7話 刃の心と書いて――(前)
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【コード《W・H》についての報告書】
四月●●日、早朝よりDランクダンジョン『六道迷宮』に向かい牛頭鬼と契約。戦力の補強を行なう。
帰宅後、普段通り契約モンスターと会話を行ない軽い筋トレを行なった後に二一時に就寝。
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『主、家を買おうぜ、家を!』
「……はい?」
家賃月四万円のワンルームのアパート住まいの岩井駿吾は、唐突に自分が契約したモンスターの言葉に面食らった。
「……どうして、急に家?」
『いや、前から思ってたんだけどよ。オレ、ガーゴイルだろ?』
「うん、そうだね」
ガーゴイルの声は“魔導書”の中から直接脳内に聞こえてくる。二メートルのでかさに背中に翼持ち――もちろん、こんな小さな部屋でそんなガーゴイルを外に出したが最後、パーソナルスペースなどというものはなくなる訳で――。
『ようは、魔除けの像な訳。門番とか守護とか、それが本職なんだ。だから、本能的に建物とかの入り口とかにいる方が落ち着くんだよな』
「……ああ、そういう」
探索者協会から紹介された物件とはいえ、さすがにガーゴイルを部屋の扉の前に置いてく訳にはいかない。周囲の住民から、間違いなく通報される案件である。
「……庭のある一軒家だったら、確かに?」
『だろう? だから、買おうぜ! 家』
一五歳の、ついこの間まで普通の中学生だった駿吾からすれば、持ち家などと言われてもピンと来ない。このワンルームの一人暮らしでさえ、駿吾にとっては冒険だったのだから。
「今は借金を返すのがせいぜいだから。お金が貯まったら、その時考えよっか」
『おう! それでいいぜ! こう、教会みたいなでっかい石造りなオレに似合う感じでさ――』
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――補足。
現在のワンルームから自宅の購入を考えている模様。その場合、監視がより困難になる恐れあり。
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【コード《W・H》についての報告書】
四月●◆日、本日はダンジョンへは向かわず休養した模様。早朝六時に一度のみ外出、近所のコンビニにて購入した通販の物品を回収したのみ。
帰宅後、購入した本を読書後、契約モンスターと会話を行ない軽い筋トレを行なった後に二一時に就寝。
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「……ガーゴイルの言う家って、こう……規模が大きくない?」
『探索者の稼ぎなら楽勝だって。ほら、次のページめくってくれよ!』
「……うん」
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――補足。
ああいう石造りの建造物って、日本では耐震性の問題であまり建てられていないのではないでしょうか?
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【コード《W・H》についての報告書】
四月●△日、早朝より破壊予定のFランクダンジョンに向かい、一時間ほどで破壊。ダンジョン内に出現するモンスターと手当たりしだいに契約している節あり。小悪魔とはいえ、二〇体以上集まると正直怖いです。
帰宅後、契約モンスターと会話を行ない軽い筋トレを行なった後に二一時に就寝。
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【個体名】なし
【種族名】レッサーミノタウロス
【ランク】E
筋 力:E (E+)
敏 捷:E-(E)
耐 久:E (E+)
知 力:‐
生命力:E (E+)
精神力:E (E+)
種族スキル
《迷宮の雄牛》
固体スキル
《習熟:斧》:E
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「レッサーってことは、普通のミノタウロスに《進化》するのかな?」
駿吾は“魔導書”を確認、同じ牛頭人身のモンスターでも牛頭鬼に比べると実力の落ちるレッサーミノタウロスのデータに首を捻る。ただ、ダンジョン内にいる時に全能力値のランクを一段階上げる《迷宮の雄牛》という種族スキルは、かなり優秀だ。
今日のダンジョンはEランクモンスターのダンジョン・マスターだったあたり、Fランクらしい小規模なダンジョンだった。
『ま、育ててみればいいだろ。主の場合、いたらいるだけ出せるんだ。どんなのでも出しとけば最低限の盾になる』
「ボクとしてはいい加減、トラップ解除ができるモンスターがほしい……」
『トラップの感知は、オレの《魔除けの像》でできるんだがなぁ――ったく』
「? どうかした?」
『いや、こっちのことさ』
† † †
――補足。
ソロでの探索であるため、トラップ解除のあてがモンスター頼りになっている。今後、課題になりえる問題かと思われる。
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【コード《W・H》についての報告書】
四月●■日、本日はダンジョンへは向かわず休養した模様。家から一切出る兆しはなし。
帰宅後、契約モンスターと会話を行ない軽い筋トレを行なった後に――珍しく、外出。これより追跡を行なう。
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駿吾は無言で、夜の街を歩いていく。目深にフードを被って猫背で歩く姿は、夜中に怪しい男が徘徊している事案で通報されそうな姿だった。
「――――」
左右を確認し、駿吾は突然細い路地に駆け込んだ。ダンジョンで鍛え、日々筋トレに勤しんでいた駿吾は結構な速度で走り――やがて、行き止まりへとたどり着いて立ち止まった。
「――《召喚》」
† † †
『――いい加減にしろよ、お前』
† † †
その言葉に、雑居ビルの屋上から駿吾を監視していた“ソレ”が弾けたように動いた。“ソレ”は完全に混乱していた、なぜ自分の背後にガーゴイルが現れた!?
