5話 始まりの終わり。あるいは――
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† † †
探索者協会日本本部は新宿にある。その日本本部の一室で、自分専用の執務室で香村霞は報告を確認していた。
「――――」
柔らかなウェーブする長い栗色の髪。モデルと言っても通るだろう整った顔立ちとシックな黒のスーツがよく似合う女性だ。だが、今はその美貌に苦い色を滲ませ、痛むのを堪えるようにこめかみを抑えていた。
「ようするに、目標がダンジョンを破壊した瞬間は確認できていない。そういうことですね?」
『申し訳ありません。あのガーゴイルに必要以上に気取られないよう立ち振る舞うしかなく――』
目の前のモニターに流れる文字列を見て、霞はため息をこぼす。岩井駿吾に様々な便宜を図り、あのガーゴイルと“魔導書”が駿吾の手に渡るように裏工作したのは他の誰でもない、霞自身だ。
(まさか、それがこんな裏目に出るとは思いませんでした……)
基本的にガーゴイルが持つ種族スキル《魔除けの像》は防衛用のスキルだ。周囲の存在を鋭敏に知覚するスキルは、駿吾という貴重なレアスキルの持ち主を守るのに有用だと思ったのだが――まさか、こちらがつけた監視役の足枷になるとは思わなかった。
(史上三人目の『ワイルド・ハント』の所有者。できればこちらに引き込みたいのですが……)
探索者協会とひとつの組織であるが、一枚岩ではない。派閥というものがあり、表面にこそでないものの権力闘争は常に水面下で行われているのだ。へたに駿吾に手を出しすぎると、彼をそれに巻き込むことになる――それは霞にとってはあまり好ましいことではなかった。
(いきなり、あんな派手な真似をする子とは思わなかったのですが……見通しが甘かったです)
ガーゴイルの目論見通り、駿吾のインパクトのあるダンジョン攻略デビューは探索者業界を震撼させた。なにせ、探索者資格を得て三日で、Fランクダンジョンとはいえソロの初挑戦で破壊したのだ。おそらく、これは探索者の間で最短記録としてしばらくは残ることだろう……目立ってほしくないのに、これでは目立たない方がおかしくなる。
「ガーゴイルは正常に作動し、彼を守っている。それは確かなのでしょう?」
『はい、それは確実に』
「ならば、引き続き監視を続行してください。できるかぎり、気取られないように」
『――承知』
監視役からのアクセスが途切れ、モニターが切り替わる。改めて報告書を目を通して、霞は再び重い溜息をこぼした。
「本当、余計な真似をする連中が出ないといいのですが……」
† † †
駿吾の探索者デビューから一〇日後、駿吾はまたダンジョンの中にいた。
『……二日に一回は必ずダンジョンに潜るって、真面目だな。主』
「借金を早く返せるのに、越したことはないからね」
ガーゴイルのからかいに、淀みなく駿吾は返す。ガーゴイルに慣れたから、というだけではない。その“格好”のおかげでもある。
耐刃防弾と耐熱効果を持つフード付きパーカーとズボン。肩や肘、両腕と両脛、爪先までダンジョンで採集された鉱物の特殊合金で作られたプロテクターで覆い、なによりも特徴的なのは目深に被ったフードの下に着けた特殊合金製の仮面だ。
その仮面は、犬の顔を模していた。まさにヘルハウンド――《ワイルド・ハウンド》を率いるのにふさわしい仮面、黒ずくめの姿と言えた。
「今日はこの先のフロア・ボスが目当てだから」
『おう、そういえば“相方”が見つかったんだっけ? 馬頭鬼』
『ブルゥ』
ガーゴイルが傍らを見上げると、馬頭鬼が答えるようにいななく。もちろん、《覚醒種》ではないのでただの反応に過ぎないが、駿吾には馬頭鬼がやる気に満ち満ちているように感じられた。
「今日は全力を試してみたい、いいよな?」
『は、言い方が違うぜ、主よ』
問いかけてきた駿吾に、軽くガーゴイルが背中を叩く。それに見上げてくる駿吾を見下ろし、ガーゴイルは笑っていった。
『今日は全力で行く――そう命令すんのが、主の仕事ってもんだぜ?』
† † †
【氏名】岩井駿吾
【年齢】15 【性別】男性
【DLV】10
