『真実の愛』とやらで婚約破棄された令嬢が、娶ってくれと押し掛けてきたんだが……
こちらの作品は【『真実の愛』とやらで婚約破棄されたので、推しと契約結婚して幸せばぁばライフを満喫しますわ! 】の旦那様・レイモンドのお話となります。シリーズでお読み頂いた方が話がわかると思います。
まるで花弁のようにドレスの裾がふわりと舞った。
「つかまえた」
華奢な腕に捕らわれたユリアスがきゃらきゃらと笑っている。
「つかまっちゃった。次はばぁばが鬼ね」
「ちょ、ちょっと待ってくださいな。ばぁばは息が切れてましてよ……休憩、休憩が先ですわ!」
鬼ごっこをしながら戯れる姿は、まるで…………。
「まるで仲のいい姉弟ですね」
私の心を読んだように窓の外を眺めたエドガーがポツリと呟いた。
執務室の窓越しに見える庭では、和やかな光景が繰り広げられていた。
社交界で目にしていた次期王太子妃としての豪奢なドレスではなく、動きやすいシンプルなドレスで駆けまわるエリアーヌの表情は満面の笑みに輝いている。
そしてそんな彼女に懐くユリアスの笑顔も。
実に和やかで微笑ましい光景だった。
当初抱いていた疑惑など打ち消すように、平和でしかない光景。
「ばぁばー!!」
エリアーヌを呼ぶユリアスの声が響く。
もはや呼ぶ者と呼ばれる者の間に困惑はなく、平然と紡がれるその言葉。
だがその言葉を耳にするたびに私たちは思わずにはいられない。
まだ10代の若い娘が“ばぁば”って…………。
どう考えても可笑しいだろう。
仲のいい姉弟のような2人はどう見ても祖母と孫には見えなかった。
はじまりは正に青天の霹靂だった。
「この度、殿下から婚約破棄されてしまって…………」
突然の予期せぬ訪問者は、頬に手を当てて憂い気に溜息を吐いたかと思えば一点、お手本のような綺麗な笑みを浮かべた。
そして……______。
意味不明のことをのたまった。
「けどご存じの通り、我が家の事情でわたくしが嫁げる殿方ってそう多くはありませんのよ。ですので、わたくしを娶って頂きたく参上した次第ですの」
堂々と笑みを向ける令嬢は由緒ある公爵家の姫君。
淑女の鑑と名高いエリアーヌ嬢は、聡明で次期王妃として申し分のない女性だと……そう、思っていた。
ついさっきまでは。
だがどうやら彼女は少し頭が可笑しかったようだ。
それ以上に頭が可笑しいのは自分の立ち位置を全然わかっていないフェルナンだが……いまはあのバカのことは置いておこう。
小さく頭を振り、能天気な問題児を頭から追い払う。
いまの問題は目の前の彼女だ。
不躾かつ無礼極まりない発言に、思わず怒気を露わにした私やエドガーに怯むこともなく、エリアーヌ嬢は優雅に笑んだまま紅茶を口にする。
顔色一つ変えないとは……度胸は充分。
将来王妃となっても立派に役目を務めることが出来ただろう。
些か頼りないフェルナンの妻としてはこれ以上ない逸材に思え、追い払ったはずの問題児を頭の中で罵った。
なにが『真実の愛』だ。
王族としての自覚を持て。
正直、彼女には同情もしている。
話を聞く分には婚約破棄自体の非は完全にフェルナンにあるし、エリアーヌ嬢の特殊な事情も理解はしている。
そして……彼女のこの様子から察するに、恐らくは嵌められたのだろうことも。
良くも悪くも甘ちゃんなフェルナンが企んだとも思えない、裏で糸を引いているのはヴェリオス殿といったところか。
だが、同情はするが…………彼女の言動を看過できるかはまた別だ。
私が口火を切るより一瞬早く、扇子の向こうの唇が声を紡いだ。
束の間の沈黙は紅茶を味わう為ではなく、私が状況を理解するのを待っていたのだろう。つくづく敏いことだ。
