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先輩は言うことを守らない

言った端から水瀬先輩は隣の席に座っている。

今朝までほとんど面識がなかったというのに、もはや数年の付き合いかのような安定感だ。


私がここにいることは全く不自然ではないと、その顔・表情・座り方・話し方が物語っている。いつもならこの時間は食堂かコンビニに行って昼食を食べるのが日課なのだが、水瀬先輩がいるとなるとそうはいかない。


仏のような顔でスンと座っている俺の横顔に、手作り弁当をちらつかせる水瀬先輩。確かに可愛いが、ミートボールを無理やり頬に押し付けてくるのはやめて欲しい。


「あの…、さっきの約束を守っ――」

「はい、あ~ん」


コンビニ弁当のと同じくらい冷えているはずなのに、まるで出来たてのような温かさを感じる。目を瞑りさえすれば周りの目を意識することもなく、このイチャイチャ昼食を楽しめ――。


…違う!!こんなことしてはいられないんだ。

はっと目を開くとこちらを凝視する社員らの目が己の羞恥心をこれでもかと煽る。それでも「あ~ん」に抵抗しきれず箸を迎え入れてしまう自分の口が一番恥ずかしい。


不意にデスクの白電話の「内線」を示すランプが赤く光って、俺は慌てて受話器を上げた。仕事がらみの連絡かもしれないので、水瀬先輩も一度箸を置いてこちらをじっと見つめている。


「はい、黒崎です。」

「もしもし、お前どういう風の吹き回しだぁ?」


その声の正体に息をつく。

同期の清水だ。聞いたところ怒り心頭に達しているようではあるが、その少年のような声に恐怖心は全く動かない。


「なんだ、どうした?」

「絶対に抜け駆けは許さないぞ!!」


清水が無駄に大声で怒鳴るものだから、俺はたまらず受話器から耳を離した。まるで受話器の小さな穴から唾でも飛んでくるんじゃないかという勢いで、清水は喋々しく何やら言っている。


俺は受話器をすっと下ろして斜め前の席に顔を向けた。


「おい、清水。直接話せよ。」


清水は俺から見てすぐ斜め前の席なのだ。実は電話を取った時から勘付いてはいた。昼食中に電話をしてくるような無礼な社員などそういない。


「うるせぇばーか、誰がお前なんかと話すかよ。」

「こら!黒崎君にそんな酷いこと言わない!!」


水瀬先輩はむくっとした表情で清水を叱りつける。一方の清水は怒られたというのに少しニヤつきながら「すみませぇん」とデレた口調で頭を掻いた。


なんて気の抜けたやつなんだ。

けど、俺も水瀬先輩に怒られたい気持ちはある。何か悪いことしようかな…。


昼食中の水瀬先輩は仕事中と打って変わって可愛いさが爆発している。いや、仕事中も顔が可愛いのは変わらないのだが、事業開発部のプロジェクトリーダーとしてグループの指揮を執っている先輩はすこぶるかっこいいのだ。


ジャケットの裾をまくりパソコンに向かう姿勢は可愛いよりもかっこいいが勝つ。それでも、長い指に白くて華奢な腕は、男に守りたいと感じさせる魅力を秘めているから罪な存在だ。


弁当を食べる水瀬先輩の仕事中とのギャップに見惚れていると、再び電話機が鳴り始めた。また清水が何かごちゃごちゃと言ってくるのだろう。あいつは粘着深いところがある。俺と水瀬先輩の楽しい昼食を邪魔しやがって。


少しカッときた俺は受話器を取り上げると、耳には当てず強気で言い放った。


「なんだよ、暇ならジュース買ってこい。」


しばらくしても清水の声が漏れて来ない。清水ならうるさいほどの声で言い返してくるはず…というか、斜め前から声が聞こえるはずだ。


ぱっと清水の方を見ると、悠々とスマホをいじりながらコンビニ弁当をつついていた。俺はようやく事態の重大さに気付く。次第に受話器を持つ手が震えてきて、自分の言った言葉が脳内で何度も再生された。


俺はそっと受話器を耳に当てると、弱々しい声を発した。


「あのぉ黒崎ですぅ。」

「…堀内だが。」

「ぶ、部長!?」


よりにもよって部長かよ…。

最悪な相手だった。下手すれば謹慎処分とか…。まぁ、それはないとしても俺への心証は圧倒的に悪くなってしまっただろう。これまで陰キャとして一生懸命仕事に励んできたというのに、この一瞬で不真面目社員としてのレッテルが貼られてしまったかもしれない。


「少し話があるから、ジュースでも買いに行こうか」


俺はデスクに頭を叩きつけながら、受話器から漏れる渋い声に限界まで謝罪した。

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