保有スキル:
《ワイルド・ハント》:F
《蹂躙》
《進化》
† † †
最初、Fランクダンジョンを破壊した時点で駿吾の【DLV】は『8』まで一気に上昇した。その時に敵陣営より自陣営の方が多い場合、ダメージが増加するスキル《蹂躙》を取得――その後、《進化》という一定以上の経験を積んだモンスターを融合させて存在を進化させるスキルを10LVで得ていた。
どちらも、本来なら普通の《召喚》のスキルがBランク以上でなければ発現しない上位スキルである。間違いなく、自分が探索者に向いていると確信できるのに足るスキルだが……なんとなく、駿吾にはまだ自信と実感が湧かない。
――んなもん、おいおいでいいんだよ、おいおいで。
ガーゴイルは、そう言ってくれた。だから、もっと積み重ねて行こうと思う。いつか、胸を張って自分は探索者になれたのだと誇れるように――。
「……うわ」
思わず、駿吾の口から声が漏れた。たどり着いたのは、夜に時間が固定された墓地だった。その墓地には中心に一本の桜が見事に咲いている――それは、怖気がくるほど美しい光景だった。
『ブル……』
その桜の影から姿を現したのは、牛頭人身の獄卒だった。紅い炎のように揺らめく角、紅い肌、岩石を削って造ったような巨大な石棒を装備した――馬頭鬼の完全な色違い、牛頭鬼だった。
「――《召喚》」
駿吾が“魔導書”の上に手を置いて唱えると、三体のスケルトンが姿を現した。
† † †
【個体名】なし
【種族名】スケルトン・ソードマン
【ランク】E
筋 力:E
敏 捷:E
耐 久:D-
知 力:‐
生命力:D
精神力:E
種族スキル
《再生》:E
固体スキル
《習熟:剣》:E
《習熟:大盾》:E
† † †
【個体名】なし
【種族名】スケルトン・ランサー
【ランク】E
筋 力:E
敏 捷:E
耐 久:D-
知 力:‐
生命力:D
精神力:E
種族スキル
《再生》:E
固体スキル
《習熟:槍》:E
《習熟:大盾》:E
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【個体名】なし
【種族名】スケルトン・アーチャー
【ランク】E
筋 力:E
敏 捷:E+
耐 久:D-
知 力:‐
生命力:D
精神力:E
種族スキル
《再生》:E
固体スキル
《習熟:弓》:E
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あのスケルトン軍団を駿吾がスキル《進化》で合体させていって生み出した、精鋭三体だ。これにガーゴイルと馬頭鬼を加えた計五体――後でいくらでも補充すればいいと考えれば、一時的な量の低下も痛手ではない。
駿吾は、仮面の下で大きく深呼吸する。今の牛頭鬼は、ダンジョン・マスターであったころの馬頭鬼よりも強敵だ。それを相手に挑むのだ、だからこそ強く決意を込めて駿吾は己の“仕事”を果たした。
「今日は全力で行く」
『――応よ!』
ガーゴイルが代表して答え、地を蹴った。ガーゴイルが飛んで上から、馬頭鬼が走り真っ向から牛頭鬼へ挑む。石の斧と石の棍棒、重量級の激突がゴング代わりの轟音を立てて、三体のスケルトンたちがフォローのために回り込んだ。
『おら、お前ら気合入れろよ! オレたちの主の全力がどれだけのもんか、証明すんのがオレたちの役目だ!』
仲間たちへ発破をかけるように、ガーゴイルが笑う。フロア・ボスとしてダンジョンのサポートのある牛頭鬼が馬頭鬼を力で押し切ろうとする。その頭上から、ガーゴイルは全体重を乗せた左踵の一撃を叩き込んだ。
† † †
Fランク探索者、岩井駿吾。今はまだ、彼の名を知る者は多くない。
しかし、それも時間の問題だ。彼が歴史に最初にその名を残すことになる事件は、すぐそこに迫っていたのだから――。
† † †
駿吾「仮面っていいよね、視線がどこに向いてても気づかれないから」
ガーゴイル『そいつぁ、上々』
序章は終わり、今後は一章へと突入いたします。楽しんでいただければ、幸いです。
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