46話 “S”ランクダンジョン
† † †
「――で? あなた。今度はなにをやったの?」
「えぇ……」
今すぐに来てほしい――そう岩井駿吾を呼び出した探索者協会日本本部である日本本部長香村霞の第一声に、駿吾が面食らった。
「Sランク探索者セリーナ・ジョンストン……この名前に聞き覚えは?」
「あ、ああ……たまたま、ダンジョンで会っただけ、で……」
「たまたまねぇ」
はぁ、とこれみよがしにため息をこぼす、霞。犬の仮面の下でおどおどと焦る駿吾を知ってか知らずか、整った鋭利な美貌で半眼し霞は告げた。
「動く具足の魔石三〇個の売買。ま、これは別にいいの」
「……ウス? というと、なにが問題で……」
「彼女がどうして来日したか、聞いてる?」
霞の疑問に、細かく駿吾は顔を横に振る。その話にはならなかったため、一切知らない――この場面で嘘をつく少年ではないと霞も充分に承知している、だから渋い表情を更にしかめて続けた。
「Sランク探索者は、Sランクダンジョンの探索を最優先に行なうことが求められるわ。今回、セリーナ・ジョンストンが来日した理由は、Sランクダンジョン《新宿迷宮》、五〇階のフロア・ボスにしてSランクモンスターであるミノタウロス・プロト“アステリオス”の討伐なの」
これは極秘に集められたSランク探索者二名とAランク探索者の有力者によるパーティによって行われる――はずだった。
「それがつい先日、セリーナ・ジョンストンが条件を足してきたの。『シュンゴ・イワイというEランク探索者を対“アステリオス”討伐のメンバーに推薦したい』ってね」
「え……な、んで……?」
「むしろ、私のセリフなのよね、それ」
思わず戸惑って問い返す駿吾だが、霞としてもにべなくそう言い返すしかない。こめかみを抑え、比喩でなく頭痛がするのを堪えながら口を開いた。
「だから、聞きたいのよね。あなた、本当になにをしたの? まさか、《ワイルド・ハント》だってバラして――」
「そこは……大丈夫、の、はずです」
『そもそも、あの女は牛頭鬼と馬頭鬼しか見てねぇよ』
駿吾の否定に、ボレアスも念話でフォローを入れる。これが《ワイルド・ハント》やボレアスを見ていれば、まだ駿吾側も納得がいったろう。育てに育てた、強化した牛頭馬頭とはいえAランクが闊歩する『新宿迷宮』の道のりを進むことは不可能だ――こちらの見せた手札は《進化》ぐらいなもので……。
「一階から順当に進めば、目的地へ着くぐらいにはきちんと戦力になる実力を手に入れているはず――だ、そうよ?」
「そ、れは……」
霞としても、駿吾としても、それには同意できる。一階でさえCランクモンスターが入手できる環境だ、そこで積み重ねていけば確かに牛頭馬頭も相応に戦えるレベルまで鍛えられるかもしれない。
「……問題はそれを聞いた、希望派と絶望派が乗り気なことよ。連中、あそこがどういう場所か知らないから、そんなこと言えるのよ」
そこに加わる、駿吾が《ワイルド・ハント》として救世主となると期待する派閥と魔王となるかと警戒する派閥、希望派と絶望派が盛り上がってしまったのだ。
あのSランク探索者セリーナ・ジョンストンの口から、《ワイルド・ハント》の名前が出た――加えて、Sランクダンジョンの攻略に推薦するなどまさに瓢箪から出た駒だ。
「希望派からすれば、あなたの有用性を世に知らしめるいい機会でしょうし――絶望派は、もっと露骨よね」
『ダンジョンがうまく始末してくれるってか。舐めたもんだな』
ボレアスが、皮肉げに笑う。中立派である霞としては、同じ方向を向いたふたつの敵対派閥に水を差したくても差せない……今回の目的を考えれば、二乗で頭が痛くなる話だ。
「一番面倒なのは、特別顧問が乗り気になってることよ……」
「特別、顧問……?」
駿吾が小首を傾げた、その時だ。その声が、日本本部長室に響き渡った。
† † †
「儂じゃよ、儂!」
† † †
そう言って、駿吾の隣に現れて肩に腕を回してきたのは、おかっぱ頭の黒セーラー服姿の少女だった。
「道満、ちゃ、ん……!?」
仮面の下で目を白黒させる駿吾に、丸縁サングラスの向こうで蘆屋道満が目を細めてにんまりと笑う。駿吾の隣に座りすらりと伸びた黒タイツの足を組み肩を抱き寄せる姿は、アレな酒場のアレな客を連想させたりもする。