「もちろん、タダで無理を通そうとは思っておりませんのよ?対価は……ユリアス様の命でいかがかしら?」
瞳を細め紡がれた名に反射的に漏れ出たのは殺気。
調子に乗るなよ、小娘が。
「面白くもない冗談だな」
「冗談などではございませんわ」
大の男でさえ竦む殺気を受けてなお、優雅な笑みは崩れない。
「どこぞの詐欺師のように曖昧な治療で場を濁すつもりはなくてよ?報酬は成功報酬で構いませんわ。諸々の条件を記した契約書も交わしましょう。いかがです?わたくしの話を聞いてくださる気になったかしら?」
あまりにも余裕に満ちたその姿に、いつしか呑まれていたのは私たちの方だった。
孫であるユリアスは厄介な呪いに侵されていた。
まだあの子が3歳の時に、偶然手に入れた骨董品に紛れていた呪具に触れ侵された呪いは強力で……あらゆる手を尽くしたものの、呪いを解く術は見つかっていなかった。
首元から徐々に広がってく黒い痣は絶望の表れのようで…………藁にも縋りたい気持ちがあったのは事実だ。
だが、ユリアスの母であるコレットを離縁させ、代わりに彼女を娶るなどできるわけもない。
コレットを愛するが故に怒りを露わにする息子のエドガーに対し、彼女はころころと笑いながらさらなる爆弾発言を放り放った。
「それと…………勘違いをしてらっしゃるようです。わたくしが娶ってもらいたいのは、エドガー様でなくレイモンド様ですわ」と。
まだ17歳の娘が、しかも将来は王太子妃と思われていた美しく賢い令嬢が。
父親以上に歳のいった、息子夫婦どころか孫までいる私に嫁ごうとのたまったのだ。
結果として_________。
彼女は本当にユリアスの呪いを癒してみせた。
聖女としての持てる全ての力を使って。
「約束は果たしましてよ。今度は……そちらが約束を守ってくださいな」
毅然とした笑みを浮かべるその顔色は紙のように白く、微かにカタカタと震える手。必死に隠そうとしても、それだけでどれだけ彼女が無理をしているのかは見て取れた。
だからこそ、余計にわからなくなって私たちは混乱した。
常識外れの要求を突き付けてきた傲慢な愚者。
豪胆で狡猾な王妃の器に相応しい公爵令嬢。
強かな女狐のようで、少女のようにも笑う女性。
奇跡の癒しを施す聖女。
彼女は一体、何者なんだ______?
彼女が押しかけてきたときのことを反芻しつつ、1つだけはっきりとわかったことがある。
「一緒にお茶をしましょう」と誘われた席で茶器を傾けつつ目の前の光景を眺める。
「ユリアス様、あ~ん」
差し出されたフォークのイチゴにユリアスがパクリとかぶりつく。
甘酸っぱさに頬を綻ばせる姿に、エリアーヌの紫の瞳も柔らかく綻んでいた。
「おいしいですか?」
「うんっ!」
モグモグと頬を動かしていたユリアスはやがて白い生クリームだけをさらすエリアーヌのケーキに気づき、自らのショートケーキのイチゴをフォークでプスリと刺した。
そしてそれを当然のようにエリアーヌの口元へと差し出す。
「ばぁばもあーん」
「まぁ!ありがとうございます。でもユリアス様が召し上がっていいのですよ」
「だめー、ばぁばも食べて。おいしいよ」
「ではお言葉に甘えて……」
真っ赤な果実に噛り付き、頬を緩める笑みはそのおいしさだけではないのだろう。
どこまでも幸せそうで、愛おしさを隠しもしない柔らかな笑み。
私との結婚を……と言い出した時こそ、マスクウェル公爵家を乗っ取るつもりかとも怪しんだが…………。
三年の契約結婚を過ぎれば離縁に応じること、万が一のことがあろうと財産の相続権や継承権が必要ないこと。
それらを自ら進言し書類まで用意した時点で乗っ取りの可能性は低まっていたものの、裏があるのではと勘繰らずにはいられなかった。
なにせ要求がめちゃくちゃすぎる。
