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木漏れ日②  作者: 汪海妹
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1 異分子を入れて異分子から学ぶ












   はじめに












 この作品は実は、ファンタジーです。


 え?


 ふふふ、私流の皮肉です。


 あのね、どこがファンタジーかというと、現実には残念ながら流石にここまでざっくばらんな社長はおりません。こんな社長がいて、こんな役員がいて、こんなボケとツッコミを繰り返すビジネスライフがあったらウケるなとせっせと書いた作品です。


 仕事の世界は甘くない。

 毎日つまらないお仕事をしている大人の皆さん。

 これを読んで、


 「こんなのありえねー」


 と、書籍ではないので壁に叩きつけることはできませんが(代わりにスマホを叩きつけるともれなく自分が損をする)、気持ち的にはそれをして私を馬鹿にされてもよろしいのです。でもね、


「現実がこうだったらウケんのにな」


くらいの気持ちで笑って読んでいただいて、しばし、辛い現実を忘れていただけましたら。


お笑いばかりの中にも、現実がこんな風であってほしいなという気持ちを込めて書いております。

実際は自分もつまんねぇ日常の中で、神谷秀みたいに生きたいな、もし。と思いながら生きていて、しかし、実際はむしろ中川くんよりの人間かもね。


崇、お前の気持ち、わかるわぁと思いながら、書いてました。


最後まで崇くんにおつきあいいただけましたら。それと、この人は尊敬に値するマイペース娘、春菜ちゃんを見守ってくださいましたら。


2022.07.06

汪海妹












   1 異分子を入れて異分子から学ぶ












飯塚春菜













株式会社 フォンテーヌ 代表取締役 神谷秀 


わたしの働いている会社の社長の名前と肩書きです。そして、その右腕と言われている人が、中川崇。バイトの面接で、わたしをとりあえずの子と命名して採用した人。


「づかちゃんはさ、ここにいて」

「こんなスパイみたいなこと、本当に必要ですか?」

「こういうのは肌で感じて場数踏まないとさ」

「じゃあ、別にこそこそ隠れないで横に座ってたらいいでしょ?」


中川さんは、はははと笑いました。わたしは椅子に座っていて、中川さんはすぐ近くに立ってた。


「あのね。2対1と1対1で、人って全然違うからさ。何か理由がない限りは面談は1対1にしなさいって言われてるの」

「そうですか」

「はい。だから、ここにいて」

「……」

「くしゃみとかしないでね」


そう言われてパッと中川さんを見上げる。


「言わなきゃしないのに」

「なんだそりゃ」

「そういうの、ありません?言われたら、しちゃだめだ。しちゃだめだって思ってしちゃうこと」

「ああ、もう、そういう話は後にして。忙しいんだから」


最後にそう言われてしまう。そう言って中川さんはチラリと腕時計を見ると、わたしの前の衝立の角度を少し直すと、踵を返して行ってしまった。いつものように姿勢が綺麗でした。もともとは高級ホテルやレストランでウェイターをしていたせいか、歩き方とかいろいろ綺麗なんです。本人は最早無意識だと言っている。


そして、わたしはうちの会社のレストランの一つの個室の衝立の後ろにこっそりと座って、衝立のスキマから覗きをしている風になってしまった。上司命令です。


人間監視カメラ?盗聴器?なんだろ。


あー、くしゃみとかお腹なったりとかしたらどうしよう?ドキドキする。


かちゃりと音がした。


「そこ、座って」


中川さんが戻ってきた。もう一人の社員を連れて。二人がガタガタと個室のテーブル席に着いた。


「で、なんか僕に直接話したいことがあるって……」

「前から言ってるじゃないですか。いつまでこんなこと続ければいいんですか?」

「こんなことって?」

「僕、レストランでウェイターするためにこの会社入ったんじゃないんです」


若いイライラした声を衝立の向こうから聞く。


「企画部希望です」

「うん。知ってるよ」

「いつになったらセントラルに入れてもらえるんですか?」

「君は、セントラルで何をしたいの?」

「何回も言ってるじゃないですか。新規店舗とかの企画とか立ち上げに携わりたいんです」

「それはどうして?」

「こんなとこで食べ物や飲み物運ぶよりやりがいがあるから」

「どうして食べ物や飲み物運ぶのにはやりがいがないのかな?」


若者はふっと少し笑ったようだった。


「こんなん、俺じゃなくたってできる仕事じゃないですか。誰だってできる」

「……」


中川さんが無表情に彼を眺めているのが見えました。


「あのね、高梨君」

「はい」

「一つの会社の仕事っていうのはね。いろいろあるんです。食べ物や飲み物を運ぶ仕事もそのうちの一つです。仕事はね、選べないんです。基本的に。どうしてかわかりますか?」

