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閑話 剣心一体ゆえに――

※必ず、前話から読んでいただければ幸いです。

   †  †  †


 ぽつりぽつり、と御堂沢氷雨(みどうさわ・ひさめ)は一言一言噛みしめるように語り始めた。


「御堂沢家は剣神の眷属、そう言われています」

「……あ」


 氷雨の言葉に、岩井駿吾(いわい・しゅんご)は思い出す。剣神の眷属、その言葉を前に一度聞いてことがあるからだ。


 ――勘違いするな、剣神の眷属。


 あの『新宿迷宮』で氷雨の兄である御堂沢時雨(みどうさわ・しぐれ)が、ガーゴイル・プロトであるガウェインにそう呼ばれていた。


「……これは、比喩でもなんでもありません」

「え……?」

「祖父は、契約したんです。本物の剣神と――その剣神の名こそが佐士布都神(さじふつのかみ)、代々御堂沢家が修めてきた怪異を討つ剣術()()一刀流の祖とも言える剣神……布都御魂(ふつのみたま)こそが、私に宿る“彼女”です」


   †  †  †


 そう言い切った氷雨は、ひとつため息をこぼす。家族以外に一度も話したことのない、自身の秘密。それを口にするのには、やはり勇気が必要だった。

 それが駿吾でも……いや、駿吾だからこそか。


「“D”チルドレンはご存知ですよね? 紫鶴さんやセリーナさんが、そうですから」


 実のところ、氷雨が藤林紫鶴(ふじばやし・しずる)と意気投合したのも、そんな似た境遇があったからだ。厳密には違うが、自分でないなにかを宿す者同士――最近ではセリーナも含め、想いを共有し合っている。

 そんな女性陣の意気投合を知ってか知らずか、そのきっかけとなった駿吾はおずおずと頷く。


「う、うん……」

「私は厳密には違うのですが、“D”チルドレンみたいなものだと思っていただければわかりやすいかと……ただ、一度《変身(トランス)》してしまえば、私という存在は完全に消えて、ただ一振りの神剣になってしまうだけで」


 元より佐士一刀流の剣士と剣神は、一対の存在だ。神剣となった剣神を、佐士一刀流の剣士が振るう――そうすることで、この国を守る護国の剣士となる。それが祖父と布都御魂の契約だった。

 Sランクとしてこの国の危機に、初代とも言うべき祖父や先代の父は布都御魂を手に挑む、討ち勝ってきた。


「でも、私という布都御魂の宿った器のために……兄は、それを拒んでしまいました」


 御堂沢家現当主である時雨は、布都御魂との契約に抗ってしまったのだ。ならば、それでは自分の妹は――氷雨は、なんのためにこの世に生を受けたのか? 神剣になるだけの、消えてなくなるために生まれたというのか、と。


「祖父は妹を、父は叔母を……それぞれ、布都御魂という神剣として振るっていました。その姿を、見ていたからでしょう」


 かの“迷宮大災害ダンジョン・カタストロフィ”初期、ソレが必要になるほど人類は追い詰められていた。

 誰だってそうだ、何億もの生命とたったひとりの生命。どちらに価値を置くかなど……そう、()()()()()()()()()

 だが、肉親を……たったひとりのかけがいのない誰かを犠牲にして力を手にした者は、そう割り切れるだろうか?


「兄からすれば、たったひとりの妹のために……だったのでしょうが。布都御魂からすれば、それは裏切り以外のなにものでもありません」

「…………」


 ――道具でいた方がよかった、駒でいた方がいっそ……なのに、なのに、どう、して……。


 さっきの悲痛な“彼女”の声が、耳の奥に蘇る。きっと、布都御魂は知ってしまったのだ。護国のために望まれた自分が、なにを犠牲にしてしまっていたのか……氷雨という人生を共に生きることで。


「私が探索者(シーカー)としての道を選んだのも、その億分の一でも埋め合わせができるなら……本当に、その程度のことだったんです。私は兄ほどの剣の才はありませんでしたが……」


 氷雨が、そう自嘲気味に笑う。神剣という強大な力と比べて、自分のなんと非力なことか――自分が神剣になった方が、どれだけ多くの生命を、人生を、未来を救えるだろう? その苦悩は、今でも氷雨に強く根ざしている。