「ほれ、見るがいい。この通り、今回の『新宿迷宮』での“アステリオス”討伐のアドバイザー兼特別顧問という役目が儂でのぉ」
そう言って、道満は『特別顧問』と達筆に書かれた右二の腕の腕章を摘んで見せた。事実、今回の“アステリオス”討伐のアドバイザーであるのは確かで、特別顧問にしろと言って地位をもぎ取ったのも事実である。
「……ようは、セリーナさんの推薦を受け入れたのは、道満ちゃん……?」
「おう、セリーナ嬢ちゃんの口から名前が出た時、これは運命と思ったのじゃよ。本当に、ぬしは数奇な星の下に生まれておるのぉ」
クカカ、と笑う道満。隠しもせず頭を抑える霞。なぜか部屋の隅から感じる誰かの殺気と、駿吾は完全に三つ巴の場面に放り込まれた生贄だ。
「まぁ、香村の。いい機会じゃろう? 腹をくくれい」
「……はぁ、そうね。こうなると、もうそう考えるしかないわね」
霞はすべてを理解した上で言う道満に、苦々しく吐き捨てる。改めて、駿吾へ告げた。
「で? どうする?」
「こ、答えが出てから、聞きます……?」
「せめて、あなたの意見を聞きたい。取り入れたい……そう思ってちょうだい」
これが霞の出せる最大限の譲歩、と言いたいのだろう。了承すれば良し、了承しなければ――指名しての依頼、という形になるだろう。
駿吾は考え込み、たっぷりと三〇秒近く経ってからようやく一言絞り出せた。
「……も、もうちょっと、考えさせて、もらっても……?」
† † †
正式な返答は三日後、そういうことになった。
『大丈夫ですか? 岩井殿』
「……うん、大丈夫だよ」
藤林紫鶴からのメッセージに、駿吾はそう答える。実際、驚きこそすれどそれだけの話だ――結局、自分の立場は周囲に影響を受けて与えているのは変わらなくて。
――問題は、その影響が強すぎることだ。《ワイルド・ハント》――駿吾の他には、史上ふたりしか確認されていないそれこそ数十億人にひとりという“才能”。使い方によっては、世界そのものを再び崩壊へと引きずり寄せられる、大きすぎる力――。
「…………」
改めて、駿吾は自分の両手を見る。だが、この力は自分自身のものとどうしても思えないのだ。これが自身の戦闘能力であったなら、また違っただろう。だが、召喚能力という自分以外の力に頼るしかないソレを、どうしても自分の力とは駿吾は思えなかった。
例えるなら鍛錬や経験で得た格闘技術とぽんと渡されただけのミサイルのボタンだ。同じ人を殺傷できる力でありながら、前者のような積み重ねのない後者はあまりにも簡単すぎて自覚に薄いのだ。
……だが、駿吾は知らない。本来、人間は過程ではなく結果に重きを置くのだ、と。傍から見ればミサイルのボタンの方がより効率よく多くの人間を殺傷できる、恐るべき脅威なのだ、と。
そして、多くの場合ミサイルのボタンを手に入れた人間とは、それを自分の力と認識することを――。
「…………」
紫鶴は、そんな駿吾の後ろ姿を好ましいと思うと同時に痛々しくも思えた。いっそ、ソレを自分の力だと自分の強さだと思い込めた方が、幸せだったかもしれない。
だが、ボレアスも村雨も――他のモンスターたちも、そんな彼の不幸に救われている。自身が無力だと思うから信頼し生命を預けているのだ、だからこそ使い潰すなどという選択肢は駿吾の中にはない。
それはまさに、他者の力を使役する召喚者にふさわしい精神性であった。
「っと」
駿吾が悩み、紫鶴がそんなことを考えているとふたりは『新宿迷宮』の入り口へとたどり着いた。出迎えと言わんばかりのレッサーガーゴイルの群れに、ボレアスたちを召喚する。
『ま、考えるのは少し身体を動かしてからでもいいだろうしな』
『ん、やろう、主君』
ボレアスがミシミシ、と拳を握りしめ、村雨が小太刀を抜く。その腰には、村雨の剣の師である少女から贈られた思い出深い脇差を差してあった。
牛頭馬頭、アステロペテス、ブラック・ワイバーン、ゴブリン・ライダー、ゴブリン・バーサーカー、鬼四体に――動く具足四〇体。五〇体を越える軍勢を引き連れ、駿吾は言う。
「うん……まずは一階を少しだけ覗いてみよう」
その景気づけだ――襲い来るレッサーガーゴイルの群れを瞬く間に、駿吾の軍勢は蹂躙していった。
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