「……」


不服そうな顔で、中川さんを見ている。


「みんながみんな仕事を選んで好きなことばっかりしていたら会社が成り立たなくなるからです」


とてもシンプルな答えでした。たしかに。


「でも、他の人はどうかわからないけれど、僕はウェイターをするようなレベルの人間じゃないです。こういうのはもっと下の人がすることでしょう?」

「下の人って?」

「バイトとか」


中川さんが無表情に高梨くんを見ています。本当はため息をつきたいに違いない。


「僕は神谷秀の経営を学びたくてこの会社に入ったのに」

「経営を?」

「そうです。夢を持って入ってきたのに、いつまで経っても毎日肉とか魚とか運んでたら時間を無駄にしてしまう」

「あのね。でも、うちの会社の方針で、まずは現場をしっかり掴んでもらうことから始めてるんです。それは採用面接の時から何度かに分けて説明していますよね?」

「じゃあ、いつまで我慢すればいいんですか?」


それからは似たようなやりとりが繰り返された。中川さんは一度もため息をつくことも苛々とした気持ちを声に滲ませることもなく淡々とその相手をするのに付き合いました。忙しい人なのに、よくイライラしないでいられるなーと感心しながら見てました。


「もういいよ」

「あ……」


いつの間にか終わってた。煮え切らないままの彼が部屋を出て行って、衝立の陰から覗き込んでる中川さんがいる。


「どうだった?」

「時間の無駄」


そう言ったら、はぁーとため息をつかれた。


「さっき一回もついてないのに、わたしにはつくんですか?」


ちょっと不服でした。そして、その後、お腹が鳴った。わたしの。


「お昼、そういえば食べてなかったな」

「すみません……」


今でよかったな。今で。


「漫画みたいだな。普通は腹ならすまで腹すかせないだろ。ダイエットでもしてんの?」

「ならないですか?わたしは結構なります」


笑われた。


「不便な体だな」

「どんな時、不便ですか?」

「いや、デートしてる時とかなったら恥ずかしくない?」

「中川さんはなりませんか?」

「なりませんね」


そうか。ダメか。恥ずかしいことなのか。女として。

中川さんがテーブルの方へ戻ると荷物を片付けている。


「何か食べに行こう」

「お店で食べないんですか?」

「今日は敵場視察に行こう」


我々の場合、お昼も仕事になります。近辺の人気店を選んで足を向ける。この人は足が速いので、気をつけないと置いていかれる。足の長さの違いをもう少し考慮していただけるとありがたいのだが……。ま、しょうがない。若干、心拍上げていこう。がんばれ。自分。


「あ、でも、づかちゃんには似合うよね」

「何がですか?」

「おなかなるの」

「はい?」


信号待ちで笑いながら中川さんはそう言った。


「健康的でいいよね」

「そうですか?」

「そうですね」


信号が青になって歩き出す。


「セクハラぎりぎりですよ」


そういうと横でぶっと吹き出した。


「勘弁してよ。お腹の音くらいで」

「でも、人によっちゃ怒りますよ」

「馬鹿にしないでよ。言ったら怒る人と怒らない人の区別ぐらいつくよ」


ま、確かに自分はこのことぐらいで怒らないし、傷つきもしない。それから、近くの人気のフレンチに入って向かい合わせに座る。お互いメニューと睨めっこした。


「食前酒、選びなさい」

「えー、酔っちゃいますよ」

「酔うな」

「いや、酔うのは自然現象だし」

「仕事だと思えば酔わないって。それに仕事だし」


いい仕事だなぁ。どれどれ。


「これ」

「これにしなさい」


一つ選んで指差すと拒否された。いや、選べって言ったよね?


