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あの美人の先輩

大きな窓に張り付く男から一言大きな声が出る。


「水瀬さんが到着するぞ!」


その名前を聞くなり事業開発部は突然騒々しくなった。ある男は鏡を見ながら髪の毛をチョンチョンとつまみ、ある女はブレスケアを二粒口に放り込む。


これは毎朝の恒例行事だ。そしてこの大騒ぎは我々の部署内だけには留まらない。それぞれの部署に見張り役と称した人材が配置されており、窓から水瀬先輩が出勤するのを確認している。


だが、俺だけは全く何もしていない。

それはなぜか。


俺だって入社1年目の頃は毎朝1時間もかけて髪の毛をセットし、脱毛にまで通ったもんだ。そりゃあんだけ美人な先輩と会えるんだから、一握りの奇跡でも握りたいに決まっているだろう。


しかし2年目になって、俺は悟ってしまったのだ。


付き合うのはもとより話すのすら無理だと…。


そもそもあの陽キャ女子が俺みたいな陰キャと絡むタイミングなんて早々ない。「宝くじは買わないと当たらないよ~」なんてことを言う人がいるが、俺はその宝くじを買うことすら許されないのだ。


というのも…。


「水瀬さぁああん、おっはっよおお!!」

「水瀬さん今日もお綺麗ですね!いや可愛い!!」

「水瀬さん、昨日の飲み会で変なことされませんでしたか!?」

「水瀬さん、昨日お話しした伊藤ですが、覚えてらっしゃいますか?」


――というわけだ。

こんな状況で俺が話しかけになんて行ったら、社内的に弾圧され死んでしまう。


部署の入り口には、水瀬先輩の入社を心待ちにしている水瀬親衛隊が集まっており、その圧倒的な熱量に陰キャの俺は付いていけない。


当の水瀬先輩は、ベージュのジャケットにセットアップのスカートをひらひらさせて笑顔を振りまいている。いろんな方向から声をかけられるものだから、身体をクルクル回しすぎてスカートが舞い上がりそうだ。


ジャケットの中に見える純白のブラウスは、身体のラインを曖昧にさせているものの、それでもはっきりと分かるたわわさは、水瀬先輩が男性社員から支持を得ている理由の1つだ。


「黒崎君!おはよっ!!」


ぼんやりと部署の入り口にできた人集りを眺めていると、その中から聞き馴染んだ名前が飛んできた。


聞き間違えじゃない、俺の名前だ。

――な、なんで水瀬先輩が俺の名前を!?


人集りの目が一斉にこちらを向いた。笑顔で手を振る水瀬先輩の後ろで、黒い顔をした社員らの目が光る。俺はその眼力にガタガタと震えながら、「お、おはようございます…。」と小さな声で呟く。


急いで仕事に戻らなければ…。

何事もないように仕事を始めなければ俺の社内人生が終わってしまう。


「あれ~?もしかしてさ…。」


様子のおかしい俺に気がついた水瀬先輩が、不穏な笑みを浮かべてゆっくりと歩み寄ってきた。俺の汗は止まらない。自分の脇が冷たくなっているのが分かる。


余計なことを言わないでくれよ…。

別に何もないのは分かってる。やましいことなんてあるはずもない。だが、俺のような陰キャが水瀬先輩に声をかけられるだけでも、大きな問題なのだ。


「もしかして、いつもみたいに勇くんって呼んで欲しかった?」


―――終わった。


意味が分からない。

全く意味は分からないけれど、速攻で辞職願を出さなければ家族にまで被害が及んでしまうと本能が叫ぶ。このままでは日本で暮らせなくなってしまうかもしれない。


「い、一体何のことですか?」

「ひどいよ~、あ、会社ではダメだった?」


こうして、社内のアイドル・水瀬先輩との日常が始まった。

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