だが、彼女は本気でフェルナンやヴェリオスと結婚したくなかったようだ。
他に目的がなにもない……そう言い切ることまでは出来ずとも、その点に関してはもはや疑いはなくなった。
それぐらいエリアーヌはマスクウェル公爵家での生活を満喫していた。
それはもう全力で。
「転生者、というのはああいうものなのでしょうか?」
和やかなティータイムも終わり、執務室に戻ったエドガーが書類を捲りながら小首を傾げた。
手の中の書類は領地や城の執務に関するものではなく、ここ数日のエリアーヌの行動記録。
ユリアスと遊び、先日は絵本を読み聞かせつつ一緒にお昼寝……コレットとのお茶をしたり、私やエドガーの書類仕事を手伝い、商人を招いての商談。
呆れるぐらい不穏な行動は一つもない。
これはいよいよ、本当にフェルナンたちと縁を切る為の避難場所として我が家を選んだだけか。
あり得ない理由だと思ったそれが現実味を帯びてくる。
なにより、その“あり得ない理由”の信憑性を増しているのがエドガーの口にした言葉だった。
転生者。
早世した最愛の妻・ミレーヌは転生者とかいう存在だった。
なんでもミレーヌによれば転生者とは前世の記憶を持ったまま転生をした、あるいはその記憶を思い出した者で、そしてそれはこの世界に限らず他の世界からの転生者なる者たちも居るらしい。
「彼女が転生者なのは確実だろうしな」
「ええ、確実でしょうね」
なにせ言動がちょくちょくミレーヌとダブる。
疑惑を抱いた切っ掛けはユリアスに対しエリアーヌが口にした「キュン死」だったが、他にも「推し」だの「萌え」だのこの世界には馴染のない言葉を口にすることがある。
ミレーヌも「それらの言葉をうっかり使ってしまうのは転生者あるあるですわ!」と語っていた。
ほかにも「悪役令嬢」「ヒロイン」「ゲームの強制力」などという言葉も要注意だとか。
「よくあるゲームや漫画の世界に転生かと思ったけど……王族の皆さまにも見覚えないわぁ……ただの異世界転生かしら?まぁでもヒロインにレイモンド様を狙われる心配がなくて安心ね!乙女ゲームとかだったら絶対レイモンド様も攻略対象間違いなしだもの!!ダメダメ、そんなの絶対許さないんだからっ!!」となにやら鼻息荒く拳を握って力説していたが……意味はいまいちわからない。
「母上のお話では……異世界というのは、こことはずいぶんと常識も違うらしいですし……」
「そうだな。結婚をしない女性も多く、価値観もこの世界の女性とは異なるようだ。それならエリアーヌの選択も理解できる……気が……する…………こともない」
語尾が小さくなったのは自信のなさの表れだ。
いやだって……孫のいる相手と結婚するか?
私は彼女の父親より年上なんだぞ?
若く美しい公爵令嬢の選択としては理解しがたい。
「きゃっ!」
つまずきそうになったエリアーヌを慌てて抱き留めた。
「大丈夫か?怪我は…………」
腕の中を覗き込み問いかけた言葉が途中で止まる。
俯き、ふるふると震えているエリアーヌの耳が真っ赤だった。
心なしか唇までプルプルと震えさせた彼女は「あ、ありがとうございます」と小さな声で早口で告げると、真っ赤な顔を隠し足早に去って行く。
「…………」
「…………」
無言で側に居たニーナを見れば、ニーナも無言でこちらを見返し、その視線をエリアーヌが去って行った廊下へと向けた。
またある時は……。
流行り病を調べていたエリアーヌが両手に抱えていた本の山へ手を差し伸べれば、あからさまに動揺された。
ほんの少し指先が触れただけだというのに、年頃の少女のように狼狽える姿に目を丸くしてしまった。
いや……事実エリアーヌは年ごろの少女なのだが。
