66話 “みんな”で無人島へと――
† † †
二一世紀初頭に起きた“迷宮大災害”でもっとも問題視されたのは、人類の目が届かなかった秘境である。国土が大きい国、あるいは人が踏み入れない大自然の中で発生したダンジョンは知らず知らずに成長を遂げ、ダンジョンの中からモンスターが溢れ出すスタンピードを数多く引き起こした。
現代においてはこのスタンピードが我が物顔で闊歩する場所も、この地球上には存在するとされているが――。
「人類がこの星の隅々まで開拓しすぎた、というのが大きかったんじゃろうな。昔であったらそこに人がたどり着けぬからこそ問題にならんかったのじゃが」
「ふうん」
小笠原諸島の目的の島へ向かう船の甲板で、蘆屋道満がそんな話を聞かせてくれた。岩井駿吾は興味深くその話を聞きながら、改めて道満を見る。
今までは黒いセーラー服姿であったが、今回はよそ行きということで、白い帽子とワンピース姿だった。その姿自体はよく似合っていて愛らしくさえあるのだが、丸縁サングラスだけは外さないのでどうにも怪しさが抜けていていなかった。
「小笠原諸島も、日本では珍しく人の目に届きにくい最後の秘境と言えるじゃろう。なにせ、東京都から距離にして一〇〇〇キロメートルの海上じゃ。三〇余ある島々も人が住んで居るのは比較的大きい島だけ――だから結構頻繁に探索者協会の方も神経質に目を光らせておるわけじゃ」
そんな折に見つかったのが、今回駿吾が調査を請け負った無人島に出現したダンジョンだという。
「マーフォーク? 半魚人が出現する……って、話だった、けど……」
「らしいの、西洋の半魚人はよう儂もわからんが――」
「そろそろ着くみたいよ!」
そう言って船室から出てきたのは、セリーナ・ジョンストンだ。フライトジャケットに似た耐刃防弾ジャケットにジーンズ、ブーツというダンジョンでも見た格好だが、彼女曰く耐熱耐寒処理も施されているらしく、真夏でも快適らしい。
『……外、出んと駄目かのぉ』
そう“魔導書”の中で唸るのは、雪娘ことスネグーラチカだ。冬、ましてや雪の精である彼女にとって夏の日差しは結構堪えるようだ。
「ああ、スネグーラチカは暑いの苦手だもんね。今回は小屋を出してくれたら涼んでてくれてもいいんだよ?」
『……それも癪じゃから、頑張る』
「うん」
ポンポン、と“魔導書”を撫でて駿吾が小さく微笑む。その仕草や笑みは、まるで親戚の子供に向けるかのようだった。
「……変わったのぉ」
小さく、道満が呟く。周囲との接触は、間違いなく駿吾に影響を与えている――それが良きにせよ悪きにせよ、道満はそんな情動を好む。だからこそ、その変化を眺めるのは楽しい、と微笑む。
「…………」
「なんじゃ? セリーナ嬢ちゃん」
そんな自分に視線を向けてくるセリーナに、道満が怪訝な表情を浮かべる。それにセリーナは、人の悪い笑みで返した。
「ん? 別に―?」
「――なんじゃい、気色悪い」
顔をしかめる道満に、セリーナは笑って誤魔化した。対象D、“怪人”、天性の愉快犯、トリックスター――数多くの異名で呼ばれる、Sランク探索者さえ凌ぐ一〇〇〇年を生きる人外相手に言うことではないと思うが。
駿吾の横顔を見ていた道満の笑みが、どこにでもいるような年頃の少女に見えた――本当に、それだけのことだった。
† † †
「すっごーい! これが噂に聞く魔女バーバ・ヤガーの小屋なんだ!」
目的の無人島、その砂浜に立つ鶏の足の上に立つ小屋にはしゃいだ声を上げたのは篠山かのんである。それこそ、巨大な鶏の足に頬ずりしそうな勢いだった。
「はいはい。まずは、荷物を小屋に運びましょう」
「はーい」
そう慣れたようにかのんを正気に引き戻したのは、御堂沢氷雨だ。
「……見慣れたメンバーに、なった、ね」
『ですね』
駿吾の感想にそう『ツーカー』のメッセージで答えたのは、藤林紫鶴だ。
人間――生物としての分類上――のメンバーは駿吾、紫鶴、氷雨、かのん、セリーナ、道満である。調査依頼を受けた駿吾とダンジョン学におけるオブザーバーであるかのん、監視役である紫鶴以外は、完全にバカンスとしての同行者だ。
「あ、もちろん、できる範囲でお手伝いしますので」
そう生真面目な氷雨は請け負うが、正式な依頼を受けてここにいる訳ではない訳で。
『――香村本部長も暇ができたら、様子を見に来るらしいです』
「香村の嬢ちゃんもばかんすに来るつもりじゃろ?」
「私も聞いたけど、半分やけっぱちだったわよ」
紫鶴のメッセージに、クカカと道満が笑いセリーナが言う。いつも仕事仕事なのだ、たまには羽目が外したいのだろうが……。
「……大丈夫、なのかな? ここ、遠い、けど」
「大丈夫だって、カスミなら箒に乗ってちょちょいのちょいよ」
「箒……」
セリーナのそれが冗談なのか本気なのか、判別がつかない。少なくとも、霞は優れた魔法の使い手であるというのは前にも聞いている――本当に、箒で飛んでくるのかもしれない。
『ほれ、ダンジョンに潜るのは明日からじゃろう? 今日はゆっくり休まんかー』
『……婆ちゃん、大丈夫か?』
『大丈夫に見えるなら、目を洗ってこんか』
ぐったりとして窓から見下ろしてくるスネグーラチカと村雨のやり取りに、小屋の中へと手荷物を持って駿吾と彼女たちは入っていった。
† † †
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