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スキル 《《 Life》》

さようならをゆるして



 私は必死に走った。

 跳ね上げる泥飛沫(どろしぶき)がスカートを汚し、落ちていたレンガの欠片が靴に傷を付けても、気にする事なく婚約者のヒューゴの家へと走り続けた。いつもの慎ましい生活では考えられないが、今はそれどころじゃない。

 私・アンジーが事務員として働いている小さな会社に、「ヒューゴがナイフで刺されて、もう危ない」と知らせが来たのだ。


 飛び込んだヒューゴの家では、入ってすぐの土間に毛布を敷いてヒューゴが寝かされていた。周りを友人や近所の人が取り囲んでいる。

 ヒューゴの土気色の顔は、着ているシャツを赤く染めた出血のせいだろう。

 医者はおらず、皆諦めて最期の時を待っている。


「おばちゃんどいて!」

 ヒューゴの母親をどかすと、ヒューゴに覆い被さるように座り、右手と左手でシャツの襟を握るとボタンが弾け飛ぶ勢いで広げる。脇腹に抉られた傷口が見えるが、今はそれどころじゃない。

「えっと、心臓。心臓って右だっけ? 左? 分かんないから真ん中で!」

 両手の平をヒューゴの胸の真ん中に重ねる。

「スキルの発動の仕方は人それぞれ」 

と、神父様は言っていた。なら、これでいい、と思おう。

 ヒューゴに触れた手に全身の力を注ぎ込む。

 私の命がヒューゴと繋がりますよう。それだけを祈って。


 


 私が十歳の頃、私は自分や両親や弟妹やヒューゴの寿命が見えるようになった。これは「スキル」というものではないかと教会に鑑定に行ったのだが、鑑定した神父様に個室に連れて行かれて言われたのは、私のスキルは「自分の寿命を他の人に分け与えられる」だという事。


 分厚い本を手繰(たぐ)りながら神父様は

「この事は誰にも話さないように」

と、何度も念を押した。

 生きるために必死な人は、あなたに何をするか分からない。このスキルは家族にも言わずに自分の心の中にしまって、本当に必要な時に使いなさい、と。

 色々質問したのだが、このスキルは稀少らしく、個人差もあるのであまりはっきりしたことは答えてもらえなかった。

 ただ、私は、いつも元気で楽しい事を見つけては私を誘いに来る、幼馴染の八百屋の息子のヒューゴを、家族と同じくらい、そう寿命が見えるくらい好きなんだと自覚した。

 数年後、ヒューゴの家から縁談が持ち込まれた時は喜んで受けた。

 ヒューゴには寿命があるからと安心してたのに、ナイフで刺されるなんて!




