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68話 いつだって、なにかが起きるのは突然で

   †  †  †


『お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉん!』


 ダンジョン二階層のフロアボスは、体長五メートル級の巨大なマーフォークだった。巨大マーフォークの雄叫びと同時に生まれた津波――《大津波(タイダルウェイブ)》の魔法に、岩井駿吾(いわい・しゅんご)が告げた。


「南斗、お願い」

『承知』


 南斗の岩石製の斧が床を殴打した瞬間、冷気が吹き荒れる! バキバキバキバキ!! と津波の表面が凍り、凍てついていく――その間隙に、巨大マーフォークは間合いを開けようと後退しようとした。

 それに対して、駿吾はすかさず“魔導書(グリモア)”の表紙に手を乗せて告げた。


「――《召喚(サモン)》」


 駿吾の召喚に応じたのは、同程度の大きさを持つ大具足だった。大具足は一本の朱槍を手に氷を踏み砕きながら特攻、巨大マーフォークも珊瑚製の槍を真正面から受け止める!

   †  †  †


【個体名】なし

【種族名】動く大具足

【ランク】B

筋 力:B (B+)

敏 捷:D-

耐 久:B+(A-)

知 力:‐

生命力:B

精神力:C


種族スキル

《幽体憑依:大具足》

《高速再生》:C


固体スキル

《習熟:槍》:B

《武装:呪詛の朱槍》

《武装:影化》

《豪腕》:D

《鉄壁》


   †  †  †


『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉ――!?』


 ガゴン! と真下から巨大マーフォークが無数の影の槍に貫かれた。腕を、足を、腹を――その影は即座に形を失い、影の鎖となって巨大マーフォークを拘束していく。

 暴れる巨大マーフォーク、そこへ動く大具足は呪詛の朱槍を構え――ズン! と一直線に巨大マーフォークの胸を、刺し貫いた。


『――怨』


 次の瞬間、巨大マーフォークの全身から黒い血が吹き出し、ゆっくりと膝から崩れ落ちる。ガゴン! とボウリング大の魔石が地面に転がると駿吾はその魔石を“魔導書”へと取り込んだ。


   †  †  †


【個体名】なし

【種族名】マーフォーク・ヒュージ

【ランク】C

筋 力:C+

敏 捷:C

耐 久:C

知 力:‐

生命力:C+

精神力:C


種族スキル

《水陸適応》

《魚人泳法》:C


固体スキル

《習熟:槍》:C

《習熟:魔法:水》:B


   †  †  †


『岩井殿、三階層目の扉が開いたのを確認しました』

「うん、ありがとう」


 巨大マーフォーク――マーフォーク・ヒュージのデータを確認していた駿吾は、藤林紫鶴(ふじばやし・しずる)からの『ツーカー』のメッセージに、そう礼を言う。この時点でCランクモンスターがフロアボスであるのなら、最低でもCランクダンジョンは確実だ――しかし、駿吾には危うさはなかった。


「……本当に強くなったねー、駿吾くん」

「そ、そうですか……ね。ボクじゃなくて、みんなが……だから……」


 感心したような篠山(しのやま)かのんの声に、駿吾は戸惑ったように返す。実際、他の人間の補助もなくCランク以上のダンジョンで安定してソロで狩れる探索者(シーカー)は多くはない。


(なるほどなぁ、絶望派が躍起になっちゃうわけだ……)


 かのん自身、派閥だなんだというのに興味はない。しかし、もしも駿吾が敵に回ったら……そう考えた時の懸念も理解できた。自分のように実力の低い探索者では、とても歯が立たない――そして、ダンジョンという檻に囚われずどこにでもスタンピード級の戦力を展開できるのだとしたら? そして、それが文字通り天災ではなく人災として個人の裁量で起こせるのなら、生きた心地はしないだろう。


(そんなことしないって、わかってる人だけじゃないからね)


 駿吾と実際に出会い、触れ合い、語り合えばそんな人間でないのはわかる。しかし、この世界で駿吾を知る者など極々一部の人たちでしかない。

 世の中の人間ひとりひとりと自分と同じように駿吾が語り合えるだろうか、と言われれば答えは難しいと言うしかない。人の数はそれほど多く、多種多様だ。人は未知に対してまず恐怖する……知らない、というのはそれだけで、とてもとても恐ろしいことなのだ。

 そんな恐怖を抱くな、などと言えるはずもなく。ましてや、世界はダンジョンの脅威を“迷宮大災害ダンジョン・カタストロフィ”という形で思い知っているのだから――。


「……ん、まずはここで一回戻ろうか。このダンジョンのモンスターが“再出現(リスポーン)”する期間も知りたいし、“再出現”してなかったら改めて明日は三階から攻略再開で」

「……はい」


 かのんは自分の思考をとりあえず、切り上げる。なんとなく思索してしまうのは、研究者のサガみたいなものだ。しかし、そこに答えがないとわかっていることに費やすのは時間の無駄だ――いつかまた、違う要素を得た時にするべきことだろう。


 かのんが駿吾と共に二階のボスフロアを離れようとした、その時だ。


   †  †  †


『――お前ら、下がれ!』


   †  †  †


 ボレアスの鋭い声に、北斗と南斗が動いた。駿吾とかのんを守るように前に出たニ体の羅刹と夜叉――そして、暴風と共に頭上にボレアスが姿を現した。


「い、わい、殿! いけま、せん……!」

「――え?」


 紫鶴の声は、間に合わない――咄嗟に見上げた駿吾の“左目”が、眼帯越しに見てしまった。


「あ、が……!?」

「おち、ついて、ください。深呼吸を……っ」


 まるで焼けた針を頭に差し込まれたような激痛に、駿吾が体勢を崩す。紫鶴はそれを受け止め、ぎゅうと強く抱きしめた。犬の仮面を紫鶴の胸に沈ませながら、駿吾がもがくように紫鶴にすがりつく。


(……いま、ボ、クは……な、に、を、見――?)


