48話 彼と彼女にだけ、見える風景
† † †
迫ってくる動く具足五体に、岩井駿吾は同じく五体の具足を相対させた。刀と刀、槍と槍が真っ向から激突する――しかし、一方的に競り勝ったのは駿吾側の動く具足だった。
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【個体名】なし
【種族名】動く具足
【ランク】C
筋 力:C+
敏 捷:D+
耐 久:C (C+)
知 力:‐
生命力:C
精神力:C
種族スキル
《幽体憑依:具足》
《再生》:C
固体スキル
《習熟:■》:C
† † †
四〇体の動く具足を同時に育て、その中から選び抜いた五体である。同じ種族ではあるがもはやランクも違い、動きも滑らかだ。
その動く具足たちに、セリーナ・ジョンストンが感嘆の声を上げる。
「おー、やっぱり鍛えられてるね」
「大具足用に、と……でも、いいんですか? 大具足、ボクが倒しても」
「うん。私はこの子がもういるからね。シュンゴならどう《進化》させるか見てみたいし」
既にセリーナの動く大具足は、スキル構成自体は完成形である。今回は更に現状補強のための動く具足の魔石こそ目当てだ。
「それに、次の仕事も一緒にやるかもしれないもの。見ておきたいでしょ、私もシュンゴの手並み」
「あー……セリーナさんが、道満ちゃんにボクを推薦した……んですよね」
「あ、問題があるなら断ってもいいと思うわよ。こっちが成功させれば、協会も文句はないでしょう」
ぽんぽん、と気安くセリーナは駿吾の背中を叩いて笑う。悪意はない、のだろうけれど、今まで出会った誰とも違う間合いに駿吾としては戸惑うしかない。
(……不快ではないんだけど)
むしろ、自分が探索者になる前に抱いていた召喚者像にとても近くて安心する。とにかく前に出て、カリスマを発揮して周囲を引っ張るタイプ――自分とは正反対の召喚者。
(真似はできないけどなー……)
既に村雨などは素直にセリーナに順応している。歩きながらじゃれ合っているセリーナと村雨は、御堂沢氷雨のような姉弟という感じより年が離れた友達のような空気だ。
……よくよく考えると、村雨も相手の懐に潜り込む――あるいは、滑り込むのが上手い気がした。
『……申し訳ありません。マスターに悪気はないのですが』
「あ、そんな気にしないで」
セリーナが誇る最大戦力、アダマントゴーレムであるセンチュリオンの小声での気遣いに駿吾は首を左右に振る。その駿吾にセンチュリオン――柔らかいハスキーな声色から、どうやら女性人格らしい――は、小さく微笑んだ。
『どうやらマスター自身も距離を測りかねているところがあります』
セリーナ自身も気づかない部分で、舞い上がっている部分がある――センチュリオンもそう感じていた。その理由は明白だ、ボレアスが小さく喉を鳴らして笑う。
『……なるほどな。同じ目線で話し合える相手はそうはいないだろうからな』
駿吾の背後に控えていたボレアスの言葉に、センチュリオンはその視線を向けた。
『はい。控えめに言っても、マスターは天才の部類ですから』
召喚の技能においても、《進化》というレアスキルにおいても、口で語り合えても相手にすべてを理解してもらえる機会はそうはない。センチュリオンの知る中では、彼女と同じ目線で会話が成り立つものなど、師匠ぐらいなものだった。
「ボクぐらいで、話し相手になれてるといいんだけど……」
『――いえ、あなたほどの適任もいないでしょう。こうして、話しているだけでもそう思えます』
「そ、そう……?」
『私を一個の存在として扱っていただける、それだけで充分に信頼に値します』
モンスターとよい関係を築けているのですね、とセンチュリオンに言われると、逆にむず痒く照れくさい。駿吾という人間はどこまでも褒められ慣れていない、自己肯定感の低い部分は変わらないからだ。
「お~い、もうすぐダンジョン・マスターのフロアだよー」
『主君! 早く戦おう!』
逸るセリーナと村雨に、駿吾は手を軽く振り返す。ガシャリ、とこっそりと魔石を藤林紫鶴から手渡され、小さく駿吾は呟いた。
「ありがとう」
『いえ、職務ですので』
いつものメッセージを介したやり取り、しかし、どこかに少し違和感を覚えた駿吾は改めて紫鶴に言った。
「……後で、アステリオス討伐のことで相談してもいい、かな」
『はい、私でよろしければいくらでも』
高速で返ってくるメッセージを確認する駿吾は、ひとつ頷いて歩き出す。そのやり取りに気づかない振りをしていたセンチュリオンとボレアスも小声で言葉を交わした。
『……シュンゴはいつも、ああなのですか?』
『無意識の綱渡りが妙に上手いんだ、うちの主は』
『バランス型なのですね……』
センチュリオンの絶妙に言葉を選んだ感想に、ボレアスが苦笑する。駿吾自身は紫鶴に心配をかけてしまっているのかもしれないから程度の認識だが、それで遠回りして“正解”を選べるのだから大したものだと思う。
感覚から小さな圧迫感が霧散したのを感じながら、ボレアスは言った。
『まずは手っ取り早く、目的を果たすか』
† † †
新しく“再出現”した大具足は、セリーナと戦った時とはまた違う個体だった。黒一色の大具足であるのは確かだが、その手に握られていたのは一本の朱槍だったからだ。