「なんで?」

「若い女の子にこれが人気だとそういえば書いてあった。どっかに」


確かに、仕事だぜ。


そして、それに合わせてと中川さんがメニューを真剣に見ている。

定番メニュー。人気メニュー。そのお店の話題になっているものをチェックする目的があるんです。飲み物と食事の相性も測らなければならないし、客層とその値段にも注意が必要です。

しばらくしたらウェイターが来る。

結構いろいろ細かく注文しながら、オーダーしていく。目が怖いです。中川さん。


「ドレッシング、お選びいただけますか?」

「何があるの?」

「醤油のドレッシングと洋風の」


若干、中川さんのオーダーにタジタジしていたウェイター。ここで完全に滑った。


「洋風って、なんですか?」

「あの、フレンチドレッシングです」


チーン


冷たい目で中川さんが相手を見ている。

グラスのお水を飲みながら、この人、多分バイトだなと思いながら若干(向こうに)同情しながら見ていた。


「そのドレッシングの中には塩と胡椒とビネガー以外に何か入っていますか?」

「あ、聞いてきます」

「ああ、いいです。その、フレンチで」


ウェイターがお辞儀をして行ってしまうと、中川さんは窓の外を眺めて、ため息をついた。


「あの、自分のお店のウェイターじゃないし、そこまで中川さんがガッカリするというかなんというかしなくても」

「まざまざと……」


腕を組んだまま軽く目を閉じて、しかめ面をしている。


「今、自分がここでこうしている間に、うちの系列の店のどこかで似たようなことを誰かがやっている。誰かが……」

「いや、大丈夫ですから。大丈夫」


このお店、安くないんですね。安くない店であの応対はないよね。


そして、サラダが来て、ドレッシングが来た。彼のいうところのフレンチドレッシング。


「あのね、君」

「はい」

「これ、パセリ入ってるよね」

「え、あ……」


言うな。中川。その人はうちのバイトじゃないぞ。わたしはパセリ平気です。


「パセリは嫌いな人もいるから、事前に言わないと」

「すみません。お取り替えします」


青くなったその若い子が、ドレッシングの容器に手を伸ばすと、それを手で制した。中川さん。


「僕は好きだから平気です」

「え?」


その時、一瞬だけどその男の子の顔に、なら言うなよ、という表情が浮かぶ。

その表情も見逃しませんでした。中川さん。

やべ、上の人呼んでくれとか言うか?言うのか?テーブルの上のフォークとナイフを無意識にぎゅっと握りながらハラハラした。

ちょっとしたサスペンスを見ている気分です。心拍上がってるけど?


