45話 育成と呼ぶにはあまりにも常識外れで、改造と言うにはあまりにも――3
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全世界に展開するファーストフード店へ岩井駿吾を引きずるように連れていき、セリーナ・ジョンストンは事情を聞いて納得した。
「なるほどね、キミも《進化》の素材にね。それなら納得だけど……貯めたねぇ」
「……ウス」
ハンバーガーにかぶりつきながら、セリーナは納得する。今では駿吾も犬の仮面を外し、フードを目深に被っているだけだ。居心地の悪そうな駿吾に、セリーナはなにも問わない――探索者には変わり者が多い、その程度の態度のおかしさなど彼女にとって誤差だ。
「そっちが良かったらあの動く具足っての? 三〇個くらい分けてくれると嬉しいな。もちろん正当な代金は払うし……ドルでだけど」
「……ド、ドル?」
「この国は独自通貨だもんねー。前世紀からこの国の基本通貨って強いんだっけ?」
世界の崩壊とも言うべき、“迷宮大災害”以前に日本のバブルは一九九〇年代にはじけていたはずなのだが、それ以後も円はとても強い。不況になったり、災害が起きても、外国の資産家が買い込むと言われた謎の人気があるのだ。
「特にダンジョン強国だからね、この国。合衆国は数と規模で世界トップで、さすがに“失地”は免れなかったもんなぁ」
「えっと……ダンジョン環境に、飲まれた土地……でしたっけ?」
「うん。国土が広いって言うのも困ったもんだよねー」
他の大国でも、国土が広すぎるたために手が回らずに国土がダンジョンの“スタンピード”によって失われる“失地”という災害に見舞われていた。現代ではその“失地”も少しずつ攻略が進み、解決はしているものの――合衆国ほど柔軟に対応できた国家は存在しないだろう。
「なんか、国のピンチになると『USA!』で纏まるんだよね、ウチ」
「……いいこと、ですよね……?」
「うん。私も嫌いじゃない」
国の危機に協力しあえる、というのはそれだけで気分がいいものだ。そう言いたげにセリーナは笑う。ましてやSランク探索者としてその一端に関われているのだから、なおさらだ。
そこまで言って、話がズレたな、と思ったセリーナは改めて話を戻す。
「っと、そういえばウチは魔石について個人間の売買って結構緩いんだけど、この国ってどうなの?」
「え、っと……」
『基本的に探索者協会が間に入るのが普通です。魔石の質に関する保障が約束されますし、後々のトラブルもありませんので。ただ、今回は量が量ですので取り締まり対象になる可能性があります』
どこかでこちらの会話を聞いているらしい藤林紫鶴のメッセージを確認、駿吾はそれをそのまま伝えた。それに納得するように、セリーナは頷いた。
「うんうん、ローマに入りてはローマに従えって言うからね。了解、いいよ。間に探索者協会に入ってもらおうか。その分、そっちも損しちゃうけど、大丈夫?」
『協会を通せば税金対策にもなりますし、ランクの評価に繋がりますのでメリットもありますよ』
「……え? ランクの評価?」
もはやセリーナと紫鶴の中継役に徹する駿吾に、不意にセリーナが驚いたように目を丸くする。ああ、とセリーナの驚きに、駿吾は正直に答えた。
「……ボク、Eランク……なので?」
「――この国の評価基準がさっぱりだわ。あのゴズキとメズキを連れてたあなたが? 私はてっきりAランクあたりが育成してたのかと思ったのに」
セリーナの声に、批難の色が滲む。ただ、それは駿吾に向けたものではない――彼をこの立場に甘んじさせている探索者協会へのものだ。それがわかるからこそ、駿吾は敢えて言葉にした。
「事情が、ある……ので……」
セリーナは、駿吾のその一言で察する。この国は比較的マシだと思っていたが……“上”の方で面倒なしがらみがあるのだろう、と。
「――そう。なら、なおのこと協会を挟みましょうか」
