60話 “S”ランクダンジョン『新宿迷宮』10
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† † †
ボレアスが矛に、センチュリオンが盾に――連携を持って、アステリオスへ果敢に攻め込んでいく。その動きの速さに、岩井駿吾の霞む視界が追いつかない――それでも目を背けないように、意識を必死に向けた。
「が、は……あ……」
荒い呼吸を整えながら、駿吾は意識を集中させる――思い出せ、あの土蜘蛛八十女の時、自分はどうやった?
「岩井、殿……!?」
藤林紫鶴から、悲鳴が上がる。壁に手をついて、強引に駿吾が立ち上がったからだ。よろけるその身体を片腕で支えるのは、戦乙女――セリーナ・ジョンストンだ。
「――どうしたいの? シュンゴ」
紫鶴と違い、セリーナに戸惑いはない。むしろ彼なら立ち上がる、そんな根拠の一切ない信頼がそこにはあった――それはセリーナという少女の想いと、戦乙女としての本能が合致した結果だ。
「ボクが……寝ながら、なんて……いら、れない、から」
「無茶、です! まだ、完全には――」
「わかってるよ、でも……だからこそ、寝て、いたくないから」
紫鶴の声に、駿吾が痛みに咳き込みそうになりながらセリーナの手から離れて壁にもたれ掛かる。口の中に広がる鉄錆のような血の味に、駿吾は大きく息を吐いた。
「は、は……ぁ、あ……あ……」
無力だ、自分はなにもできない。ただ、誰かの力を貸してもらうことでしかなにもできないくて――。
「藤林、さん、セリーナ、さん……力、を貸して」
――だから、素直に助けを求める。無力を噛み締めながら、それでも諦めたくないのだ、と誰かにすがりついて。
そんなみっともない姿を晒してでも、やり遂げたいのだ。
「わ、かり、ました――」
「ええ、任せなさい――」
紫鶴とセリーナが、同時に答える。それを聞いて震える膝を両手で抑え、駿吾は――叫ぶ!
† † †
「――《召喚》ッ!!」
† † †
ゴォ! と鈍い衝撃を受けて、センチュリオンがのけぞる。だが、退かない。吹き飛ばされない。ボレアスの風が、その背を押すからだ――!
『アイモ変ワラズ、シツコイナ! アダマンタイト・ゴーレム!』
『それだけが取り柄ですから』
一発返そうとする間に、その一〇倍は叩き込まれる。しかし、電化で加速しない打撃などセンチュリオンの防御を前には物の数ではない――それに加えて、これだ。
『っらあああああああああああああああああああああああああ!!』
合間合間に、ボレアスの烈風を伴う打撃がアステリオスの攻撃に挟まる。威力はアステリオスの打撃と同等か、それ以上――いくらダンジョンのサポートがあろうと、自身とほぼ同等のSランクモンスターの連携を無傷で耐え抜くなど不可能だ。
『グ――!』
アステリオスが眼前に壁を形成、間合いを開けようとする。だが、それをボレアスは許さない。視界を完全に塞ぐ前に拳で破壊、そのままセンチュリオンが前へ出た。
『――ボレアス殿!』
『おう!』
センチュリオンがアステリオスを抑え込んだ瞬間、ボレアスの暴風によって押し出され、アステリオスごとセンチュリオンが吹き飛ばされた。ガリガリガリガリガリガリッ!! と床を削ってゴーレムに抑え込まれたアステリオスにボレアスが飛び――上空からセンチュリオンごと押し潰す!
『ガ、ア、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
アステリオスが床を砕き、一瞬で雷化――センチュリオンの腕から逃れる……はずだった。
「――《召喚》ッ!!」
駿吾の叫びと同時、床が凍りついた。駿吾に召喚された南斗による、氷結魔法だ。
『北斗ォ!』
『任せろ!』
電気抵抗がまったくなくなった床を、思ったのと違う動きで流れてしまったアステリオスへ燃え盛る岩棍棒で北斗が殴打、アステリオスは実体化する。紙一重でその棍棒を受け止めると後ろ回し蹴りで蹴り飛ばし、北斗を南斗へとぶつけた。
「ヒュドラぁ!」
『シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』
そこへセリーナの指示を受けたヒュドラが、九本の首で襲いかかる。その一本一本を見切り、躱していくアステリオスへヒュドラの影から飛びかかったネメアの獅子が跳んだ。
『連携、シテクル、ナ!!』
バチン! と電光となって大きく後退したアステリオスが、身構える。バチン! と電光から生み出した二本の斧を投擲。ヒュドラとネメアの獅子を切り裂いた。
† † †
一体、また一体と再召喚された仲間たちが蹴散らされていく――欠けているのは、決定打だ。
最速のモンスターを捉えても、回復される。それを可能にする魔力がダンジョンから供給され続けているのだから――必要なのは、回復する余地もないほどの攻撃力だ。
(足りない自分に、できる、こと――)
戦ってくれている。自分の想いに応えて、必死に。あのアステリオスという絶望的な相手へと食らいついてくれているのだ――。
† † †
ジジジ、と霞む視界に砂嵐が交じる――混線している――自分のものでない記憶――誰かの想い――誰かの願い――。
† † †
(こ、れは――?)
