4 クールミントガム
4 クールミントガム
飯塚春菜
翌日
株式会社フォンテーヌの休憩室兼打ち合わせスペース
それは、イタチでした。
そうか、イタチだったのか。フェレット。ペット用として最近人気が出てきたイタチだった。
うーん、でも微妙だな。検索したスマホで写真を見ながら首を傾げる。すると同僚がコンビニの袋抱えて寄ってきた。
「何やってんの?」
「あ、野田くん」
「美味しそう。珍しいね。お弁当?」
「食べて。食べて」
「え、いいの?」
「これね。昨日、社長を送ってった時に麗子さんにもらったの」
「ほんと?」
「食べて。食べて」
「じゃあ、僕のも食べて」
野田くんが買ってきたコンビニのお弁当のおかずと交換しながらお昼を食べる。
「ね、これさ」
「うん」
「社長に似てると思う?」
「え?」
フェレットの画像を見せてみた。とてもじっくりと丁寧にみた後に野田くんが言う。
「どこをどうとっても全然似てないけど」
「そうだよねぇ」
中川さん、昨日、むっちゃ心にきてたからなぁ。
「化ける動物って言ったら、狐と狸か」
「まぁ、そうだね」
「狐と狸なら、社長はどっちだ?」
「うーん、まぁ、狐よりは狸?」
「じゃあ、中川さんが狐だね」
「そうだね」
そうだよな。フェレットじゃないだろ。社長はフェレットじゃ。
妙に納得してお昼ご飯を噛み締める。
「なんで、そんな話が出たの?」
「ええっと……」
説明しにくいな。
「あ、そんなことよりさ」
でも、野田くんは話題を早々に換えた。フェレットはそんなことのゴミ箱に入ってしまいました。
「どっかでまた、飲み行かない?」
「いいよ。いつ?」
「早い方がいいかなぁ」
「じゃあ、今日なにか残業なっちゃいそうな飛び込みの仕事がでなきゃ、今日でもいいよ」
「ありがと」
「なに食べにいく?」
「なに食べたい?」
「焼き肉」
野田くんは笑った。
「うん、いいよ。焼き肉食べに行こう」
「やった!やる気出た」
そんなことを2人で言ってると、横から声がかかった。
「おはよう」
「あ、おはようございます」
と反射的に言ってしまってから、壁の時計を見る。
「って時間じゃないですよ」
「ああ、ごめん……」
ごめんと言いながら、中川さんは頭でも痛いのかちょっと顔を顰めた。
「いや、謝らないでもいいですけど」
「社長は?」
「いないです」
「はぁ?」
「また、昨日の夜遅かったんじゃないですか?」
「いや、昨日は……」
野田くんにそう言われて反論しかけて、ため息をつく。言っても時間の無駄だと思ったようだ。その様子を見ながら野田くんが言う。
「社長はともかく、珍しいですね。中川さん」
「ああ、いやぁ、昨日はちょっとね。遅くなっちゃって。流石にしんどくて」
苦笑いした。野田くんが気を効かす。
「コーヒー、淹れましょうか?」
「ああ、頼む」
そう言って、自分のデスクへと向かいかけて付け足す。
「それ、食べ終わってからでいいからね」
ふっと疲れた顔で笑ってから向こうへ行った。
いつもはきちっとしている中川さん。なんか今日はちょっと妙なすきがあるなと。どこがどうとうまく言えないんだけど、クールミントな感じが崩れてる。
そして、午後仕事をしながらどうしてもその感じが忘れられない。で、昨日、あんだけ社長にやいやい言われたせいかな?
