます、よろしくお願いいたします…!
【二拍】
あぁぁ驚いた!吉公、早く行こう早く行こう!
吉公:あっおい八っつぁん!待てって!あんなこと言ってどうするつもり
なんだよーーッ。
語り:いっぽうその頃の熊公、二人がこんな騒ぎを起こしているとは知ら
ないものだから、ことのきっかけになる煙草をやめるわけにはいか
ない。
朝に家を出てくる時、あんなに山ほど持ってきていた煙草を残らず
ほぼ吸っちゃったもんだから、口の中はいがらっぽくなるわ、涙は
こぼれてくるわ、顔色は紫になって冷汗はタラタラ流れてくるわで
もうしっちゃかめっちゃかな有様。
熊公:【煙草をひと吸いして】
うぅぅ…だからあいつらと何かするのは嫌なんだ…!
決まってこんな事になるんだからよ…!
六兵衛が出てこねえのは分かる。先に顔を見せちまっちゃあ具合が
悪いからな…。
あの巡礼の二人はいったいどうしたってん…はあぁ、やっと来やが
ったよちきしょう…うん?
なんだあ?二人とも膝小僧を真っ黒にしやがって。
…並んで転んだのかね?
八五郎:【息を切らしながら】
はあっ、はあっ、や、やっとついた…!
吉公:【息を切らしながら】
あっ、ああ、ず、ずいぶん待たせちまったよ…!
兄貴はどこだ…!?
熊公:あいつら駆けて来やがったよ…駆け出してくるなって言ってたのに
よ…。
きょろきょろしてやがる。一番でけえ桜の木ってったらこれしか
ねえだろうが。
八五郎:お、おい吉公、どの桜の木だよ?
吉公:わ、わからねえからそこらの人に聞いてみよう。
熊公:な、なんだ?二手に分かれて聞いて歩いてやがるぞ?
「少々うかがいます」?
バカ、そんなこと聞いてんじゃねえよ!
っておいおい、向こう行っちまうぞ。
【変な声を出して呼び止める】
アウッ!!こっちだよこっち!
八五郎:!あ、仇が呼んでるよ仇が。
吉公:あぁぁ、紫色になって怒ってるよ…。
俺ァ知らねえよ。
八五郎:とにかく一緒に行って謝ろう。
吉公:あぁもう、しょうがねえなあ。
八五郎:どうも兄貴。
吉公:遅れてすまねえ。
熊公:遅れてすまねえじゃねえよ!いったい何してやがったんーーげほっ
げほっ!
俺ァここで死んじゃうんじゃねえかと思ってたよ。
おめえ達があんまり来ねえもんだから、持ってきた煙草をあらかた
吸っちまったじゃねえか。
吉公:いや兄貴、八っつぁんの野郎がね、侍の頭を杖で引っぱたいちゃっ
たりなんかしてえらい騒ぎだったんだ。
八五郎:それは許してもらってこうして来たんだからいいじゃねえか。
で、六兵衛は?
熊公:俺たちのチャンバラが始まんなきゃ出てこれねえじゃねえか。
だからほら、仲良く話してちゃダメだろ!始めなきゃいけねえ。
吉公:ああぁアレをな!
八五郎:うん、じゃ始めるよ。
…もう始めていいかな?
熊公:【声を落として叫ぶ】
聞くなバカ!
ほら早く火を借りに来い!
八五郎:わ、わかったよ。
じゃ…ん”ん”っ。
そ、卒爾ながら、火を一つお貸し下され。
熊公:ささ、お付けなせえ。
八五郎:【大げさに驚く】
ぬあああぁ!?
熊公:っっ…もういいよ早く、早くセリフ言え。
八五郎:っや、やあ汝は石の地蔵よな!?
熊公:【声を落として叫ぶ】
名前いちいち変えんなバカ!
熊公:【ほとんど一息に棒読み】
は、八年前に我が父を討って立ち退いたる大悪人っここで会うたが
盲亀の浮木優曇華の花待ち得たる今日ただ今っはあ、はあ、
こっからお前だ。
吉公:っい、いざ尋常の勝負勝負!
熊公:っなにを仇討ちとは洒落臭い!返り討ちにしてくれるわ!
吉公:っお、おい兄貴、そっちが先に抜くなんて順序が違うよ!
熊公:順序が違うも何もねえっ、早く来いッ!
【ここから↓は八百長のチャンバラをずっとしている】
語り:朝から今までかなり待たされてた熊公、もうカッカしてる。
周りに花見客がいる中でいきなり大ダンビラをギラリひっこ抜いた
もんだからさあ大変な騒ぎ。
「かたき討ちだァーーッ!」
とあちこちで声が上がる。
折しも先ほど八五郎と吉公が会った侍二人も、ようようこの場へ
差し掛かる。
武士2:…うん?なんだこの騒ぎは?。
武士1:うぅ~い、ひっく。
武士2:おお近藤あぶないぞ。こちらへ参れ。
これこれ町人、この騒ぎは何事だ?
町人:っへ、へい、かたき討ちだそうで。
武士2:なに、かたき討ち!?
して、討つもの、討たれる者の面体は?
町人:ええと、討つ方は巡礼が二人、兄弟らしゅうございます。
討たれる方は浪人者でございまして、髭を生やして目をぎょろぎょ
ろさせてる、強そうな野郎で。
ことによると返り討ちになっちゃうんじゃねえかって噂で。
武士2:!近藤、聞いたか?
先ほどの孝子両名が仇に出会ったぞ!
武士1:っおぉそうかァ、よしっ助太刀に参るかァ!
どけィ町人どもォ!