そこにかつて私の殺気を前に対峙したときの落ち着きや強かさ、「ママと呼んでくださっても構いませんのよ?」とエドガーを揶揄い死んだ目をさせた時の余裕もない。
それはまるで…………。
「エリアーヌ様はやっぱりお義父様が好きなのかしら?」
「ぶっ!」
コレットの発言に危うくお茶を噴出しそうになった。
「なにを馬鹿なことを…………」
「でも……そうとしか思えません。ねぇニーナ、貴女もそう思うでしょう?」
「はい」
「やっぱりっ!」
パンッと胸の前で手を合わせたコレットの笑顔が輝いている。
女性にありがちな例に漏れず、恋愛の話題が大好きな息子の嫁は話をそっちに持っていきたいらしい。
「エドガー様もそう思いません?」
「それは……うん、まぁ…………」
噎せていた息を整えたエドガーは歯切れ悪く頷く。
自分より年下の義母の恋愛話を妻に振られる息子に同情しつつ「あり得ない」と私は否定した。
ある筈がない、そう…………否定しようとしていたのは、ほんの少し彼女に惹かれはじめていることへの罪悪感だったのかも知れない。
例えば、些細な誉め言葉に瞳を細めてはにかむ笑顔。
例えば、弾む胸の内が漏れたように小さく奏でられる鼻歌。
例えば、何気ない言い回しや声の抑揚。
ふとした時に最愛の妻の面影を彼女へと重ねた。
そうして愕然とする。
目の前で微笑むのはミレーヌとは似ても似つかない美しい娘だ。
柔らかそうな色素の薄い髪に、おっとりとした雰囲気のミレーヌは春を司る妖精のように可憐だった。
見かけと裏腹に意外と豪胆な所もあったが、いくつになっても少女の面影を残す女性だった。
対してエリアーヌは丹精込めた人形のように隙のない美貌と、理知的な雰囲気の美人だ。
大人びて見える彼女も外見と異なる内面があることは最近知ったが…………抱く印象はミレーヌと真逆といってもいい。
なのに……何故かエリアーヌにミレーヌを重ねてしまう。
私の心にある疚しさが、エリアーヌに惹かれつつある心の内を誤魔化すためにミレーヌに似ている……とそう思わせているのかとも思った。
だが…………。
「……奥様を思い出してしまうんです」
エリアーヌの背を視線で追い、思いつめた表情で呟いたニーナの言葉に、それが私だけの錯覚でなかったことを知る。
そしてそれはたニーナだけでなく、エドガーも、コレットも、彼女と親しかった屋敷の使用人たちが少なからず感じていたことだった。
「父上、これをご覧ください」
「これはっ……!?」
屋敷に帰るなり話があると呼ばれた部屋で差し出されたのは小さな包み。
掌に乗る四角い包みは懐かしさを伴うものだった。
「キャラメルです。ユリアスがコレットに……「元気がでる魔法のお菓子だよ」と言ってくれたんです」
「あの子は…………これをエリアーヌから?」
「はい」
言葉を失った私にエドガーが説明をする。
妊娠の兆候がでていたコレットは医師に診てもらったところやはり第二子を身ごもっていた。
嬉し泣きする母親と、彼女を抱きしめる父親を見たユリアスは大いに慌てたらしい。
あたふたと部屋へと戻り、持ってきたのがこのキャラメルだった。
「まだエドガー様と結婚する前にも「元気が出るお菓子」そう言ってミレーヌ様がキャラメルをくれました」
「ああ、懐かしいな。私も大好きだった。母上の秘密のレシピだったからもう久しく口にしてない……。父上、転生者なら“キャラメル”は珍しいものではないのでしょうか……?これはただの偶然なのでしょうか?」
かつて彼女が生きていた世界ではキャラメルは一般的な菓子だった可能性もある。
だがそれでも……胸に抱いた違和感は膨らんでいくばかりだった。
積み重なる違和感、絡まった糸のようなもどかしさ……徐々に膨らんだ疑惑が確信へと至ったのは一枚の絵を目にした時だった。