自分の記憶ではない、なにかを見ている。そう岩井駿吾は――ボクは、理屈ではなく感情で理解した。
『よう、アステリオス。まだ、動ける、か……?』
『アア、モウ少シ、ナラ、オ前ニ、付キ合エルサ……パズス……』
片膝をついた純白のミノタウロスに、パズスと呼ばれたボクが手を貸した。普段のボクとはまったく違う、ゴツゴツとして力強い灰色の腕がアステリオスに肩を貸して立ち上がらせた。
『……王ハ、ドウサレタ?』
アステリオスの言葉に、ボクは――ボクに流れ込んできた記憶は答えなかった。それが答えだと、わかっていながら……ボクは彼に、嘘をつきたくなかったんだ、と思う。アステリオスの腕が、強く強くボクの肩を掴み――そして、小さく呟いた。
『ソウ、カ』
だから、答えないという答えを察して、アステリオスは発作的に笑った。あまりにも自嘲気味な……寂しい、笑みだった。
『――まだ戦うのを止めないか』
その頭上から降ってきた声に、ボクとアステリオスは見上げる。降ってきたその姿に、ボク――パズスが言い返す。
『お互い様、だろうよ。お前のとこの王も、もうくたばったろうが』
『そうだな……そうだとも』
ボクたちの目の前に降りてきたのは、一体の純白のガーゴイルと鮮やかな緋色の鱗を持つ巨大なドラゴンだった。よろめきながら、アステリオスがボクから離れていく――緋色のドラゴンは静かな瞳でアステリオスを見下ろし、小さく顎で指し示した。
『ここでは、邪魔になる。我らは向こうでやろうか。アステリオス』
『アア、ソウスルカ。ランスロット』
ジャアナ、とアステリオスは一言残し、電光となって飛んだ。それをランスロットと呼ばれたレッド・ドラゴンが翼を広げ追っていく。それを見送って、ボクと純白のガーゴイルは改めて向き直った。
『――なにをやってるんだろうな、オレたちは』
『言うな。守るべき者を守れなかったガーゴイル同士だ、間抜けの一言で終わるのだから』
『ハッ、違いない』
ボクと純白のガーゴイルが、同時に暴風を纏う。力を起動させる、それだけで崩れていく互いを見ながら、二体のガーゴイルが名乗りあった。
『“ヘルラ王”が守護像、ガーゴイル・プロト。パズス――』
『“アーサー王”が守護像、ガーゴイル・ストームシーカー。ガウェイン――』
† † †
『『――推して、参る!!』』
† † †
――場面が、変わった。
それは世界が赤錆色に侵蝕されて崩れていく光景だった。そこでは、岩井駿吾――ボクはただの泣き崩れる女の子でしかなかった。
(ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい――)
ばけものにうまれて、ごめんなさい。
父も、母も、周囲の大人も、子供も、みんなみんな。自分を化け物だと言った。忍者としてその瞳術は素晴らしいはずなのに。あまりにも違いすぎた人から外れすぎたその力は、恐怖と拒絶しか生まなかった。
だから、捨てられた。Sランクダンジョン、その中へ。殺してくれるはずだ、死んで終わるはずだと――化け物の処理など、化け物に委ねてしまえと。
でも、誰も気づかなかったのだ――ボクが、ボクがなった少女が、Sランクダンジョンさえ破壊する、正真正銘の化け物などと。
本能が、ボクを生かした。生かしてしまった。すべてが赤錆色となって消えていく世界の中で、女の子はただ泣き崩れて絶望するしかなかったのだ。
化け物に産まれてごめんなさい――人として、死ねなくてごめんなさい……と。
† † †
――場面が、変わった。
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――場面が、変わった。
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――場面が、変わった。
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――場面が、変わった。
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――場面が、変わった。
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――場面が、変わった。
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――場面が、変わった。
† † †
次々と流れてくる記憶、感情、願い――それは時に、ひとりの戦乙女となった少女が抱いた“S”ランクダンジョンへの憎悪であり。さまざまなモンスターの過去であり。
ボクは――駿吾は、気づかない。これだけの視点がありながら、なぜか自分のものがひとつとしてない、という事実に。
(ああ、そう、か……)
いらないのだ。駿語の記憶も、感情も。ただ、その願いはただひとつ――この記憶を感情を願いを忘れたくない……本当に、それだけなのだから。
その願いを胸に刻み、駿吾は強く呟いた。
† † †
「――《限界、突破》!」
† † †
忘れない――それは生きるという選択に等しい。
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