65話 ※劇中は八月となっております
※本日、二話目です!
† † †
それは、彼女の一言から始まった。
「……頭が痛いわ」
探索者協会日本本部にある日本本部長香村霞は、岩井駿吾の顔を見て開口一番そう告げた。
最近はかなり砕けてきたのか、無意識に霞も駿吾相手に軽口を叩くようになっていたのだが――。
「は、はぁ……」
「あなたが“S”ランクダンジョンの『新宿迷宮』をきちんと攻略してくれたのは助かったんだけどね――」
とはいえ、“嵐が王級”ダンジョンに関しては探索者協会の機密に関する重要事項だ――御堂沢時雨や藤林紫鶴、セリーナ・ジョンストンは既にSランク探索者だが、Eランクの駿吾はその功績に沿った評価を受けられない立場にあった。
『ようは今回の功績をきちんとランクに反映させちまうと、周囲の目がうるさくなるってことか……いつもどおり』
「ま、そうなるのよ」
ボレアスの“魔導書”からの念話に、書類から視線を上げて霞はため息をこぼす。冷房のよく利いた部屋であるが、旧新宿駅の見える窓から差し込み日差しは真夏のそれだ。目を細め、霞は続けた。
「とはいえ、これだけの功績を遂げ、Sランクモンスターを従えてるあなたをEランクのままで――というのも協会としても健全な状況じゃないの」
「…………」
『そうだな、そこで「ボクはあんまり気にしないんですけど……」はマズいわな』
駿吾の沈黙した意味を正確に読み取って、ボレアスが笑う。名誉とか富とか、あまりそういう方向性に思考がいかないのがこの岩井駿吾という少年だ。根本的なところで、ランク制度と相性が噛み合わない――良い悪いではなく――のだ。
「……ま、希望派からはどうなってるんだとせっつかれて、絶望派からは表向きに公表できない功績でランクを上げるのはどうなんだって牽制されるの。なんで、ひとつひとつこの状況を解決していきたいって相談よ」
霞も駿吾の反応はわかったもので、既にいくつかの解決策は模索していた。改めて、駿吾に示したのはいくつかの書類だ。
「ようは、あなたに表立ってランクを上げるのに充分な実績をこなしてもらえばいいだけって話よ……申し訳ないけど」
『ははは、順番が逆だわなぁ』
「……わかってるわよ、そのぐらい」
からかうボレアスに、改めてこめかみを抑えて霞はため息をこぼす。それこそとっととSランク探索者にでもしてしまって、日本政府の方針に合わせ機密扱いしたいところだが――。
「本当、アステリオス討伐に関しては順番があべこべなのよね……あのジョンストンの口添えは予想の範囲外だったわ」
「……ですよね」
もしもセリーナが提案せず、特別顧問がその気にならなければあの攻略に駿吾が加わることがなかっただろう――その時から覚悟はしていたことだが、実際に『公表できない最高の実績』を前にしてしまうと愚痴のひとつも出るというものだ。
「とりあえず、まずはDランクになるだけの実績が得られる依頼をこなしてほしいの。今のあなたなら、それこそ楽にこなせる依頼ばかりよ」
『いいのか? それ言ったら絶望派がうるさいんだろ』
「事実だもの」
ひとつひとつ階段を昇ってもらうのだ――いや、それでも普通に考えれば、充分に速いランクアップではあるのだが――EランクからDランクに上がるだけの功績に必要な難易度と考えれば、駿吾なら問題なくこなせるだろうというのが霞の考えだ。
それを信頼と見るか楽観と見るかは、それだろうが。
「本当、こう暑い日が続いてるんだもの……とっとと面倒事は終わらせたいのよ」
冷房の利いた部屋にいても、八月の暑さは堪えるのよ……とピッシリと黒いスーツを隙一つなく着込んだ霞はぼやく。
「なるほど……」
依頼の内容を確認していた駿吾は、霞のぼやきにそう答え――ふと、ひとつの依頼を手に取った。
「あの……なら、これでいい……です、か?」
「ん――?」
駿吾が手に取った依頼内容の書かれた書類を受け取り、霞は紙面に視線を走らせる――その依頼内容に、霞の表情が小さく歪んだ。
「――嫌味?」
「ち、違いますよ……?」
† † †
『ダンジョン調査ですか?』
「う、うん……」
日本支部の休憩所で、紫鶴の『ツーカー』へのメッセージに駿吾は頷いた。
『小笠原諸島で見つかった、ダンジョンの出現モンスターや採集物の調査。確かに本来ならかなりの規模のパーティで挑むべき依頼ですが――』
「うん、ボクならそこまで人員は、いらないかなって」
傍から見ればひとりだけソファに腰掛けて独り言を呟き続けているように見えるが、紫鶴はすぐ隣に腰掛けている――最近では駿吾は、なんとなくだが気配と言うか温もりがそこにあることをわかるようになっていた。
「期間は八月いっぱい、らしいから時間もたくさんあるし、ゆっくりできるかなって」
『そうですか』
メッセージは無機質な文字の羅列だが、気配からは安堵が感じられた。駿吾自身自覚はないが、放置しているといつの間にか無茶をしている……らしい。駿吾に普通の探索者がどんなペースで依頼をこなしているかという知識がないので、比べられないのが問題なのだが。
「それで……大丈夫、かな?」
『はい。任務ですから』
監視任務がある紫鶴は自然と付き合わせてしまうことになる――だからこそ確認を取ろうと思ったのだが、霞にそのことを訊ねてみたら苦笑しながら言った。
『……あなたから確認を取ってあげなさい』
左目のことで紫鶴が気に病んでいることを知っていたからこその、上司の反応だった。駿吾はそこまで感じ取ってはいなかっただろうが……。
「また細かいことは本部長から連絡があると思うけど……」
『はい』
駿吾にそう紫鶴が返信した時だ、ちょうど霞からメッセージが届いた。今話していた小笠原諸島で新発見されたダンジョンの情報が――と確認していた、その時だ。
† † †
※水着持参必須。
† † †
「……は?」
「ん? ど、どうしたの?」
「い、いいいいいいえええええええええ!?」
メッセージではなく肉声で反応してしまった時点で、もうなにかあったと白状しているようなものだった。
(水着……水着!? そんなの、持って、ない……ん、です、けど……!?)
性格的にプールも海も楽しむはずのない紫鶴が水着など持っているはずもなく。混乱している紫鶴の元へ、次々とメッセージが届いた。
『え? シュンゴってば海に行くの? 行く行く、私も行く!』
『私のところにも連絡があったのですが……紫鶴さん、水着がないのなら一緒に買いに行きませんか? かのんさんも』
『わたしも調査員でいくよー! ちょうど今年は水着買ってないし付き合うよ!』
『おいおい、海か。海じゃな? 儂も行くぞい』
次々と到着するメッセージに「え? えええ!?」と紫鶴が目を白黒させるのに、駿吾が小首を傾げているところに、ボレアスが念話で言った。
『気にすんな、いつものこった』
「……う、うん?」
† † †
劇中は八月です。もう一度繰り返す、劇中は八月です、イイネ?
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