「お嬢様ですっ、お嬢様以外にあり得ませんっ……!」
口元を覆い、普段の冷静さもどこへやら取り乱すニーナ。
彼女の瞳はテーブルの上、一枚の絵へと釘付けになっていた。
つられるように視線を向け……私もエドガーも言葉を失う。
それぐらい衝撃的なモノがそこにはあった。
狼狽を露わにしながら手を伸ばした。
幼い頃からミレーヌに仕え、婚家にもついてきたニーナが取り乱すのも無理はない。
そこにあったのは強烈にミレーヌを思い出させるモノだった。
真っ白な紙にクレヨンで描かれた歪なソレを凝視する。
「ああ……間違いない」
手の震えが伝わり、描かれたソレが波打つように震えた。
視覚に禍々しいほどの印象を訴えるその…………。
「これ程に特徴的な犬を描けるのは、ミレーヌしかいないっ!」
「いえ、これは猫では……?」
「手足が複数あります。黒いですし、虫……ではないかと」
描かれた絵の題材について議論していると……コレットが控えめに片手をあげて口を挟んだ。
「えっと……それは、ニーナを描いたようです」
全員が無言でニーナを見た。
紙へと視線を下ろし、ニーナを見、また紙へと視線を往復させる。
どう見ても禍々しいなにかにしか見えないそれを自分だと言われたニーナは、顔を覆って「お嬢様……」と悲痛な声で呟いていた。
呼び方が奥様でなくお嬢様呼びに戻ってる辺りからも彼女の動揺が推し量れる。
まぁ、コレを自分だと言われれば仕方がないか……。
「やはりエリアーヌは……ミレーヌだったんだな」
「ええ、それ以外考えられません」
「それが……ミレーヌ様たちの前の世界の画風だった……ってことは、ないです……よね、はい」
念のため、といった風にコレットが口を開くも、途中絵を見て自ら首を振った。
この画風が一般的だったなど、とてもあり得るとは思えない。
姿絵も、絵本の挿絵も……全てがこの画風であったとしたら…………壁に飾られた禍々しいソレを想像し背筋が寒くなった。
夜の廊下などとても歩けたものではないし、子供は絶対に泣き出す。
第一、建築や設計図等はどうするんだ?この絵では色々と無理だろう。
「この絵はミレーヌの絵だ」
「絶対に母上です。このタッチ、色使い……忘れられるわけもない」
「はい、間違いありません。この画伯っぷりは他にあり得ません!」
一度でもミレーヌの絵を見たことがある私たちだからこそわかった。
この類まれなる画伯の才_____エリアーヌは間違いなくミレーヌの生まれ変わりだ。
早速、ミレーヌを問い詰めようとした私だったが…………厳しい表情のニーナに止められた。
「ご家族が、レイモンド様が大好きな奥様が隠されているのなら……相応の理由がある筈です。下手に問い詰めるのは危険です。あの方は思いもよらない行動に走ることがありますし」
幼い頃から知っているニーナの言葉には説得力があった。
確かに……ミレーヌは思いもよらない行動を取ることがあった。
思えば、突然「結婚をしてほしい」と押し掛けてきたエリアーヌの行動だってそうだ。
「問題は……何故、本当のことを話してくれないか、ですよね」
顎に手を当て、エドガーが難しい顔で呟く。
エリアーヌがミレーヌだとして……彼女がそれを隠す理由はなんなのか?
そう思ったところではっ!とした。
「父上?なにか?」
「陛下が……陛下がご存じかも知れない」
エリアーヌとの結婚は思いのほか早く認められた。あまりにも予想外に。
城へと出向いた際、エリアーヌは陛下と二人きりで話をした。
その時に陛下の顔色が優れなかったため……愚息の行いをネチネチと責められでもしたのかと思ったが……。
思えばエリアーヌは婚約破棄自体には遺恨を抱いていなさそうだ。
ならば、あの時の話題は他のなにかだったのでは__?