なんかあったのかなとつい想像してしまった。遅くなったって、それって……もしかして……
そして、あろうことか、中川さんと水無月遥が絡み合っている図を思い浮かべてしまった。
いや、いやいやいやいや
あの人は、そういうのじゃないから。クールミントガムだから、夜中の12時でも1時でも2時でも変わらないから。
いやいやいやどうかしてるわたし。
そして、あと少しで突き指しそうな勢いでコピー機のスタートボタンを押した。
「あ……」
ガー、ガー、ガー、ガー、
「ストップ、押そうね」
前の人がコピーした枚数50枚で、1枚コピーすればいい資料をコピーしてたら背後の斜め上から声がかかる。
「よくわかりましたね、何が起きてるのか」
「なんとなく」
いつもと違うだるさ感漂う上司を眺める。何が違うのだろうとジロジロみた。ネクタイの結び目がちょっと緩いような。
そして、そのネクタイを赤いマニキュアした細い指が伸びて更に緩めて外してしまい、ボタンを外して開いた胸元に女の手が伸びる……
「づかちゃん?」
「あ、すみません」
「どうしたの?」
「なんでもありません」
白昼夢をまた、見てしまった。
わたし、どうかしてるわ。コピーした紙を持って席へゆき、パソコンの画面を一生懸命見ているふりをする。でも、勝手に頭の中の2人が動いている。
いや、どうしちゃったんだろう?わたし。
***
「お疲れー」
「お疲れー」
ガチりとジョッキを合わせた。それから、お互いグイッと飲む。
ぐびぐびぐび……
ぷはー
「さ、何を焼こう」
「カルビ、カルビ」
「上カルビ?」
「いや、上はとって。カルビ」
「そうだね」
メニューを見ながら、肉を頼む。
「いいもんはさ、仕事で食べよ」
「そうだね」
そして、しばらくすると牛タンが来た。わたしはペロンと牛タンを一枚トングで持ち上げた。
「この薄さ、ないなー」
「ちょっと、づかちゃん、やめな。聞こえるって。この値段からしたらこんなもんでしょ」
野田くんがヒソヒソと言ってくる。
「そっか」
「そーだよ」
じゅうううう
しばらく2人で無言で肉が焼ける様子を見る。
「なんかさ、どんどん舌が肥えちゃって」
「うん」
「前は分からなかったような味の違いとか覚えちゃうと、普段の食生活、苦労するよ」
「ああ、わかるな」
じゅううううう
「はい、どんどん食べてね」
「ありがとう」
もぐもぐもぐ、まだ足りない。
「すみませーん。上のつかないカルビ追加」
「づかちゃん、大きい声で恥ずかしいオーダー、やめて」
「え、恥ずかしかった?」
「うん」
どこが?
?
ま、いっか。
「それにしても毎日ほんと忙しいね」
「うん」
「オーナーがまた新規店舗出すって決めたら、流石にもう無理かも」
「ダメダメ、野田くん、やめないで」
野田くん笑いました。
「新しい人、入らないかなぁ」
「ああ、篠崎さんは何度も言ってるんだけどね。中川さんが、なかなかいい人いないって何度も渋ってる」
「そんなんいうけどさー」
野田くんは交代だって言いながらわたしの手からトングを取り上げた。じゅうじゅう焼きながら、言葉を続ける。
「ぶっちゃけ、俺でいいなら他にも全然適任者はいると思うんだけど」
「ああ、それ、わたしもそうだよ。わたしでいいなら、そんな人ゴロゴロいるって」
「なんで僕達になったんだろうね?他にもいっぱい人いるのに」
「そうだねぇ」
野田くんはもともとバイトで、こちらから声をかけて正社員になった人です。そして、正社員になった後、最初はそれでもやっぱり店舗の方で働いていたのですが、それが突然篠崎マネージャーのご指名でセントラルに引っ張られたんです。
「なんか最近店舗からセントラルに移りたがっている人、増えてない?」
「そうだね」
「なんか、俺、なんでこいつがって目で見られてる気がするんだけど」
「いや、考えすぎ、考えすぎ、やめよ。肉が不味くなる」
「うん」
しばらくまた肉を焼く。残りが少なくなったのを見て、次は内臓が食べたいなとメニューを見ていました。見ながら聞いた。
「ね、野田くんってなんでフォンテーヌに入ったの」
「美味しいものが食べられそうだったから」
「……」
わたしが黙ると野田くん、ちょっと焦った顔をしてわたしのことを見た。
「ダメかなぁ、こんな理由じゃ」
「いや、大丈夫、大丈夫。野田くんらしいと思っただけ」
北海道出身の子なんです。いい意味で素朴な子。
「づかちゃんは?」
「お店に惚れたから」
「そっか」
「うん」
それから、内臓を頼む。そして、サワーをお代わりしました。お待たせしましたとテーブルに乗せられたてらてらしたホルモンを見ながらふと言った。
「そういえばわたし忙しすぎて自分でも今日の今日まで気づいてなかったんだけど」
「うん」
育ちのいい野田くんは何もしないわたしの前でホルモンをせっせと網に載せてくれる。じゅううと心地の良い音を立てて内臓が火炙りになってゆく。
「欲求不満みたい」
「……」
レモンサワーの氷と新しいサワーから立ち昇る勢いのいい泡をちょっと眺めてみる。
がっちゃんと音がして、びっくりして前を見ると、野田くんがホルモンをお皿ごと網の上に落としてしまっていた。
「ちょっ、大丈夫?」
「あ、ごめ、あちっ」
店員さんが来てくれて落ちたお皿を拾い、網の上のホルモンをもう一度並べ直してくれた。
「ね、野田くんって今、彼女いる?」
「え、あの、その、それ、どういう意味で聞いてる?」
「ん?」
何をこんなに動揺しているのか、野田くんって普段は牛のようにのんびりとした人なのに。そして、自分の直前までしていた会話を思い返してみる。
ん?