「……それでも、兄に感謝しているんです。だって――」


 もしも神剣となってしまっていたら、自分はここにはいない――駿吾とも、出会うこともなかったのだから。

 言葉にはせず、その想いを飲み込みながら氷雨は小さく微笑んだ。


「岩井さん、覚えてますか? 村雨に名をつけてくれたときのこと」

「……うん」

「あれ、すごく嬉しかったんですよ。ああ、私で良かった……私でいいんだって」


 氷雨の一文字をもらって、村雨と名付けられたゴブリン。駿吾からすれば、氷雨との触れ合いで知った優しさを忘れてほしくなかったからこその名だった。


 それでも、氷雨にとっては救いだったのだ。弟がいたらこんな感じだったのだろうと……なぜ兄が自分という存在を消してしまうのを拒んだのか、少しだけわかった気がしたから。

 生まれて初めて、布都御魂の器ではない御堂沢氷雨という少女が生まれた、生きてきた、価値ができたのだと思えた――。


「……ただ、それも布都御魂には残酷、だったのかもしれません」


 だって、その喜びは“彼女”の存在の否定だ。望まれながら拒まれ、また延々と氷雨の中でそれをまざまざと見せつけられる日々は、“彼女”にはきっと耐え難い苦痛で――。


「そ、れは……どう、かな?」

「――え?」


 氷雨の言葉を否定したのは、駿吾だった。駿吾は右目の視線を泳がせ、やがて自分の中で噛み砕いた想いの欠片を言葉にして口にした。


「確かに、残酷かも、しれないけど……それだけじゃない、気もするんだ」


   †  †  †


 駿吾も、自分がどうしてそう思ったのかわからない。ただ、なんとなく――言葉にすればそうとしか言えない、彼自身の共感能力ゆえだ。


「本当のところは、“彼女”にしか……ううん、きっと、“彼女”にも、わからないんだろうけど……」


 それでも、氷雨が感じた喜びをただ“彼女”にとって残酷な()()とは思えない……思いたくは、なかった。


「だって、あんな、風に……泣ける、子なんだ、から……」

「――――」


 氷雨は、吸った息を止める。目の前が暗くなるような感覚と、ストンとなにかが胸の奥に落ちる感触……剣神、あるいは神剣をまるでひとりの少女のように受け止める駿吾だからこその言葉は決して不快ではなくて。ちょっと、()()()ぐらいだった。


「なに、か……“彼女”に、してあげられることが……あれば、いいんだけど……ね」


 そう自嘲気味に苦笑する駿吾に、氷雨は答えない。答えず、コツンと氷雨は駿吾の肩に額を置いた。その感触と温もりに、駿吾がビクっと身体を硬くする。

 拒絶ではない戸惑いを駿吾から感じながら、氷雨は小さく笑みをこぼした。本当に、この人はどうしてこうなのだろう――そう思ってしまえば、発作的に笑いさえこみ上げてしまう。


「……そうですね。“彼女”にあなたがなにができるのか、良ければ考えてあげてください」


 実は氷雨はその答えをもう知っている――しかし、それを氷雨が言いたくはなかった。それは御堂沢氷雨のちょっとした意地で……嫉妬からくるものだった。


 ――だって、私よりもあなたの方がこの人の役に立てるんですから。


 だからこそ、言うのなら“彼女”の口からでないと嘘だ。すべての者が丸く収まるたったひとつの冴えたやり方――それは確かに存在する。でも、そこに氷雨の意志は介在できないから……駿吾と“彼女”の選択なのだから。


 だからこそ、氷雨はきっと生まれてからずっと一緒にいた“彼女”に対して、初めて意地悪をする。姉とも妹ともわからない“彼女”が、自分の口で言ってほしい、と。


(そのぐらいの意地悪、許してくださいね? だって……()()なんですから……)


 そんなことを、戸惑いながらも優しく背中を撫でてくれる駿吾の手に心地よさを感じながら氷雨は思わずにはいられなかった。


   †  †  †

随分と面倒くさく、そして、きっと避けられない物語なのでしょう。

ええ、実はこの章の主題がコレです。いや、きちんとこれが語れるところまで来て良かった……とホっとしておりますれば。


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― 新着の感想 ―
読み始めてみたら予想よりも面白くて連載再開期待してしまいました
[良い点] ああ、面白かった。続きを読めない事が残念です。ご冥福をお祈りします。
[一言]  フツノミタマノツルギか。一本だたらが主人公の漫画だと、自分をもっと強く鍛えろってパワハラを働いていたっけか。
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