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レクイエム・リクエスト  作者: 蒸し鶏ヤフェト
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1 鴉と、目覚め。

2024/11/05 誤字等修正

 雨の音が聞こえる。もしかしたら川の音だったかもしれない。


 風の音が聞こえる。もしかしたら車の通る音だったかもしれない。


 光の音が――――ああいや、光に音なんて無いな。


 

 ただ、ああ、そうだ。光は見た。


 強い雨と風の中、迫り来る大型車の強烈なライトを――――――――――――








 ………………。

 ………………………………。


 穏やかな風の音と、聞き慣れない鳥の声に意識が浮上する。

 視界に入る景色はよく見る天井でも、知らない天井でもなく、かといってただ一面の青空……という訳でもなく。どこからどう見ても緑を中心にした木漏れ日の――――要するに、森の中です本当にありがとうございます。


「……何処だ? 」


 本当に見覚えがない。少なくとも、小学生の時に体育館裏にあった小さな林くらいしかそういったものの心当たりがない。

 そもそも俺は、日本の――――――――


「……日本の? 」


 あれ。なんだ。思い出せない。

 そもそもさっきまで何をしていたっけ?どこで暮らして、誰で、何者で。


 ……順に思い出そう。名前は……わからない。暮らしは日本で、一人暮らししていて。

 趣味は漫画とゲームで。それ以外は……ああ、クソ。思い出せない。



 暫く考え続けていたがふと、自分の手が目に入る。光に紫を滲ませる黒(濡羽色)の何かに包まれた両手。

 一見すると、烏の羽根で作られた手袋にも見えた。しかし、それは、その羽毛は肌から直接生えている。

 みっしりと生えた羽が、まるで羽毛の手袋に見えたのだ。何より指先は硬く、鋭い黒い爪となっている。


 どう見ても、人間の手ではない。どちらかと言うと、獣人だとか鳥人だとかの類が近い。


 よく見れば、服装も何やら見知らぬものだ。

 濡羽色より黒に近いローブ、緑みのくすんだ白の外套。何よりローブから覗く脚は靴でも裸足でもなく、暗い色の鳥のもの。


 目を疑ったが、動かそうと思って動くのは鳥の脚。成程、今の俺はどういう状況なんだ?! 


 周囲を見渡す。そういえば、先ほどからずっと背中が重いし顔もなんだか違和感がある。何か、鏡の代わりになる物はないか。


 木々と茂みの向こう側に、何か反射する光がある。

 もしやと思って進んでみると、開けた湖が現れた。風もあまり吹いていないため、ここならせめて上半身の確認はできるだろう。



 そっとのぞき込む。


「うお?! 」


 映りこんだその姿に驚いて変な声が出た。勢い余って尻もちをつく。

 恐る恐る立ち上がり、もう一度覗き込む。


 そこに居たのは、蒼白の眼をした烏の鳥人。

 嘴のある顔、くすんだ緑の長髪。毛先は濡羽色。背中には大きな翼。


 中々に怪しく、そして見た目が怖い。何度かまた自分の眼を疑って。

 しかし触って動かしてと試せば試す程、間違いなく、今まで見たそれらは自分自身の物であると確かに証明され続ける。


「どういうことなの……」


 口から出る言葉は、森のざわめきと鳥の声にしか届かない。口というより嘴だけれども。

 持ち合わせる知識からは、「異世界転生」なんて文字列が導き出るものの。それならせめてもっと人間か人間に近い種族が良かった。



 しかし、ここが異世界として。果たしてどういう異世界なのだろうか。

 剣と魔法の王道?いや、科学で発展したサイバーチック?案外スチームパンクなんてのもあるかもしれない。


 正直、ワクワクしないと言えば嘘になる。ある種の憧れの形が今、おそらく訪れているのだから。

 例えばここが人間以外が敵の世界ならどうなるかとか、例えば自分は狩りの対象ならどうなるかとか、そういう最悪の状況すら考えるのを忘れる程度には好奇心と夢が刺激されている。


 気になることが多すぎる。そういえば、おそらく今宿無し家無しだ。せめて何か寝床くらいは確保しなければ。

 そうとなれば、寝床探しも兼ねて歩いてみることにしよう。






 そうして歩いて幾時間。体感的には三時間以上は歩いているような気がする。

 いつかどこかで聞いた、太陽を使った東西南北やら時間やらの測り方を試そうとして、肝心な部分を忘れていることに気が付き諦めた。今何時なんだろう。もう空は赤いけど。


 歩いて気が付いたことは三つ。


 一、似た生物は居ても、知る生物はこの森には少なくともいないこと。


 二、自分を襲う生物はとりあえず見かけなかったこと。


 三、めちゃくちゃ広そうということ。



 一と二はまあ、なんとなくそうなんだろうなという感想を抱いた。ここが異世界であることの証明になるだろう。もし新種だというのなら、日本に実は角が四本生えた狼が生息していることになるが。

 彼らが襲ってこないのも、なんとなくわかる。こんな得体のしれないヒトガタを狙うほど凶暴でも馬鹿でもない生物たちなのだろう。


 三は……まあ、森だもの。


 ただ問題は大いにあって。困ったことに人の気配や痕跡がない。

 もしかしたら狩人だとかがいた跡くらいあるのかもしれない……と期待をしていたからというのもあるが、本当に何もなかった。

 森の中で村とかあるよね、なんて軽いイメージも今しがた投げ捨てたところだ。


 何より困るのが、寝床によさそうな場所がないことで。


 雨風をしのげそうな地形は見当たらず。崖や洞窟もなく、いい具合の木も無い。

 だだっ広い森。方向感覚もそろそろ無くなって来た。


 

 歩き、歩く。歩き続ける。

 途中に見つけたオレンジとリンゴを合成したような木の実だけいくつか持って彷徨う。


 いつの間にか陽は落ちて、青白い木漏れた月明りだけが頼りになっていた。

 ここの月は光が強いのか、よく見えることだけが幸いだ。


「もうそこらで寝るかぁ……ん? 」


 そんな独り言を漏らして前を見ると、何やら見たことのある光景が。


 開けた場所に、大きな湖。姿を見たあの湖だった。


 雨風凌ぐことはできないが、晴れっぽいしもうここで休もう。下手に沼るより数百倍マシだ。

 今日はここで休息をとって、明日、いろいろ考えよう。そういえば翼があるのだし、飛べるかもしれない。広いこの場所なら好都合だろう。



 さて、と腰を下ろそうとしたとき。ガサ、と茂みが鳴った。


 もしかして、動物だろうか。夜行性の凶暴な奴がいたのか? と警戒しながら音の方を見た。戦闘経験なんてないから、負けるだろうが。



 茂みの奥、徐々に近づいてくる音。と、灯り。

 その灯りはゆらゆら揺れて、確かにあたりを照らしている。


 木々の輪郭ではない何かがその灯りを持ち、茂みを踏んだ。



 青白い月明りが、その輪郭に色を着けて照らす。







 カンテラを持った薄紫の髪の少女と、目が合った。

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