Sランクのセリーナが欲した数をぽんと出せるほどの実力者だ、それを協会が意識すれば少しは改善されるだろう――そんな思惑がなかったと言えば、嘘になる。
(いい人、なんだろうなぁ)
『ん、主君のために、怒ってる?』
『悪人じゃ、ねぇんだろうけどなぁ……』
駿吾の感想に、村雨とボレアスがそう念話で返す。できれば、やりすぎないことを望むばかりだ、とボレアスあたりは思う。
「え、と……ジョンストン、さんは――」
「あ、セリーナ、でいいわよ? シュンゴ」
「あー……セリーナさん、は……《進化》が、使える……んです?」
「これでも《召喚》スキルはSだもの。あなたも使えるんでしょう?」
それには、コクンと駿吾は頷く。さすがになぜ七〇個も集めていたのか? という理由を説明するのに《ワイルド・ハント》か《進化》のどちらかを話さないと納得してもらえないと思ったからだ。必然、後者の方を話すのが当然で――。
「スキルの、継承、とか……方向性とか、他の人はどう決めてる、のかなって気になって……」
「ああ、わかるわかる! 私も師匠を含めて、《進化》持ちはシュンゴが五人目よ?」
世界中を回る私でもそうですもの、とセリーナは答える。むしろ、話を聞いて独学であそこまで育てた駿吾の方がすごいとセリーナは感心していた。
「ほら、《進化》ってただ魔石を得てからよりもきちんと育ててからの方が効果高いでしょう?」
「あ、それは……思い、ます」
「Sランクでも、一度に一〇体の召喚がせいぜいだもの。ローテーションで育てていっても、そこそこ時間がかかるのよねー。素材の方も方向性を決めて、それに見合ったレベルのダンジョンに通ってコツコツやんないとだから」
素材の育成は世界トップクラスのセリーナでも骨が折れる作業である――この苦労に関しては、実は駿吾はあまり体験していないのだが。《進化》を持ち、際限なく召喚可能な《ワイルド・ハント》スキルがどれだけ有利であるか? この一点だけでもわかる話だ。
「ただ、きちんと育てればモンスターの方もしっかりと応えてくれるの。その時はどんな苦労だって報われるって思えるわ」
「ああ、それは……そう、ですね」
「うんうん、あなたのあのゴズキとメズキもそろそろ自我が芽生えてもおかしくはないわ」
「そう、で、す……え?」
「――え?」
思わず、サラリと流しそうになった。駿吾の驚く顔に、セリーナも似た表情で言った。
「あれ? もしかして、《進化》で強化していくと《覚醒種》になることがあるのって……知らない?」
† † †
知らなかった、と駿吾はコクコクと頷く。ボレアスにせよ、村雨にせよ、所有している《覚醒種》は最初からそうだったからだ。驚きと納得と、それが同時に駿吾にはあった。そんな駿吾の様子に、セリーナは笑う。
「あー、そっか。手探りでやってればそうよねー。うちのセンチュリオンとか他の子もそうだし、他に会った《覚醒種》もそんな感じだった……わ……?」
セリーナは、ふとそこで言葉を切る。その心配げな表情に、駿吾は自分が知らず知らずに頬に涙が伝わっていたことに気づいた。
「ああ、そっか……」
ボソリ、と駿吾はこぼす。気の所為ではなかったのだ、あの土蜘蛛八十女と戦ったあの時、スケルトンたちが自分たちも使えと名乗り出たように見えたのは――。彼らに確かに自我が芽生えようとしていて、自分の意志で力を貸してくれたのだ、と。
そこにボレアスの、いっそ優しい声がかけられた。
『大丈夫だ。“そこ”に――“ここ”にいる』
(……うん)
いなくはならない、想いは受け継がれている――それが、わかっていたとしても。ほんの少しだけでも、彼らのために流す涙があっていいはずだ、と駿吾は思わずにいられなかった……。
† † †
改造と呼ぶには、あまりにも寂しい――これはそういうお話です。
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