70話 寄りかかるということ 支えるということ~四者四様の“彼”との関係~
† † †
「…………」
藤林紫鶴は、一言も発することなく部屋の隅で膝を抱えていた。膝に顔を埋め、ずっとずっと――どれだけたっただろう、不意に部屋の扉がノックされた。
「――いるじゃない。返事くらいしなさいって」
「あ……」
ノックはしたからね、ということなのだろう。返事の前に、セリーナ・ジョンストンが部屋へと入ってきた。遠慮の二文字は、彼女に存在しない。戸惑っていたのは、セリーナを止められなかった御堂沢氷雨だった。
「だ、駄目ですよ。セリーナさんっ……ご、ごめんなさい。紫鶴さん」
「い、いえ……」
謝る氷雨に、首を左右に振る紫鶴――簡単に扉を開けられたのが、彼女が突然の来訪を拒んでいなかった証だ。
「アレでしょ? シュンゴが“左目”でクトゥグアを見て、それで自分のせいだー、とか思ってる?」
「そ、れは……」
自分を見下ろすように前に立ったセリーナに、紫鶴は小さく唸る。『新宿迷宮』の時のボレアスもそうだったが、自分はこうもズバズバと指摘されるほどわかりやすいのだろうか?
もしもその疑問を口にしたら、セリーナだけではなく氷雨も肯定していただろう。紫鶴の感情はとても素直で、わかりやすい――それは本当だから。
「あのねぇ、それでシュンゴがあなたに文句を言った?」
「それは……岩井、殿が、優しい……からで……」
「馬鹿ね。そこであなたが責任感じたら、その優しい相手が気に病むって思わないの?」
「あ、う……」
「シュンゴは、欠片も思わないわよ。責任? 馬鹿ね。全部、自分のせいだとか思ってるに決まってるでしょう」
腰に手を当て、呆れたようにセリーナは言う。スタートライン――自己肯定感がまったくない者同士、思考が一緒なのだ。
「あなたが落ち込むとシュンゴが落ち込んで、そのシュンゴを見てあなたが落ち込んで。その連鎖だってわかってるでしょ? それね、世間では負の連鎖って言うのよ」
「あう、あうあう……」
「あの、セリーナさん……もう少し、手心を……」
言葉に打ちのめされる紫鶴に思わず氷雨が止めに入ってしまう。しかし、セリーナはなおも言い切った。
「いい? ヒサメ。こういうのは誰かが言わないと断ち切れないの。なら、言うのは私よ。だって、シュンゴにそんな負担、背負わせたくないから」
ズバズバと断ち切っていくセリーナの言葉を聞けば、ボレアス辺りは苦笑したかもしれない。紫鶴が駿吾の合わせ鏡だとすれば、セリーナはコインの裏表なのだ……その差はとても小さくて、厚い。
「終わったことよ。もう取り返しようがないんだから、だったら反省だけしてすぐに切り替えなさい」
「……う」
ピシャリと言ってのけるセリーナに、紫鶴はたじろぐ。正論だ、まったくもっての正論だが――それができていれば、こうはなっていない訳で。
セリーナはその紫鶴の考えがわかるからこそ、苦笑いを浮べて言った。
「どうせ、あなたひとりで抱えきれるものじゃないんだから。その時は、存分にシュンゴに甘えなさいな」
「え、ええ……!?」
「大丈夫よ、、万が一シュンゴがあなたの重みに耐えられなくても私がいるもの。ちゃんと、シュンゴのことは私が支えてあげるから」
それはマッチポンプでは……? と氷雨は思ったが、口にはできなかった。それぐらい自信満々で、セリーナが言ってのけたからだ。
「ま、あなたぐらいシュンゴは支えてみせるだろうけどね」
「ど、どう……して?」
「ん?」
前髪で隠れた、潤んだ瞳で紫鶴はセリーナを見上げる。その視線を真っ向から受け止めるセリーナに、紫鶴は問いかけた。
「ど、どう、して……そこまで、岩井殿、を……信じ、られる、のです……か?」
あの人は優しい人だ。優しすぎて、脆いところもあって。その脆さを抱えて、なおも前に進んでしまいそうだから、放っておけなくて……そんな紫鶴の想いに、胸に手を当ててセリーナはまっすぐに答えた。
「――当然でしょう? セリーナ・ジョンストンが、戦乙女の私が、心の底から惚れた男だもの」
その答えに、一切の迷いも惑いもなかった。あまりと言えばあまりの返答に紫鶴も氷雨も絶句していると、セリーナは呆れたように返す。
「あなたたちだって、似たようなもんでしょう? 好きな相手ぐらい、信じてあげなさいな」
「あ、う……」
「そ、そうですよ、紫鶴さ――え、え、えええええええええええ!?」
「え? ヒサメは違うの?」
「え? いや、その……え、えええええ!?」
てっきり部外者気取りだった氷雨が流れ弾を食らって目を白黒させる。わいわいがやがやと三者三様で騒ぎ出した女性陣は、もう会話にならない。
湿った空気もどこにやら、ただただ騒がしい場となった。
† † †
『……訳がわかんねぇ』
そんな感情の動きをバーバ・ヤガーの小屋の外で感じ取っていたボレアスが、苦笑交じりに呟いた。念のための門番であるが、守護像としてはこの位置が収まりが良い。
ボレアスの呟きに、隣で付き合っていたセンチュリオンが小さく笑う。
『そうでしょうか? よくある話だと思いますが』
『そうかね? 感情はわかっても、そこに至る経緯がどうにもな』
『それは、あなたが男性人格だからでしょう』
センチュリオンの念話にクスクスという笑みが交じるのに、ボレアスはバツが悪そうに視線を向ける。このアダマンタイトゴーレムは、確かに女性人格であるのだろうが――そこを理由にされては、会話が終わってしまう。
『……オレとしては、主が苦労するなとしか言えんな』
『その時は、あなたの腕の見せ所でしょう?』
『押し付ける気満々かよ……』
『私はマスターの味方ですから。手伝う時は、そちらに誘導しますが?』
『わかってるよ、ったく』
センシュリオンは、この方面においては味方ではない。それはボレアスも承知の上だ。ガーゴイルにせよ、ゴーレムにせよ――モンスターとして、自分の召喚主を優先するのは当然だ。
『ええ、ですのでそちらに関しては相談相手としては不適格かと。他のことなら、少しは力になれると思いますよ』
『そうかい』
こいつ、なにか楽しんでないか、とボレアスは訝しむ。ゴリゴリと頭を掻きながら、ボレアスは密かにため息をこぼす――どうにも、調子が狂っている。主を確実に守れなかった、不覚を取ったという思いが自分の中にあるからだ、その自覚がボレアスにはあった。
だから、今、こんなところに立っている。ガーゴイルとしての基本、守護像の役目を果たして頭を冷やしている最中で……そこまで思い至って、隣のゴーレムの意図をようやく察した。
『……あんがとよ』
『なにがです?』
『勝手に察せ』
『そうですか、ならそうします』
視線を交わすことなく、ガーゴイルとゴーレムは言葉を投げあい――センチュリオンが笑みを含んで言った。
『――どういたしまして』
† † †
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