54話 “S”ランクダンジョン『新宿迷宮』4
† † †
――銀色の人狼を先頭に、黒い毛並みの人狼四体がそれに続く。その前に立ち塞がるのは蛇の頭に長い角が二本、ライオンの前脚、鷲の後脚、そしてサソリの尾を持つ合成獣――ムシュフシュだ。
『シャア!!』
ムシュフシュがその毒の牙を剥く。だが、四体の黒い人狼は牙が迫った瞬間、どぷんと音がしそうな動きで地面に消える――より正確には、銀の人狼の影に沈んで消えたのだ。
その次の瞬間、銀の人狼が跳躍する――その脚だけは踵のない大型猫科動物のそれだ。ムシュフシュの上へ銀の人狼が跳躍したその時、ムシュフシュの上に落ちた影から四体の黒い人狼が現れ、ムシュフシュを取り押さえた。
『シャ、ア、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
ムシュフシュが暴れるが、もう遅い。銀色に輝く銀の人狼の爪牙がムシュフシュを大きく切り裂いた。その傷口から、ジュウ! と銀色の煙が上がる――夜の眷属でありながら聖なる力を宿す銀の人狼の特殊スキル銀の銃弾の効果だ。
体長六メートルを優に越えるムシュフシュが、苦痛で暴れる。そのサソリの尾が薙ぎ払われるそこへ、坂東左之助は踏み込み尾をキャッチ――その流れで一本背負いの要領でムシュフシュの巨体を投げ飛ばした。
「っらああああああああああああああああ!!」
ゴォ! と轟音を立てて、石畳を砕きムシュフシュが床に叩きつけられる! そこへ片岡玄侑が長杖を投擲――腹部に突き刺さった刹那、玄侑は魔法を発動させた。
「――《縛鎖拘束》」
ジャラララララララララララララララ! と複雑な文様が刻まれた青銅の鎖が、玄侑の突き刺さった長杖を中心に展開――そのままムシュフシュを拘束していく。そこへ、ヴィオラ・ターナーが炎を切っ先に灯した長杖を振り下ろした。
「《炎の嵐》!」
ゴォ! と炎の螺旋がムシュフシュを飲み込んでいく。その凶悪な毒さえ焼き払う炎の嵐は、やがてムシュフシュの巨体を焼き尽くし、一抱えある魔石へと変えた。
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【個体名】なし
【種族名】ムシュフシュ
【ランク】A
筋 力:A-(A)
敏 捷:C
耐 久:A-(A)
知 力:‐
生命力:A (A+)
精神力:C+
種族スキル
《ティアマトの怪物》
《合成獣》
《生体武装:猛毒》:A
固体スキル
《怪力》:B
《巨体》
† † †
「……この毒、強力すぎない、ですか?」
「そうですね。まともに食らったら痛いでは済まないでしょう」
改めてムシュフシュの強さを“魔導書”で確認した岩井駿吾に、ヴィオラが素直に答える。自身が持つ《治癒》で消しきれるとはとても言えない猛毒だ、そう考えれば充分な脅威だ。
そんな駿吾とヴィオラのやり取りに入ったのは、伊神千登勢だ。千登勢はホクホク顔で、五体の人狼を従えていた。
「いやぁ~、本当にありがとう! この子たち、動きが良くなってますよー!」
「そ、それは……元から、育っていた、からで……」
千登勢に手を握られてブンブンと握手され、駿吾は戸惑う。言ったとおり、五体の人狼を《進化》で強化したのは駿吾だからだ。
† † †
【個体名】シルバー・バレット
【種族名】人狼
【ランク】A
筋 力:B (A-)
敏 捷:A (A+)
耐 久:B
知 力:‐
生命力:A (A+)
精神力:B+
種族スキル
《夜の眷属》
《再生》:C(A)
《銀の銃弾》
《合成獣》
《獅子の狩猟》
《人狼の統率者》
固体スキル
《怪力》:C(A)
《習熟:格闘》C
† † †
【個体名】■■■■
【種族名】人狼
【ランク】A
筋 力:B (A-)
敏 捷:A
耐 久:B
知 力:‐
生命力:A-(A)
精神力:B
種族スキル
《夜の眷属》
《再生》:C(A)
《影化》
固体スキル
《怪力》:C(A)
《習熟:格闘》C
† † †
銀の人狼は脚部を獅子の獣に変えて機動力と速度に特化、四体の人狼はシャドウ・ダイヴァーと呼ばれる死霊を素材に《影化》のスキルを付与したものだ。銀の人狼に速度で劣る四体をその影に収納することで補う、という力技で群れとしての機動力を底上げしたのだ。
「ふっふっふ、今年はこれで国松さんにリベンジを……」
