63話 それぞれの思惑
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新宿区のとあるビル、その最上階にあるバーに坂東左之助は姿を現した。待ち受けていたのはおかっば頭に黒いセーラー服の美少女、蘆屋道満である。
「おう、どうじゃった?」
「どうもクソもないわ。片岡の旦那、殺せねぇし」
道満が牛耳るテーブル席に腰を下ろすと、左之助は吐き捨てる。銘柄もわからない高そうなウイスキーを勝手に開けると、手酌でグラスになみなみと注ぎ一気に煽った。
「第四勢力、探索者協会にいる“ヘルラ”の残党か。ぞっとしねぇな。“迷宮大災害”でも、また起こしたいのか?」
「さての、第四勢力と言ったところで連中も一枚岩ではあるまいよ。“ヘルラ”の後継者である“ヘカテ”の崇拝者、利用しようとする者、あるいは――どれにせよ、碌な連中ではないの」
クカカ、と笑う道満は、オレンジジュースを片手に左之介を見る。決して裏切らない手駒、自身の飼い狗へ道満は問いかける。
「で? どうじゃった? 小僧っ子は」
「……普通過ぎて、逆にドン引いたわ。よく今まで無事でいたな、アレ」
道満の問いかけに、左之助は本心で返す。自身の思惑もなく、ただただ周囲に流される強大な“力”――岩井駿吾という少年の印象は、左之助にとってあまりにも頼りないものだった。
「それはぬしがなにもあやつに期待しておらんからよ。ま、利用しようと思わぬだろうから、ぬしをつけたのだがな」
「期待したら変わるのか? アレが?」
「おう、変わるぞ」
オレンジジュースを美味しそうに飲みながら、道満は人の悪い笑みを浮かべる。
「元より、それが《百鬼夜行》の本質よ」
「ああ?」
「召喚者系最上位スキルなどと呼ばれておるがの。その実、結果が同じだけで過程はまったくの真逆。《召喚》スキルが掌握と支配であるのなら、《わいるど・はんと》とは究極の共感能力なのよ」
ようは《召喚》とはモンスターを己の支配下に置く能力だ。そのため支配するのに対して限界数が存在し、己の能力を超えた数を超えて《召喚》することはできない。
「じゃが、《わいるど・はんと》は共感――基本は一対一の関係じゃ。相対した者に共感し、そのモノの理想を映す鏡となる。だから、ある者には気弱だが優しく誠実である面を。ある者には弱さの中に勇敢な強さを秘めた面を見せる――《わいるど・はんと》への印象は、ひとりひとり違ったじゃろ?」
「あ、あー……」
左之助はそこまで種明かしされ、納得した。ようはアレか、望むままに望む反応をしてくれるだけと言うことか。
「俺から見ると普通ってことは、逆か。普通であってほしかったって裏返しか」
「期待もせず、失望もせんでええ。そういう意味では“普通”というのは便利な言葉じゃろ?」
カカッ、と笑う道満に、左之助はウイスキーを煽る……美味いとも不味いとも思わない、ようはこの酒への期待のようなものだ。
値段を聞けば値段と比べるだろうが、自分の金ではないので興味はない。喉を湿らせればいいんだから、不味くなければそれでいい程度の期待――自分があの少年に抱いていたのは、その類だ。
だからこそ、左之助は疑問を抱く。
「……そうなると、なんでまたアイツは家庭環境がアレだったんだ? むしろ、良好になるんじゃね?」
「良好だったんじゃろ? 殴っても嫌っても問題ない優秀なさんどばっぐがほしかったんじゃろうから」
「――――」
道満があっさりと答えると、左之助はグラスをテーブルに置いた。少なくとも、酒が美味くなる話だとは思えなかったからだ。
「……なんだ? それ」
「じゃから、家庭を円満に回すために必要じゃったのよ。明確に自分より下の、どうしようもない駄目な存在が……あの小僧っ子がいなくなってから、すぐに家庭崩壊したそうじゃが。ま、当然の帰結じゃな。小僧っ子に問題はなく、その責任と文句を押し付けとっただけじゃったんだから」
サンドバックがなくなり、殴る場所がなくなった結果など目に見えている。共感能力が高すぎる駿吾が背負っていたものを、背負える人間などいるはずもなく――あっという間のできごとだったようだ。
「“アーサー”に最初にすがったのが人間だったから、あやつは救世主となった。“ヘルラ”に最初にすがったのが物の怪であったから、あやつは人類の敵となった。ま、それだけの話なんじゃよ。《わいるど・はんと》とは究極の共感能力、個ではなく全に影響を受ける、ただの機構なんじゃから」
そう言い捨て、道満はグラスを左之助に向ける。左之助は片手でオレンジジュースを注いでやりながら、微妙な表情を見せた。
「なんか、あれだな。結局、今の世界ってのは“ヘルラ”より過去の人間が元凶……とか言わねぇ?」
「かもしれんし、そうでないやもしれん。じゃからこそ、儂はあの小僧っ子に期待しておるのだがなぁ」
「……ただのシステムに?」
道満は左之助の言葉に、首を左右に振る。丸縁サングラスの奥、その瞳には好奇の色があった。
「あやつは、それこそ晴明以来の例外よ。なにせ、自分で冒険する道を選んだのじゃ。《わいるど・はんと》でありながら、な」
晴明――今の世の人々が安倍晴明と呼ぶ平安の世の天才陰陽師は、人と物の怪の混血で互いの血を持っていたからこその例外だった。だが、ただの人から産まれ、同じ例外に至ろうとしている駿吾の結末がどうなるのか――そこに、道満の興味はあった。
「……人が悪いぜ、婆様」
「こんな美少女捕まえて、誰が婆様じゃ。失礼な!」
噛み付くとこそっちかよ、と返す左之助に、道満はオレンジジュースを飲みながらそれこそ人の悪い笑みで返した。
「儂くらいになると、人が悪いのも愛嬌ですませられるのよ……クカカ!」
「自分で言うない」
「ま、なんにせよ、アレよ。晴明並に期待はしておるのよ、あの小僧っ子には」
道満はそう言ってのけると、バーの外へ視線を向ける。旧新宿駅――『新宿迷宮』、それを見下ろしながら言い捨てた。
「前回は参戦が遅れたでな。今回は特等席で一部始終、見せてもらおう――儂でさえ三度目の《わいるど・はんと》の戦いをな」
† † †
三章、終了でございます。
一度、ここで切ってからまた今度のスリーリーを11月以降に続けさせていただければ、と思っております。
……アレですね、10月末締めの賞に挑戦しようかどうか、考え中にございます。書籍化って普通にお声がけ待っていても難しそうですし。
とりあえず、ギリギリまで!
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