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木漏れ日②  作者: 汪海妹
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7 本当はなんかあったんですか?












   7 本当はなんかあったんですか?












   中川崇













 お客さんを店の出入り口でお見送りすると、もうフォンテーヌで仕事はなかった。篠崎さんに挨拶をしてから店を出る。づかちゃんはお使いを頼んだだけだったので、もうとっくにお店にはいない。だけど、鉄は熱いうちに打て、と言うのをモットーにしている自分はとりあえず電話をかけてみることにした。


「はい」

「あ、づかちゃん、今日はありがとう」

「いえ、別に。仕事ですから」


 なんとなく口調が冷たいように思うのは俺の気のせいだろうか。


「あ、あの」

「はい」

「もう帰っちゃった?」

「え」

「今、どこ?」

「靴、見てます」

「ん?」


 最寄駅の駅ビルの中で靴を見てたらしい。駅の改札で待ち合わせした。

 そこにたどり着くと彼女はもうきていて、そして、仕事のかばん以外は手ぶらだった。


「買わなかったの?」

「いいのがなくて」

「邪魔したね。もう一回見る?」

「いいですよ。なんですか?」

「ああ……」


 自分としては珍しく口籠もりました。


「お腹すいちゃった。なんか食べない?」

「はい?」

「この前、色々変なこと頼んじゃったし」

「この前って……」

「水無月遥の時にさ」

「……」


 づかちゃんの顔が無表情になった。やっぱり、なんか誤解されているような気がします。


「奢るよ。なに食べたい?」

「……」

「なんでもいいよ」

「じゃあ、お好み焼き」

「……」

「ダメですか?」

「いや、じゃあ、どっかで」

「あそこにあります」

「……」


 指差した方向にチェーンのお好み焼き屋があった。お店に入ると、ソースの匂いがした。当たり前か。端っこの席に2人で並んで座る。


「なにがいいですか?」

「豚玉」

「普通ですね」

「づかちゃんは?」

「もちチーズ」

「攻めるね」

「ダメですか?」

「いや別に」


 そして、タネが来て混ぜてると笑われた。


「中川さん、お好み焼き似合わない」

「なんで?普通に日本人だし、食べるけど」

「でも、わたしの中では洋食のイメージが強すぎて」

「別にいっつも洋食ばっか食べてるわけじゃ」


 それから鉄板に落として焼いてる様子を見ても笑われた。


「なんでそんなに笑うの?」

「いや、手つきがプロだから」

「しょうがないでしょ。長年ウェイターやってたんだから」

「だからってお好み焼きそんな綺麗にやかなくても」

「出ちゃうんだよ。癖が。ああ、づかちゃんのはまだまだだな」


 高級レストランでウェイターをしていると、お客さまの前で料理を切り分けたり取り分けたりするのが日常なわけで、それは気を遣って綺麗にしなければならない。それは厳しく躾けられたんです。