「次から気をつけな」

「……」


不満そうな表情を隠せない未熟なウェイターは去って行った。


「これでこの値段かよ」


すっかり機嫌が悪くなってしまいました。


「ね、中川さん、せっかくのランチが不味くなりますよ」

「仕事で気分が悪くなるのはしょうがないですよ」


そうでした。経費で落ちる。このランチは仕事です。仕事な顔に戻ってサラダにフォークを立てる。


「あ、おいしい!」

「そうだよ。おいしいんだよ。この店」

「初めてじゃないんですか?」

「この中をやっている人を知ってるんです。前、別のところでやっている時から知ってる。確かな人ですよ」

「パセリってドレッシングに入れるとこんなふうになるんだ」

「パセリってイタリアンやフレンチではもっといろんな形で食べられてるんですよ」

「ふうん」

「体にもすごくいいの。ただ、日本人には苦手な人が多いから、上手に勧めないと」

「じゃあ、使わないほうがいいのに」

「そうじゃないでしょ」


不機嫌な顔になってたのがちょっと笑った。


「上手に勧めながら新しいものを食べてもらう。新鮮な思いをできるから、高いところに食事にきて楽しかったねって思えるでしょ」

「なるほど」

「どんなに美味しいものを作っても、あんな説明されたらな。しかもあの表情」

「あー」


確かにあれはなかったな。

食事の手を止めてしばしぼんやりとまた窓の外を見つめる。その顔を見ながらこちらは食事を続ける。


「何が楽しくて生きてんだろ」

「え、ええ、いや、そこまで言わなくても」

「仕事ってなんだと思ってるんだろ」

「……」


さっきの面接で能面の様な顔で我慢してたぶり返しが来た様です。


「ま、飲んでください」

「何杯も飲んだら、酔うよ。仕事中だし」


なんだか不毛なやりとりをさっきからしています……。


「さっきの高梨くん、本人の希望通りセントラルに引っ張りますか?」

「改心しない限りあり得ません」


話題を換えようとさっきの社内面談について話題にすると、すっきりさっぱり切られました。


「会社は自分を中心に回ってるんじゃないんだよ。お客さんという他人を中心に彼が回り始めない限りは永遠に店舗をあちこち巡回させる」

「辞めちゃいますよ」

「その時はその時だよ。うちはサービスでお金を儲けてるんだよ。サービスの何たるかがわからないうちは企画させるなんてあり得ないから」

「サービスって例えば、このドレッシングはパセリが入ってますよって説明できることですか?」

「お客さんのために何かしたいと思うことです」

「あ、なるほど」


シンプルだな。


「仕事というのは他人のためにすることです。自分のためにすることではありません」

「ほぉー」


食前酒片手に感心していると、じっと見られました。


「ただただ感心してないで、次は僕の代わりにづかちゃんが下の人にそういうことを教えて回って」

「ええっ!」


観客のつもりでいたら言われた。


「そんなん、無理無理無理」

「僕だって教わったことを教えてるだけ。自分で考えたことじゃないよ。全部」

「え……」

「だから、づかちゃんにだってできるの。そうじゃなきゃ回らないよ。人はどんどん増えてくしさ」

「教えた人って篠崎マネージャーですか?」

「そう」


篠崎さんはフォンテーヌにいる人で、わたしたちの会社のサービスの元締めのような人なんです。


「食事の説明をするときは、相手をよく見て勧め方を変えなさいって言われた」

「勧め方ですか?」

「簡単に言えば、ベタベタとたくさん話しかけられるのが好きな人もいればそうでない人もいる。フレンチに詳しい人もいれば慣れていない人もいる。その様子を感じ取って、慣れていない人には多めに説明しなきゃいけないでしょ」

「ああ、はい」

「だけど、その時の態度も気をつけろと」

「態度?」

「相手が望んでいるウェイターを演じろと言われたんだよ」

「え、ええ?」

「知り合った瞬間に相手がまるで自分の家でくつろいでいるように安心できるような存在になりなさい。でも、相手によってウェイターに望んでいる態度や雰囲気、口調は違うんだって。テンポも」

「……」


絶句した。


「そんなんできる人いるんですか?」

「篠崎さんはできるよ」

「……」

「僕は働き出した時から何度も、篠崎さんを横で見てきたからなぁ。あの人が給仕すると魔法のようにその空間のレベルが上がるんだよ」


わたしはフォンテーヌに佇む篠崎さんの様子を思い浮かべました。わたしも確かにその瞬間を見ただろうかと思いながら。


「レストランという美しい箱があるだけでも、美味しい料理があるだけでも足りない。そのレストランを本当に居心地のいい空間に仕上げるのはウェイターやウェイトレスなんだよ。わかっている人が少ないのだよね」


ウェイターなんてレベルの低い人がする仕事だと言っていた高梨くんを思い出す。よくさっき中川さん我慢してたな。


「高梨くんにもガツンと言ってやったらよかったのに」

「そしたらどうなる?」

「……やめる」

「採用して今までかかった経費や手間は振り出しに戻る」

「なんであんな人採用したんですか?」


笑った。笑われた。


「あのね、づかちゃん。最初っからサービスとは何かとか仕事とか何かとかわかってるような人なんていないんだって」

「でも、採用はお店上がりの子のほうがいいと思います」


自分もバイトあがり。バイトで働いた後に本社の採用面接を受けました。今も、正社員採用はバイトからの応募と外部からの応募と二つを受けている。高梨くんはちなみに外部からの応募です。


「お店上がりのみに絞っちゃったらどうですか?」

「それだとね。偏りが出るんです」

「偏り?」

「新しい血を入れるといったイメージなのかな?フォンテーヌが好きな人ばかりで集めると意外とうまくいかないんだよ」


いや、うまくいくだろ。そこ。


「異分子を入れて異分子から学ぶ」

「あー、それは、社長が言ってることだ」

「そうだね」


神谷秀は変な人。変なことを言う。中川さんが不意に口調を変えて神谷秀の真似をする。


「常に自分が正しいと思ってはならない。そこから退化が始まる」

「そう言うこというから、なんかカリスマとか騒がれるんですよ」


うちの社長は、外面がなんかいいんです。本人以上に賢く見えるんだよ。でも、実際の本人はそのイメージとギャップがあるというか、いや、悪い人ではないんですが。


「それで、中川さんが苦労してんですか?」

「いや、でも、づかちゃん」

「はい」

「一理あります。こいつ使えないって簡単に切ってまた新しい人を雇っても、似た様な人が来るだけです。そんなに最初っからすごい人なんていないんだって。話し合って分かり合ってお互い成長できる方法を探らないと」

「なんか世界平和にも通づる考え方ですね」

「いいから、早く食べなさい。冷めるよ」


そうそう、あんまりのんびりしているわけにもいきませんでしたね。魚のソテーを頼んでた。一口口に入れる。


「美味しいっ」

「こんなとこで働いてないでうちに来ないかな」


ボソッという。食事をしながらも引き抜きのことに思いはせる上司でした。


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