「アンジーちゃん、もう、大丈夫だよ」

 トントンと私の肩をおばちゃんが叩き、我に帰った。

 いつの間にか、ヒューゴの傷は塞がり、顔色が良くなっている。安堵の長いため息が出た。 

 気がつくと、おばちゃんやおじちゃん、周りにいた皆が私を見てる。

「わ、私、『一度だけ命を救える』ってスキルを持ってたの!」

 以前から用意していた言い訳を言う。これなら、「自分にも」と言う人は出ないだろう。

「そんな貴重な力をヒューゴのために使ってくれたんだねぇ」

 おばちゃんが涙ぐみ、皆も盛り上がりそうになったが、一人が「まだ安静にしないと!」と叫んだので、集まりはお開きとなった。



 数日後、近所の居酒屋で友人達とヒューゴの快気祝いと称する飲み会が開催された。

 私がヒューゴを助けた事は美談として町中に広まったが、私の友人達には納得いかないらしい。

「まーったく。アンジーったらせっかくのスキルを、あんなナイフで刺されるような男に使うなんて!」

「悪いのはナイフで刺した人の方でしょう? 今は鉱山送りになったそうよ」

 甘いカクテルを舐めながら答える。


「どうせ女性絡みのいざこざがあったんでしょ? ねえヒューゴ、その男はあんたが付き合ってた金髪の女性の恋人とか?」

「違うよ。あの人は関係無い」

「じゃあ、栗毛の娘? この前一緒に飲んでた赤毛の女?」

「んー、栗毛の方。でも謝ってくれたよ」


「最低!」

「もうやめちゃいなさいよ。こんな男!」

「もう! その人たちは八百屋のお客さんなのよ」

「「 何で信じるかな 」」

「だって、八百屋にヒューゴみたいな楽しい店員がいたら、友だちになりたいと思うのも当然だもの」

「友だち……五歳児か」

「そこがアンジーのいい所なんだけどねぇ」

 褒められた気がしない……。




 まもなく私とヒューゴは結婚し、私は会社を辞めて八百屋を手伝い始めた。

 会社でやっていたので事務と計算を担当したら、おじちゃんとおばちゃん(呼び方はなかなか直らない…)にとても喜ばれた。ヒューゴはこれらが苦手だからね。

 そう言えばヒューゴは、「持参金」は結婚したら自分が貰えるお金だと思ってたらしい。確かに、持参金は結婚の時に私が持って来るお金だけど、あくまでも私のお金で、もし離婚する事があれば持って帰るのだと教えたらすごく驚いていた。

「俺のお小遣いになると思ったのに」

って、可愛い。



 

 二、三日降り続いた雨が上がったある日、ヒューゴにお店をサボって花園に行こうと誘われた。

 近くの山の中腹にある、サンセットフラワーの群生地の事だ。たくさんの雨を浴びて、今頃一斉に咲き誇っているだろう。

 おじちゃんもおばちゃんも、(こころよ)く送り出してくれた。


 前日までの雨のせいで山道はぬかるみ、ヒューゴが手を引いてくれた。それでもスカートに泥飛沫が付いてしまうのを、ヒューゴを助けた日を思い出しながら歩いていたら

「アンジーは、俺と手を握ってドキドキしないの?」

と、いきなり聞かれた。

「ドキドキ……。しないなぁ」

 赤ん坊の時からの付き合いだものね。

「俺もしないんだ。それって、真実の愛じゃないんだって」

「まあ、哲学的!」

 吹き出しそうになるのを(こら)えて(こた)える。ヒューゴは本は読まないから、『真実の愛』の舞台でも見たのかしら。



「わあ……!」

 たどり着いた花園は見事にサンセットフラワーが咲き誇り、一面オレンジ色の絨毯だった。

 悪路のせいか他に来る人は無く、私たちは花園を貸切状態でサンセットフラワーを堪能した。


「アンジー、こっち来いよ」

 ヒューゴが花園の先端に立って私を誘う。その先は切り立った崖で、高い所が苦手な私は近付きたくないのだけど、町が一望にできる絶景は捨てがたい。

 躊躇(ためら)っていると、

「こうすれば安心だろう?」

と、ヒューゴが私と腕を組んで崖に連れて行ってくれた。雨のせいで足元の土が心許(こころもと)なくて怖いが、ヒューゴの腕に絡むだけで安心出来る。


 目の下には、私たちが住んでいる、きっとこれからも住む町が広がっている。

 私の寿命は、まだ五十年以上ある。これから二人で使っても二十五年以上。子供を産んでも、大きくなるまでそばにいられる。もしかしたら、孫にも会えるかしら?


 その時、目の端に新しい人が来たのが見えた。赤毛の若い女性。

 山に女性一人でなんて珍しい。よほど花が好きな人なのね。


 彼女が私たちの後ろを通り過ぎる時、背中に衝撃を受けたと思ったら、足元の土が崩れ、組んでいた腕がするりと外れた。


 あ、空中にいる。と思う間も無く落下して行く。


 油断してた!

 寿命があっても事故で死ぬ事もあると、ヒューゴで知っていたのに!




 ごめん、ヒューゴ。もうあなたに命をあげられない。






 さよなら……。


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