 青い深海のような天井が、七色に輝いていた……気がする。その七色の輝きに波紋が生まれると、その波紋の中心からどぷんという音がしそうな勢いで、落ちてくるモノがあった。


『北斗、南斗、主を守れ。アステロペテスも、そこを動くな――』


 緊張したボレアスの声色を、駿吾が激痛の中で聞く。大きなガーゴイルの背中、それが臨戦態勢に入っているのはわかった。


「え? ええ!? ど、どうしたの? 駿吾くん、大丈夫!?」

「篠山さん、も、()()を……あまり、見ないでください」


 アレ、その言葉にかのんは息を飲む。間違いなく、急に天井から落ちてきたモノのことなのだろうけれど――。


「……()()()?」


 そこに立っていたのは、小柄な少女だった。栗色の柔らかな髪、愛らしいと言ってもいい顔立ち。服装も市販で買ったような、赤を基調としたドレスで――。


『……?』


 小首を傾げた少女は、一歩前に出る――その直後、視界が炎の赤に染まった。


「ひ――!?」


 ボォ! と届くはずだった炎が、ボレアスの暴風に遮られ散っていく。少女は内側から溢れ出した炎によって、完全な人の形をした炎に変わっている――!


『■■■■■■■■■■■■――』

『なに言ってんだか、わからねぇよ。ボケが』

「が、ああ、あ……っ!」


 念話すら要領を得ない、その念を受けただけでもがき苦しむ駿吾を見て――ボレアスの行動は速かった。


『失せろ』


 ドォ!! とボレアスの風圧が、炎の少女を吹き飛ばす! 壁に叩きつけられる寸前、少女の形をした炎はかき消え――次の瞬間には、ボレアスの頭上にいた。


『■■■ッ!?』


 だが、クロム製の巨大なガントレットが、炎の少女を殴打していた。再びかき消えようとしていたが、それをボレアスの風が許さない――!


『アステリオスに比べりゃ、欠伸が出るぐれぇに遅ぇんだよ!!』


 二発、三発、四発とガントレットが炎の少女を床へ殴りつけていく。動かさない、逃さない――このまま押し切ろうとした刹那。


『――■■■!』


 ジュア!! と一気にクロム製の巨大ガントレットが()()した。解ける、という過程で液体化のプロセスさえ飛ばす膨大な熱量があったからこその光景だった。


『■■■ッ!!』

『あんだぁ? 一丁前にキレたってか? こっちはなぁ――主を襲われて、最初っからキレてんだよ!!』


 巨大な炎と巨大なクロム製の異形の巨像――渾身と渾身が激突しようとした、その時だ。


『待った待った! 悪い、タンマタンマ!!』


 ボォ! と内側から巨大な炎が爆ぜて、消滅する。拳の振り下ろし先を失ったボレアスもまた、動きを止めた。

 天井からした男の思念が、心底すまなそうに続く。


『そこに誰かいるんだろ? これ、どう考えても人間いるよな!? 悪い、こっちもダンジョンのトラップで空間転移させられててさ、()()()()()に先行してもらったんだけど――アチッ!? 怒んなって!』

「……あの、えっと……?」


 頭痛が治まってきた駿吾が声を上げると、天井からの思念が慌ててまくし立てた。


『うわ! やっぱ、誰かいたのか!? 悪い! 全面的にこっちが悪かった! 無事か!?』

「あ、は、い……だい、じょうぶ、です……」

『良かったぁ! いきなりクトゥグアが戦闘態勢に入ったからなにかと……お、ちょっと待っててくれ、そっちに行けそう……っと』


 天井から、再び人影が落ちてくる。ただし、さっきのような少女ではない。まるで登山家のような完全防備を整えた、髭面の大男だ。


「いや、本当にすまん! 俺も必死でさ! 俺の手持ちのモンスターもあいつぐらいしかもう、まともに動けなくて――」

「あ」


 ペコペコと頭を下げてくる大男に、かのんが声を上げる。目を丸くしたかのんが、呆然と呟いた。


「もしかして……国松巽(くにまつ・たつみ)……さん? 去年の『モンスター・ファイティングクラブ』召喚者(サマナー)部門の第一位の……」

「お? 俺のこと知ってるの? いやぁ、やっぱ出とくもんだな、ああいうのも!」

「あ、あー……」


 駿吾には、国松という名前に聞き覚えがあった。『新宿迷宮』攻略時、確か伊神千登勢(いがみ・ちとせ)がこう言っていた――。


『ふっふっふ、今年はこれで国松さんにリベンジを……』


 去年の末、千登勢をこてんぱんにのしたという、あの……。


「伊神さんが、言って、た……?」

「お? 千登勢嬢ちゃんの知り合いか?」


 大男、巽は汚れた髭面で野太く笑い、改めて名乗った。


「俺はAランク探索者国松巽だ、よろしくな――で? ここ、どこ?」


   †  †  †

ちなみに見せ物である『モンスター・ファイティングクラブ』では、クトゥグアの使用は禁止されています。理由? 長時間見るとカメラ越しでも精神が汚染されるからですよ?



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