「あ、あの……」
「はい」
「別に深い意味はないから、この会話に」
「……」
「同僚のよしみで相手をしてほしいとか、ないから、全然」
ちーん
「ほっとしたと言ったら、失礼かな?」
「いや、全然オッケーだよ。ごめんごめん」
「あ、でも、いやとかそういうのじゃ」
「いや、丁寧に謝られる方が、ちょっと微妙だわ」
時々びっくりするくらい、この人、人がいいんです。
「ね、彼女いる?」
「いや、いたんだけど……」
「うん」
「社会人なってからなかなか会えないうちに」
「あー、そっかー」
「づかちゃんは?」
「似たようなもんだよ」
学生時代から付き合ってた彼氏の別れ際の言葉を思い出す。
「俺と仕事とどっちが大事なのって言われた」
「そっか。結構落ち込んだ?」
「うーん」
ちょっと考える。
「寂しい思いさせて傷つけたのがちょっと辛かったというか。でも……」
「でも?」
「冷たい言い方でほんっとすみませんなんだけど、いなくても平気だった」
「あー」
野田くん、苦笑いしながらお酒を飲んだ。
「野田くんは?」
「うーん」
そっと目を閉じて、お酒を飲むとすぐほんのり赤くなっちゃうのね、この人。それでちょっと首を傾げた。
「残念だったなぁ。結構好きだった」
「そっか」
「でも、向こうはさ、そんなに僕のこと好きじゃなかったんだよ」
「どっちからだったの?」
「なんとなく仲良くなって思い切ってこっちから」
「ほー」
告白する野田くんを思い浮かべる。なんとなく勝手にわたしの想像の中で野田くんは今みたいに顔を赤くして告白をしている。
「最初は楽しかった。でも、最後の方はこっちが頑張って付き合ってもらってるみたいになっちゃったかな」
寂しそうな顔になった。ちょっと胸がキュンとしました。
「いい子見つけな」
「この忙しさでどこで見つけるの?」
確かに……
「店舗のバイトの学生とかは?」
「いや、それ……」
「真面目だなぁ。社長を見習え、社長を」
今頃くしゃみしてるかもな。社長。
「そういうづかちゃんは?店舗の子?」
「いや、年下かー」
「中の人なら年上の人もいるじゃない」
「シェフの人なら美味しいご飯作ってもらえるかな?」
「家ではやらないと思うよ。どんな人が好きなの?」
「優しい人」
「それ、女の子みんな言うし」
「野田くんみたいな優しい人」
「さっき、はっきりそういうのじゃないって言ってたよね」
もう騙されないらしい。
「野田くんは?」
「そうだなぁ」
頬杖ついて真面目に考えている。
「ね、野田くんはどっちかっていうとさ。わたしみたいな賑やかなのよりおとなしめな子が好きでしょ」
「なんでわかるの?」
なんとなく野田くんと並ぶ女の子は似たようなのんびりとしたおとなしめの子が似合うと思っただけなんだけど。
「おとなしい子、おとなしい子、あ、三原さんとかは?」
「え……」
なぜか顔が赤くなった。
「え、うそ、まじ?」
「……」
何も答えずにジョッキからお酒を飲んでるではないか。
三原さんはですね。同じ事務所で全店舗のデータを取り集め、また我々の分も合わせて給与計算をしてくれている女の子なんです。人事担当。
「なんだよ、早く言えよー」
「……」
「なになに、好きなの?」
「いや、好きというか、ちょっといいなというか」
「なんだよ、なんだよ。そんなことだったら今日三原さんにも声かけたのに」
「いや、でも、三原さんだけ声かけるわけにもいかないじゃない」
「ああ」
もう1人、小松さんというおじさんがいるんです。経理財務担当。昔銀行にいた人で、体調を崩して休職中だった人を人づてに紹介されたらしい。
「そんなん小松さんも一緒でもいいじゃん」
「でも、そうするとさ」
「ああ……」
みなまで言わないでもすぐわかった。
「中川さんはともかく社長が拗ねるじゃない」
「……ほんっと子供だよね」
あっちゃこっちゃ付き合いで忙しいくせに、わたしたちだけで仲良くすると寂しがるというか拗ねるんだよ、あの人。