「へぇ、サムライ・サーベルじゃないんだ?」
『この国の大昔の合戦では主武器は弓と槍だと聞いたことがあります』
「どこも戦争となると、そうなるわねー」
セリーナの疑問にセンチュリオンが返答する。完全に観戦モードである――それが許されるほどの戦力差があった。
動く大具足の槍が、地面に突き立てられる。ガガガガガガガガガガガガガガガ! と下から突き上げられる無数の呪いの朱槍が群れとなって襲いかかってきた。だが、その朱槍は全て、吹き抜けた暴風に砕かれた――ボレアスの風だ。
『防御はオレが引き受けた、行って来い』
『おう!』
ボレアスに答え、村雨が大具足へと駆け込む。鋭い刺突、長いリーチを利用した朱槍を村雨は左右に身体を振って上手く躱していった。村雨の身体が小さいため、必然的に大具足の刺突は下へ突く動きとなってしまう――そうなると、地面が邪魔になるのだ。薙ぎ払うにも村雨が小さすぎる、懐にさえ入ってしまえば村雨は大具足の天敵とも言える相手だった。
『シィ――!』
小太刀を右に、脇差を左に。村雨の挟む斬撃が大具足の足首、関節部を断ち切った。大きく体勢を崩した大具足へ、牛頭鬼と馬頭鬼が同時に岩の棍棒と斧を振り下ろした。
バキン! と轟音を立てて、大具足は紙一重で牛頭鬼と馬頭鬼の一撃を受け止める。だが、威力を殺しきれない――そのまま片膝立ちまで、力づくで押し込まれていった。
(連携も、練度もいい。あれで三ヶ月やそこら? すごいわね)
『ええ、そしてなによりも――』
セリーナの感想にセンチュリオンが付け加えようとした、その頃。巨大なガントレットを生み出したボレアスが、そのガントレットの拳を鋭い槍へと変形させていた。
『ボレアス、あの特異なガーゴイルの強さは異常です。彼ならアステリオスとの戦いでも充分に主力になれます』
センチュリオンのその意見に、セリーナは無言で賛同する。牛頭馬頭を見た時も思ったが、あのボレアスは更に次元が違った。聞いたランクはAランクらしいが、それはあくまでスペックの範囲だ。まず、風を操るあの能力と視界の広さは特筆すべきものがある。
(場を掌握……ううん、支配していると言ってもいいレベルの認識力だわ)
『連携の要となっていますね。それだけの経験値を獲得しているのでしょう』
それは《進化》スキルを受けて強化された個体の特権とも言うべきものだ。自身ではなく他者の経験を自分のものにできる――センチュリオンもまたその恩恵を受けているから、理解できる。
『それを差し引いたとしても――見事というしかありません』
セリーナが、チラリとセンチュリオンを見上げる。自身の主力、このSランクモンスターが他者のモンスターをここまで手放しに褒めるのは実に珍しい。いや、そうするしかない実力なのだろう。
『オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
ドォ! と嵐によって槍となったガントレットが大具足の胸部を貫き、その場に縫い止める。
『やれ』
『おう!』
残りのモンスター全てが、動きを止めた大具足に襲いかかる。牛頭馬頭の豪快な一撃が鎧を砕き、なおも引き抜こうとした腕を肘から村雨が切り落とした。鬼が、具足が、それぞれの武器を突き立てていき――。
『――――!』
ズドン! と電磁加速によるアステロペテスの斧の投擲が、大具足を完全に破壊した。再生も追いつかない大具足がボロボロと崩れていき、ひとつの魔石を落として光となって消えていった。
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【個体名】なし
【種族名】動く大具足
【ランク】D
筋 力:D (C+)
敏 捷:E+
耐 久:D (D+)
知 力:‐
生命力:C
精神力:D
種族スキル
《幽体憑依:大具足》
《再生》:D
固体スキル
《習熟:槍》:D
《武装:呪詛の朱槍》
《豪腕》:D
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魔石を“魔導書”で契約し、改めて駿吾はセリーナへ歩み寄った。
「……お待たせ、しました」
「ううん、全然。むしろいいものを見せてもらったわ」
頭を下げる駿吾に、セリーナは嘘偽りなく返す。充分にセリーナにも参考になる戦い方だった。
「特にボレアスは本当にすごかったわ。充分にAランクでもやっていけると思うわよ」
「それは……そう、かもですけど」
村雨も格好良かったわよ、と笑うセリーナの意見に、駿吾も戸惑いながら肯定する。確かにボレアスの実力なら、問題ないのだろうけれど――。
「……どうせなら、みんなでって思う、から……」
「うん、シュンゴはそれでいいと思うわ」
人には人のスタンスがある、それをわかった上でセリーナはそう笑ってみせた。
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……人生綱渡り、あると思います。
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