武士2:どけどけっ、町人どもは巻き込まれて怪我などいたすな!
おうっ、最前の孝子両名ども!
仇に出会ってめでたいのう!
吉公:へっ!?
あっ…どうも、先ほどはありがとうございました…!
熊公:はっ?えっ?
八五郎:あ、あの、仇ってのはこの野郎なんです。
悪い野郎でございましてね、あっし達のおとっつぁんを殺しやが
ったんで。
武士2:うぅむなるほど…いかさま憎ていな面をしておる。
よく今まで逃げのびたな。
おっ胴ががら空きだ!胴に隙がある!胴に斬り込め!
吉公:えっ?えっ?
武士2:あぁ何をいたしておる!
おッ今度は面だ!
熊公:【声を落として】
お、おい何だあれは?あれ何だ!?
八五郎:あぁあれ助太刀。
熊公:え、す、助太刀ィ!?
そんなの筋書きにないぞ!?
八五郎:無いんだけど途中で出てきちゃったんだからしょうがないよ。
アレ本物だから。
下手すると兄貴斬られるよ。
熊公:やだよおい!冗談じゃねえよ!
ていうか六部はどうしたんだ六兵衛は!?
吉公:お、俺もうくたびれてきちゃったよ…。
武士2:何をいたしておる!そこに隙があるではないか!
隙がッ…っ胴に斬りこめば斬れる!
臆せずまっすぐ目をつぶって斬りこめッ!
あぁぁ何をいたしておるゥゥッ!!
んもォォォ我慢ならんッッ!!!
熊公:うわあああ抜いたあああ!!
八五郎:ぉ俺逃げる!
吉公:待ってくれ俺も逃げるゥ!
武士2:おお!?双方逃げ出しおったぞ!?
どうした!双方とも逃げるには及ばんぞ!
勝負は五分と五分だ!
吉公:肝心な六部が来ねえんです。
終劇
参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)
金原亭馬生(十代目)
※用語解説
・長襦袢
着物の下に着用し、着物を汗や汚れから守る役割を持つインナー。
肌襦袢の上に重ね、襟元や袖口からチラリと見せることで着姿の美しさを
整え、お洒落を演出する必須アイテム。
・志古貴
帯の下に巻いて左斜め後ろに垂らす、房付きの華やかな帯飾り。
もとは裾を引きずる衣装をたくし上げる実用品だったが、現在はレトロ・
モダン・ママ振り等の成人式コーデに華やかさを加える装飾小物として
人気。
・卒爾ながら
突然なさま。にわかなさま。急なさま。
突然ながら、突然ですが…という感じ。
・盲亀の浮木
盲目の亀が水に浮いた木に出会う。会うことがきわめてむずかしいこと、
常識的にはまずありえないことのたとえ。仏または仏の教えにあうことの
むずかしさをいう。
・優曇華の花
仏教の経典で3000年に一度、如来の現世にあわせて咲くとされる伝説
の白い花。滅多に出会えない極めて稀な幸運の例えとされる。
・六十六部
法華経66部を書写し、日本全国66カ国の霊場に1部ずつ納めて歩いた
中世〜近世の巡礼者(廻国聖)。白衣・笈を背負い、鉦を鳴らし
て修行し、満願達成の記念に「六十六部供養塔」を各地に残した。
法華経ってことは日蓮宗か。
・笈
修験者や行脚僧などが仏具・衣類・食器などを入れて背負う、あしつきの
箱。きゅう、とも。
・かっぽれ
活惚れと書く。
江戸末期から明治にかけて流行した、滑稽で粋な「大道芸・お座敷芸」の
踊り。「カッポレ、カッポレ、甘茶でカッポレ」という囃子詞に合わせて
踊る。大阪の住吉踊りがルーツとされ、伊勢音頭などを取り入れて寄席や
舞台で現在も伝承されている伝統芸能。
・荒木又右衛門
江戸時代初期の武士で剣客。名は保知、保和とも。
鍵屋の辻の決闘での活躍で名高い。柳生新陰流の剣豪。大和郡山藩の剣術
師範を務める。
詳しく知らない人でも魔界転生を見たことのある読んだことのある人なら
分かるかと。
・建具屋
住宅の扉、窓、障子、襖などの「建具」を製作・設置・修理
するプロフェッショナル。大工が家の骨組みを作るのに対し、建具屋は
開口部の仕上がりを担当し、引き戸の調整や木製ドアの修理なども手掛け
る。
・鶯谷
東京都台東区。
・音無川
現在の東京都北区王子付近を流れていた石神井川の別称で、王子権現
(王子神社)の裏手を流れる渓谷は景勝地として知られた。飛鳥山や
音無親水公園の側を流れ、桜の名所として親しまれた歴史ある川。
・三枚橋
主に上野(現在の台東区上野広小路付近)の寛永寺へ向かう忍川に架かっ
ていた3つの橋の総称・通称。
・広小路
1657年の明暦の大火後に幕府が防火(延焼防止)を目的に設けた、
道幅の広い「火除地」。
・相模
今の神奈川県の大部分を示す。
・本所
現在の東京都墨田区南部を指す地域。明暦の大火後の都市再開発で、隅田
川の東側を埋め立てて造成され、旗本・御家人の屋敷や町人地が計画的に
配置された。両国橋の東詰は賑わいを見せ、江戸情緒が色濃く残る下町と
して知られる。
・飛鳥山
八代将軍徳川吉宗が享保の改革の一環として1720年代に整備した、
庶民に開放された行楽・花見の名所。約1000本の桜が植えられ、
江戸近郊の憩いの場として親しまれ、現在の東京都北区にある飛鳥山公園
へと受け継がれている。