「社長も一緒だとなんか違うもんなー」
なんだか照れた顔で下を向いてホルモンを突いている野田くんをみる。
「じゃ、直接、三原さん誘っちゃえ」
「いや、無理無理。僕、そういうのじゃないから」
「なんだよ。社長を見習え。神谷秀をさ」
こんなことでばかり引き合いに出すのもどうかと思うが使わせてもらおう。
「いやいやいや、勘弁して」
酒のせいだけではなく赤くなってるじゃないか。やれやれ。あまりここぞといじめてもいけないかな。
「ね、焼き野菜、頼んでもいい?」
「うん」
「他に食べたいものは?」
「うーん」
「クッパ頼んでもいい?」
「いいよ」
注文をするために手をヒラヒラ振って店員さんを呼び寄せる。
「あのさ」
「なに?」
「三原さんって」
「うん」
「彼氏いるの?」
「……」
こりゃ結構がちのやつだなと、その真摯な瞳を見て思う。
「聞いたことないけど、話してて話題に出ないしいないんじゃないかなぁ」
「そっか」
顔がちょっと明るい。それを見て意味もなく自分もちょっと嬉しくなる。
「明日、聞いたげるよ」
「え、いやいやいや、いいよ。別に」
「いや、ていうか電話してみっか」
「いやいやいやいや」
両手を前に突き出して必死に顔を振る。
「なんだよ。そんなちんたらしてると一気に白髪になるよ」
「お客さま、ご注文でしょうか」
あ、そうでした。片手を上げたままで話してたわ。
***
そして、それから数日後、夕方事務所で仕事をしていると、なんか古い馴染みのお客さんが来るからとフォンテーヌへ行った中川さんから電話がかかってきた。
「悪いんだけど」
フォンテーヌに生ハムがないのだけれど、他店舗から持ってきてというお使いだった。よっぽど大切なお客さんなのかな。やれやれとデスクを片付けて帰り支度をすると、店舗を梯子した。
「ごめんね、ありがとう」
中川さんはスーツ姿のままで上着を脱いで、シャツの袖を捲ってました。にわかのウェイターに戻った。わたしから生ハムを受け取ると厨房に渡してお皿に並べてもらう。そしてそれを持って個室に消えた。
「この前、大騒ぎでしたねぇ」
声をかけられてふと横を見ると瀬川くん。自分の代わりに水無月遥の相手をしないかと中川さんが口説いてた男の子です。
「あの後、結局どうなったんですか?」
「わかんない。ね、瀬川くん、どう思う?」
「いやぁ」
「社長ならともかく中川さんはないよね」
「どうしてそう思うの?」
「だって、中川さんってそんなことホイホイしそうにないじゃん。社長ならともかく」
「え、そんな風に見えるんだ」
「え、違うの?」
瀬川くんはまじまじとわたしを見た。
「別に中川さんだって男だし」
「でも、あの時嫌がってたじゃない」
「めんどくさいって思っただけじゃない。しょうがなかったらやっぱやるっしょ」
「え……」
ショックを受けた。
「いや、やるっしょ。男なら。減るもんじゃなし」
「本人が言ってたの?」
笑われた。
「そんなんいちいち聞かないよ」
「聞いてみてよ」
「ええっ、なんて?」
「この前どうだったんすかって」
「ええ〜。社長だったら聞けるけどな」
中川さんには同じ男でも聞きにくいらしい。
「ほら、だから、中川さんはそういうことしそうにないってことだよ」
「なんでそこまで気にするの?」
「え?」
「別にいいじゃんしててもしてなくても。自分の彼氏じゃあるまいし」
「女の人は身近な人のそういうの、彼氏とかでなくても気になるの」
「社長のは気にならないのに?」
「……」
社長も身近な男性でした。そういえば。
「飯塚さんが社長のそういうの気にしてるとこ見たことないけど」
「そりゃ、あの人はもともとああいう人だから」
「ふうん」
「瀬川くん」
声がかかってそちらを見る。篠崎さん。
「先ほどからずっと見てましたけど、あなた、今、何分……」
「ああ、これは失礼しました。飯塚さん、じゃ」
片手を前に出してちょこんと謝ってみせると、瀬川くんはあっちに行ってしまいました。