「――――!」
音もなく足場を蹴った“ソレ”は、まったく姿が見えない。隠れることのできる《隠身》スキル、そのAランクとなれば目の前に立っていても視認できなくなるのだ――“ソレ”にとっては、自分の絶対のスキルが破られたなど考えもつかず。
『ここか?』
無造作に伸ばされたガーゴイルの右手が、見えない“ソレ”の首根っこを引っ掴んだ。
† † †
――駿吾にとって、つい三〇分前にガーゴイルに言われて訳もわからず付き合わされていた。
『――主、一狩りいこうぜ』
(この時間から、ダンジョンに?)
声を出すな、というのでそう思念で会話すると、後はあれよあれよと夜の街を走らされ、召喚までさせられた。ガーゴイルにもなにか理由があるのだろう、という信頼ができ始めていたからこその付き合いである。
『主、マスクつけとけ。今からそっちに行く』
「あ、うん」
フワリ、と路地に降りてきたガーゴイルは、手土産を持っていた。ぷらんぷらんと猫のように首根っこを持たれていたモノ――それは、ガーゴイルが着地するとよく見えた。
「ふわわ!?」
首根っこを掴まれてぶら下がられていたのは、ひとりの少女だった。白髪の長い髪、和紙のように白い肌。顔は長い前髪で目元が隠れているためよくわからないが、駿吾と同い年くらいだろうか? そんな小柄な少女が黒いジャージ姿でガーゴイルに捕まっていた。
「な、なにやってんだよ、ガーゴイル!?」
『こいつ、ずっとオレたち……いや、主を監視してたんだわ』
「……はい?」
『ほら、最初のダンジョンのあの日からずっとさ』
犬の仮面の下で、駿吾が目を白黒させる。監視? なんで!? と思うが、ふと脳裏にひとつの言葉が蘇った。
『おう。ダンジョンをぶっ潰す――見せつけてやろうぜ』
あの時、ガーゴイルはそれぐらいの意気込みで、と言った。だが、違ったのだ。本当に監視していた誰か――ガーゴイルの言うことが正しいなら、目の前のジャージ姿の少女――に、見せつけるためにやってみせたのだ。
『ずっと家でも監視してたみたいだからよ。いい加減ウザいなーって?』
「は? はあ!? どうして言ってくれなかったんだよ!?」
実際、『お前、監視されてるぞ』と言われても駿吾には対処の仕様もなかったと思うが。こういうのは心情的な問題である。それがわかっているだけに、ガーゴイルは素直に謝罪した。
『悪い。もうちょい、敵意とか害意があるか見極めようと思ってな。そういうのがなさそうだって判断できたから、話を聞いた方が早いかなって?』
「あ~う~……み、ない、でくださ、い……」
頬を赤く染め、少女が暴れる。苦しいとかではなく、恥ずかしいという反応だ。それがわかったから、言われた通り視線を外して見せて駿吾が訊ねた。
「……その、なにがなんだか、わかんないんスけど……お話、聞いても……?」
「あ……」
気遣われた、そのことを悟って少女は沈黙する。ぷらーん、と伸びた猫のようになって、少女はポツリ、ポツリ、としどろもどろに語り出した。
「わ、たし、は……ある方の依頼で、あなたを……監視していた、もの……です」
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