「……人に強化してもらって勝って嬉しいか?」
「勝てばいいんですよぉ、勝てばぁ!」
ツッコミを入れてきた玄侑に、悪役のようなセリフで返す千登勢。えっと、と駿吾が反応に困っている時に、御堂沢時雨はフォローを入れた。
「国松さんは、去年の『モンスター・ファイティングクラブ』における召喚者部門の第一位、伊神さんを抑えて優勝したチャンピオンだよ。去年の年末、伊神さんがこてんぱんにのされてね」
「今年のこの子たちなら、団体戦で勝てますよぉ!」
「そ、そうですか。が、頑張ってください……」
ちなみに、『モンスター・ファイティングクラブ』の近接戦闘部門で優勝しているのが左之助であり、魔法部門で三位入賞しているのがヴィオラだ。
「あんな見世物によく参加する気になるな」
気がしれん、とこぼす玄侑のみが、『モンスター・ファイティングクラブ』には参加していない。なお、Sランクである時雨はこの国では秘匿されている関係で、最初から参加権がない――出場していれば、近接戦闘部門の順位が上からひとつずつ変わっていたことだろう。
「これで四二階も攻略できた。順調だね」
時雨の言う通り、大きく強化された千登勢の人狼集団と併せてAランク探索者組の躍進は目覚ましい。対アステリオス戦の主力三人が、まったく消耗せずにここまで来れたというのは、かなり大きいアドバンテージだ。
「温存と言っても、前回はさすがにこのあたりで助力が必要だったからね」
「そうね。今回はその心配もなさそうだわ」
時雨の感想に、セリーナ・ジョンストンも肯定する。今回のメンバーが少数ながら精鋭ということもあり、サポーターさえいない――藤林紫鶴は、あくまで駿吾の監視役なので、ここでも含まれていない――ダンジョン・アタックで、ここまで上手く行くのも珍しい。
「さすがにSランクは出ないけど、Aランクは充実して来たんじゃない?」
「は、はい……そうです、ね。ただ、アステリオス戦で使えるかどうかはもう少し、様子見が必要かな、と思います」
セリーナが駿吾の“魔導書”を覗き込みながら言うのに、コクコクと駿吾は頷く。少しだけぎこちないふたりに、ヴィオラが一瞬だけ怪訝な表情を漏らしたが、それ以上を語ることはなかった。
「帰還用の転移門をここにも一応設置しておこうか」
「了解した」
時雨の提案に、玄侑が手早く床に一本の杭を撃ち込んでおく。その杭を中心に展開した魔法陣こそ、転移門と呼ばれる移動手段だ。
「行きは発動しないのに、帰りは使えるのかよ」
「どうやら、そういう特殊ルールが『新宿迷宮』にあるらしくてね。迷宮の魔獣は、ズルを許してくれないらしいよ」
左之助のぼやきに、時雨はそう笑う。本来なら行き来自由なはずのこの移動用アイテムが、一方通行になってしまうのはダンジョンの固有の性質に影響を受けるからだろう――そういうダンジョンの特殊ルールは、Cランク以上の大きなダンジョンでは少なくない。
「戦闘関係の特殊ルールがないのが、温情かもね。ここは」
「……そ、そんなにひどいのがあるんですか?」
「『特定種族しか召喚できない』とか『一定時間しか召喚できない』とか、ヤバいのもあるよ。召喚者殺しのダンジョン特殊ルール」
駿吾の疑問に千登勢が答える。そういうダンジョンは事前に警告があるのでいいが、できたばかりのダンジョンはそうは行かない――ダンジョン攻略は、入念な下調べが基本なのだ。
「今日は四五階を越えたら、休憩かな。順調だから、一日は時間が確保できる――アステリオスに挑む前の準備を整える意味では、重要な一日だ。もう一踏ん張り、頼むよ」
「おう、次のフロア・ボスはどんなヤツよ?」
「ウシュムガルって蛇龍ですね。このあたりの階層はバビロニアの魔獣で埋まってますので……」
時雨の言葉に左之助が疑問を投げかけ、ヴィオラが答える。下へ向かう階段を、駿吾は振り返ることなく下っていく。
「…………」
その背中を見ながら、セリーナも続く。その表情が嬉しそうなのは、気のせいではないだろう。
† † †
順調に、『新宿迷宮』が攻略されていく。
だが、本当の脅威は五〇階――その階層を守護する、電光の名を持つ原初のミノタウロスこそ、人類が越えるべき“試練”だった。
† † †
本当の脅威は、静かにその時を待っております――。
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