城へのパーティーへ出向いた折、陛下を捕まえ問い詰めた。
最初こそ顔色悪く口を噤んでいた甥……もとい陛下をやや脅しつつ口を割らせ、知った真実は…………。
「……寿命の半分を………………?」
呆然と呟く私に、力なく椅子に座った陛下は額の汗を拭う。
「何故エリアーヌ嬢が……いや、もう夫人だったな。彼女がそれを知っていたのかはわからない。聖女の力と己の寿命の半分を対価に奇跡を起こす。もはやほぼ忘れ去られた力の使い方だ」
王族ですら知っているのは自分だけ、王子たちにすらまだ伝えていないという陛下の声がどこか遠かった。
「そのような代償まで支払った彼女の結婚を、認めないわけにはいかないだろう。元々はフェルナンの愚行が原因なのだしな」
己の寿命の半分を、彼女はユリアスを救うために差し出した。
否、ユリアスだけでなく……私たち家族を救う為に。
言葉を失いつつ、足早にその場を後にした。
今はなにより、エリアーヌに会いたかった。会って話をしたかった。
そうして戻った会場で見つけたエリアーヌと……ヴェリオスの姿。
エリアーヌを突き落そうとする男の姿を見た途端、なにを考えるまでもなく身体が動き、彼を殴りつけ、今にも落下しそうな彼女を引き上げていた。
腕の中でカタカタと頼りなげに震える華奢な身体、白い手に走る無残な爪痕に殺意が湧き上がった。
一人で立てない彼女を支えていなければ、目の前の男を縊り殺していたかもしれない。
彼女を運んだ別室にまでついてきたフェルナンらの戯言に、再び殺意が首を擡げる。
あまりにも愚かで身勝手極まりない彼らに、どう思い知らせてやろうか……そう思っていた所に扇子の音が響いた。
『あらあらあらあら。面白いこと仰いますのね?…………』
『うふふふふふふ。お黙りくださる?……』
どこか凄みのある、非の打ち所がない笑顔で相手を追いつめるその様は…………姿形こそ違えど、私が愛した最愛の人そのものだった。
抱き上げた身体をそっと彼女の部屋のベッドへと降ろした。
ニーナたちによって着替えさせられ、化粧を落とした寝姿はあどけない十代の少女そのものだった。
泣き疲れ、眠ってしまったエリアーヌの髪をそっと撫でる。
ミレーヌのふわふわした髪とは違い、艶やかでサラサラとした手触りの髪だ。
髪を撫でる手にすり寄るように頭を寄せ……ぎゅっとぬいぐるみを抱いたままムニュムニュと寝言で私の名前を呟く彼女を強く抱きしめたい衝動に駆られる。
「ミレ……エリアーヌ」
そっと彼女の名を呟いた。
大切な宝物を紡ぐように。
前世の私の妻であり、そしてエリアーヌとして今世を生きてきた彼女の名を。
再び私たちの元へと現れ、私たち家族を救ってくれた愛しい女性の名を。
「また……私たちと出会ってくれて、ありがとう」
心からの感謝を込めて、眠るこめかみへと唇を落とした。
「だぁって~、仕方なかったと思わない?」
唇を尖らせ、エリアーヌはレアチーズケーキを口へと運んだ。
濃厚なチーズの風味に頬がほんの少し綻ぶ。今世の彼女はチーズケーキも好きらしい。シェフに伝えねば。
「わたくしは自分の行動を一切後悔していません」
「エリアーヌ!」
「エリアーヌ様!!」
私やエドガーの声が被るが、エリアーヌはツンと横を向いた。
彼女がユリアスを救ってくれたことは心から感謝している。
他に方法がなかったのもわかる。
だけど彼女の寿命が縮まってしまったことは納得などしきれる筈もなくて……。
そんな私たちにエリアーヌは溜息をしつつ、スンと表情を消した。
「いいですか?わたくしは未来を知ってましたの。悲惨すぎて口にしたくもない未来でしたけど、この際あえて言わせて頂きますわ。あそこでユリアス様をお救いしなければ、マスクウェル公爵家に待っていたのは破滅でしたのよ?」
破滅……その衝撃的な言葉に思わず口を閉ざす。
そんな私たちを見て、重々しく頷いたエリアーヌは言葉を続けた。
「あのままではユリアス様はお亡くなりになってました。そして気落ちされたコレット様まで流行り病にかかられて……」
沈痛に続けられたそれに絶句する。