「ね、お店でやってるって思ってトッピングしてくださいよ」

「しょうがないな」


 勢いつけてひっくり返して、時間通りに焼いたらソース塗って鰹節かけて、


「青のりとマヨネーズはどうされますか?」

「どっちも載せてください」


ちょっと勝手が違うけれど、一応仕事をしているようなつもりでやってあげた。


「半分交換しよ。はい」

「あれ、食べるんですか?もちチーズ」

「1人で全部食べると太るよ」

「普段から動き回ってるから大丈夫ですよ」

「そうやって油断していると、年取ってから大変だよ」

「えー」


ネクタイが邪魔で外して、ワイシャツのボタンをついでに一個外した。づかちゃんはいただきますと手を合わせてから、お好み焼きを食べ始めた。食べながら口を開く。


「中川さんって」

「ん?」

「なんでウェイターになったんですか?」

「ああ、ウェイターというか、ホテルに就職したんだよ」

「へぇ」

「で、レストランに配属されたの」

「ふうん」

「そこに篠崎さんがいて、それから、篠崎さんについて回ってんの」

「そうなんですか?」

「そうなんですね」

「じゃあ、篠崎さんが辞めたら辞めちゃいますか?」


捨てられた犬みたいな目をちょっとだけしていた。思わず笑ってしまった。


「そんな無責任なことしたら、マネージャーに怒られちゃうよ。しないしない」


ほっとした顔をした。その顔になんだかこっちも癒された。身近にそういう顔をしてくれる人がいるということは、結構心強いものだ。


「中川さんが頑張るのって社長のためじゃないんですね」

「なんか気持ち悪いな、それ」

「マネージャーのためですか?」

「ううんっと、やっぱりなんかちょっと違うような」


ちょっと頭を整理する。


「会社のためです」

「会社……」

「そう、会社」


首を傾げた。


「みんなのためって言ったらわかりやすいか」

「みんな?」

「そう。そこには野田くんもづかちゃんも、みんな入ってる。みんな」

「ああ……」


納得したらしい。もぐもぐと食べ始めた。僕は今日の目的である本題に入った。


「この前、変なこと頼んでごめんね」

「ああ、フェレット」

「え、フェ?」

「忘れたんですか?フェレット」

「なんだっけ?それ」


ちょっと信じられないものを見る目つきで一瞬見られたが、でも、どうでもいいかと思い直したらしい。


「ま、いいです。もう済んだことですし」

「あの日、ほんとまいったよ。遅くまで引き摺り回されてさ」

「はぁ」

「カラオケ行かされて、その後行きつけのバーで朝までだよ」

「……」


づかちゃんがあろうことか食べる手をピタッと止めて、じっと俺を見ている。じっと。


「あの……」

「ああ、それは大変でしたね」


それだけ言うと、もぐもぐと食べ始めた。

え、なんか、わざとらしかった?いや、でも、本当の話だし。


「なんか三次会のバーにはいわゆる業界の人みたいな人が他にもいて」

「へー、楽しかったですか?」

「俺はあんまり、初対面得意じゃないし、ただひたすら疲れた」

「ふうん」


じっと見つめられる。


「ああいうのはやっぱ社長に任せるのが一番」

「そうですね」


それから、視線を外してまた黙々と食べ始める。なんだか妙にギクシャクとした。なんだかな。


「お腹いっぱいになった?まだなんか食べたい?」

「いっぱいなりました」

「なんか甘いものは?」


目が少しキラキラした。それを見て意味もなくちょっと嬉しくなった。


「これがいい」


メニューを見て指差した。


「あんこ巻き?」

「全部食べられません」

「え、うそ」

「中川さん、甘いものってダメでしたっけ?」

「ダメじゃないけど……」


取り立てて好きでもありません。


「半分食べてください」

「しょうがないな」


鉄板に生地を伸ばして、端っこにあんこを載せてくるくる巻く。今度はちゃんとづかちゃんがやった。細長い筒を四つに切って二つ僕の皿に載せてきた。


「遠慮しないで三つ食べな」

「太りますから」

「いや、動き回ってるから平気だってさっき言ってたじゃん」

「今日は結構食べました」

「もう……」


ヘヘヘへへと笑ってる。

なんだか温かくて甘いそれを特に必要としてたわけでもないのに二つ食べ、外に出る。


「帰ろう。帰ろう」


今日は社有車を使ってたわけでもなく、駅へ向かって歩き出す。するとしばらくして後ろを歩いていたづかちゃんが声をかけてきた。


「本当は」

「ん?」

「なんかあったんですか?」

「はぁ?」


呆れて後ろを振り向く。部下の女の子は悪戯っぽく笑ってました。


「なんだ。本当の本当になにもなかったんだ」

「そういう人間じゃないって。俺は社長とは違うから」

「でも、社長は同じだって言い張ってましたよ」

「違う違う」

「どっちを信じたらいいんだか」

「俺を信じなさい」


そう言うとづかちゃんは笑いながら言いました。


「別にわたしも子供ではないですし、何かあったからって中川さんのこと軽蔑したりしませんよ」

「嘘ばっか」

「え?」

「瀬川くんにづかちゃんが気にしてたって聞いたけど」

「それは……」


ちょっと立ち止まって、考え込む。


「デマです」

「デマか」

「そう、デマです。気にしてなんかいません」


さぁ、帰りましょと言ってまた駅へとトコトコ向かう。今度は彼女が先頭になった。このくらいの年の女の子の考えていることがよくわからない。昔はわかってたはずなのに。いつの間にか自分が年を取ってたってことか。


ま、でも、誤解は解けたみたいだし、ごちゃごちゃ考えるのはやめとこう。


***


そして、その日、自宅に帰ってシャワー浴びてビールを飲んでる時にふと思い出した。

そうだ。誤解を解いていなかった人がもう1人いた。


「こんばんは」

「なんだ?」

「今、酔っ払ってます?」

「別に家だし。たいして酔ってない。なに?」

「伝えとかなきゃと思って忘れてたんですけど」

「うん」

「俺、別に水無月遥とどうこうなんてなってませんから」

「……」


突然黙り、しばらく息の音も何もしない。向こうの家のテレビの音が聞こえる。

しばしの沈黙が、そして、破られた。


「それならそうとなんで早く言わないんだよ」

「でも、なんかあったとは言ってませんでしたよね?」

「男らしくはっきり言えよ。含みのある言い方しやがって。てっきりなんかあったんだと思い込んだだろうがよ」

「じゃ、そういうことで」

「ちょっちょっ、待てよ」

「なんですか?こっちはもう別に話すことないんですけど」

「なんでさっさと何もなかったって言わなかったんだよ」

「おもしろかったから」

「それなら、なんで今さらなにもなかったって言うんだよ」


相変わらず子供みたいだな。この人。今さらだが呆れた後で言葉を続ける。


「どこかの」

「うん」

「カリスマ社長だと思い込まれている人が」

「うん」

「実はとってもつまらないことを根に持つ人で、自分がいいなと思ってた女を部下に寝取られたら、それでもって仕事上に悪影響を与えそうな人かなって思ったんで」

「……」


言いたいことはいった。すっきりしたな。


「じゃ、切りますよ」

「ちょっと待て」

「なんですか」

「なんか、むっちゃ気分悪くなった」

「はぁ」

「さっきまで別にフツーにテレビ見ながら、フツーにのんびりしてたけど、むっちゃ気分悪くなった」

「それは大変でしたね」

「どうしてくれるんだよ」

「知りませんよ。切りますよ」


そして、ふと思い出した。


「あ、そうそう」

「なに?」

「マネージャーさんに頼まれましたよ」

「なにを」

「遥さんから声かけられても乗らないでくれって」

「……」

「その場限りのことすると、その時はいいけど後でむっちゃ落ち込んで不安定になるからって。いいですか?伝えましたからね」

「お前……」

「はい」

「声、かけられたの?」

「……」

「暇だったら相手しろとか言われたの?」

「今さらそんなこと聞いてどうするんですか?」

「そう言うってことは誘われたんだ」

「……」


本当にめんどくさい人だな。


「もし、仮にそうだったとしたら、どうだっていうんですか?」

「はっきり言えよ。いつも誤魔化しやがって」


ぶち、今度こそ切ってやった。


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