旅立ち
季節はめぐり、春となった。
そして今日はいよいよグシケンとカズミが魔法学校に入学する為に村を旅立つ日。
二人を見送る為に『あの広場』に村人達が集まっている。
セレモニーの女もショートボブぐらいまで髪が伸びている。
坊主にされた女の子は流石に姿をみせていないが、あの新婚夫婦の姿はあった。
そして嫁のお腹には赤ちゃんがいるようだ。
結婚した男はそんな嫁を慈しむように寄り添っている。
しかし、なぜか男は髪を伸ばしたりはしていなかった。
あの時のままだ。
結婚した男は相変わらず『グロいよ姉さん』なのだ。
そしてそれはカズミも同じだった。
カズミもお坊様のままなのだ。
断っておくが、お坊様のままとはお坊樣のお母さんという意味ではない。
とにかく二人とも案外これが気に入ったのか、あれ以来そのままの髪型で過ごしていた。
そしてそんな集団の先頭には村長の姿があった。
村長は、魔法学校の制服を着たグシケンとカズミを目の前に少しかしこまった雰囲気で二人に送る言葉をかける。
「グシケン、カズミ、ついにこの日が来たな。この村から魔法使いを送り出すのは実に5年ぶりじゃ。」
「しかし、これまでこの村から送り出した者の中で無事に魔法学校を卒業して王国魔導士団へ入団できた者はおらぬ。」
「その事を肝に銘じて、修行にあたれ。」
「二人共、あの日より禁じていた魔法の使用を今日より許可する。」
「魔法学校の修行は厳しいぞ。二人ともくじけず頑張ってこい。」
「お前たちなら立派に修行をやり抜いて必ず王国魔導士団に入団できると信じている。よいな?」
「はい、ありがとうございます!」
「うむ。では、二人とも行くがよい!」
「はい!行ってまいります!」
二人は声を揃えてそう言うと、ふりかえって歩き始める。
「がんばれよー!」
「じゃあなー!」
「もう帰ってくるなよー!」
「さよならー!」
「元気でなー!」
中には微妙な言葉もあったが、みんな笑顔で二人を送り出した。
そして二人は生まれ育った村を出てゆく。
二人の足取りは軽く、遠くへ消えていった。
ホッとしたような、少し寂しいような、そんな雰囲気が村を包んでいた。
「行ってしまったのう。」と、村長。
「王国魔導士団、あの二人は入れますかね?」
「さあな。それは誰にも分からん。しかし、あの二人なら、もしかすると、、、」
「そうですね、あの二人なら。」
こうして、村には平和が訪れたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
魔法学校はゴールド王国の首都、『ダイデンキン』にある。
グシケン達の村は、そこからはるか北にある『ソウボウキン』にあり、徒歩では行くのは少し無理があった。
そこで、村はずれの馬車停から馬車にのり、大都市の『ダイキョウキン』から汽車で向かっていた。
その汽車の客車は木造で対面に座るように出来ている。
そこにグシケンとカズミは向かい合って座っていた。
『ダイキョウキン』の駅を出発してからしばらく経っており、窓の外には春の若葉が色鮮かに生い茂る田園風景がゆっくりと流れ過ぎている。
ゴトゴトとリズミカルな列車の音も、時折聞こえる汽車の汽笛も、二人にとっては全てが新鮮で心がはずんだ。
「なぁ、カズミ。魔法学校ってどんなとこなんだろうな?俺、ワクワクしてきたよ。」
「そうね、わたしも詳しくはないけど、ミュスクル魔法学校はあの伝説の魔法使いブッダ樣がお作りになった魔導士養成学校よ。」
「ブッダ樣かぁ。一体どんな人なんだろうね?」
「そうね、きっと天界の神様みたいな人じゃないかしら?」
「アハハハ、天界の神様ってどんなだよー?」
「きっとこんな感じよ!」
そう言うと、カズミは目を輝かせながらお坊様の様に手を合わせて合掌する。
何となくありがたい後光がさして見えるようだ。
「アハハハ!なんだよそれ?」
「イメージよ、イメージ!ブッダ樣はわたしたち王国魔導士団を目指す魔法使い達の憧れよ!きっとありがたい光で包まれているような方に違いないわ!」
興奮して話すカズミだかグシケンは少し呆れたようす。
「カズミは本当にブッダ樣ファンだよなー。ブッダ樣だって人間なんだからあんまり期待はしすぎるなよ。」
「ぽっこりお腹のおっさんだったらどうする?」
「何よーもう!ブッダ樣をそんな風に言わないで!ブッダ樣に憧れない魔法使いなんていないんだから!」
カズミが少しふくれると慌ててグシケンは取りつくろう。
「ごめんごめん!そうだね、俺ももちろん尊敬してるさ!単身で『魔王』に匹敵するとも言われている伝説の魔法使いだものね。きっとすごいムキムキの魔ッチョ魔ンに違いないよ!」
「そうよ!前回の魔王軍の侵攻だってブッダ樣のお陰で退ける事ができたのよ!」
カズミはそう言うとまた手を合わせてウットリする。
「だからそのポーズやめろよ!アハハハ!」
「何よもう、じゃあ、こんなのはどう?」
カズミはそう言うと、今度は右手で天と左手で地を指さして『天上天下唯我独尊』のポーズを取った。
すると、やはり何となくありがたい後光がさしているような気がする。
「アハハハ!やめろよ、おかしー!そんな訳ないだろー?」
列車の旅では、こうして楽しげな会話が続いていていた。
首都『ダイデンキン』まではこのまま一昼夜走り続けて翌朝には着く。
それまで、楽しい時間が続くのであった。