「特効薬さえあればコレット様は助かった。……ですがコレット様に使われる筈だったそれは、王妃へと使われた。症状は軽かったにも関わらず、ね。そもそも、特効薬が足りなかったのは国の対応が遅かったから。…………はい、エドガー様。王族を許せますか?」
「……許せるわけ…………」
「はいー、お二人とも。やっぱあいつら滅ぼそうかな?とか思わない」
先のエリアーヌのことといい、不穏な思考が過ぎった途端に止められた。
私もエドガーも顔に出ていたらしい。
「フェルナン様にも手出ししないで下さいね?面倒事は御免ですし、第一婚約破棄自体は感謝してますもの。あの方があのおバカな行動に走ったお陰で、わたくしは記憶を思い出せたんですもの。ある意味、ユリアス様とこの家の救世主とも言えますのよ?」
紅茶を口にしつつ「それとも、何事も問題なく、あの方と結婚してた方が良かったとでも言うおつもり?」と言われ黙らざるを得なかった。
フェルナンは到底許せないが、バカがバカであったがために今があるのもまた事実だ。
…………だからといってアレを許す気もないが。
「話を戻しますね、最愛の妻子を喪ったエドガー様は王族を恨み、復讐を決意しました」
「「「「…………」」」」
私もコレットもニーナたちも、本人さえも反論の言葉は出なかった。
やり兼ねないと、正直そう思ったからだ。
「復讐の最中、失脚させられるのを恐れた陛下の側近の一人がエドガー様を暗殺」
ボキリ、とコレットの手の中でフォークが真っ二つに折れた。
ハンドパワーで先がグラグラ……なんてものでなく、中央から真っ二つだ。
「はいはいー。コレット様も物騒なこと考えないー。復讐の原因もなくなったし、未遂の罪での報復はいけませんわ。少しでも手出ししてきたなら別ですけど」
そう諭すエリアーヌ自身の表情にも仄暗い色が浮かんでいた。
当然か……愛する息子に手を出されて黙っているような彼女ではない。そう思っているとエリアーヌがこちらへと顔を向け真っすぐに私を見つめた。
「息子夫婦に孫、最愛の家族を全て喪ったレイモンド様は……闇落ちして国を敵へと回します」
「「「「…………」」」」
再びの沈黙。
まぁ、やるな……感想はそれしかなかった。
むしろやらない理由が思いつかない。
「……かくして、マスクウェル公爵家は破滅への一途を辿ることに」
物語を締め括るようにパンッとエリアーヌが手を鳴らした。
「さて、問題です。大事な貴方たちがそんな未来を辿って、わたくしが大人しくしてるとでも思う?」
全員で一斉に首を振った。もちろん、横に。
「うふふふふふ。ええ、ええ。当然、黙って見てなんかられないわ。その時はもれなく……わたくしも闇落ちして国も世界も、敵に回す所存だわ」
うふふふふと可憐に笑うエリアーヌからは、得も知れぬ仄暗いオーラが湧き出ていた。その迫力たるや、とても十代の娘には見えない。
「ね?貴方たちを喪って、国を敵に回して、自分の命も、家すらも巻き込んで自滅。そんな悲惨な運命を辿るぐらいなら、寿命の半分を差し出してでもユリアス様を救った方がお得でしょ?全員で助かるか、自滅するか……。わたくしは犠牲になったんじゃない、むしろ生き延びるために動いたの。半分の寿命を捨てたんじゃなくて、死を回避して残り半分の寿命を手に入れたの。だって……大切な貴方たちを喪ってしまったら……それこそ生きてはいけないわ」
そう言って、エリアーヌは華開くように美しく笑みを刻んだ。
「大好きで大切な、貴方たち。『真実の愛』っていうのは、とっても我儘なものでしょう?」
嫣然と微笑む美しい女性は_____。
幾度生まれ変わろうと決して色褪せることのない 我が愛しき最愛。
沢山の方にお読み頂き、シリーズ設定をしました!
ちなみに……ミレーヌは生存時にはゲームの世界だと気付いていませんでした。主役のリリスやフェルナンも生まれてなかったし、レイモンドも若かったですしね。
それほど真剣にやってたゲームでもなく記憶も記憶もうろ覚えだったけど、フェルナンに婚約破棄された時にビビッ!と芋蔓式にゲーム設定思い出してマスクウェル家に急ぎました。




