43話 育成と呼ぶにはあまりにも常識外れで、改造と言うにはあまりにも――1
† † †
「えっと、ちょっとスキルが変わったみたいなんだ、けど……」
その日、岩井駿吾はダンジョンに入ると、探索者証明証を手にそう藤林紫鶴へ語りかけた。
† † †
【氏名】岩井駿吾
【年齢】15 【性別】男性
【DLV】38
保有スキル:
《ワイルド・ハント》:E
《蹂躙》
《進化》
《限界突破》
《誘導》
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『強くなられましたね、少なくとも始めて三ヶ月の探索者ではないレベルです』
それこそ【DLV】ならば『10』を超えれば御の字、そろそろ上のダンジョンも考えようかという頃のはずである――しかし、紫鶴が『ツーカー』で返したようにその四倍近い速度で駆け上がっているのは尋常ではなかった。
『《ワイルド・ハント》のランクがEに上昇……その上で《誘導》ですか』
「……《誘導》も、《進化》と同じで資料が少なくて……」
『そうですね、かなり特殊な状況限定のスキルですので』
特殊であるが《ワイルド・ハント》や《進化》、《限界突破》のようなレアスキルという意味ではない。この《誘導》というスキルは、実はそれ単体ではあまり価値のないスキルなのだ。
『魔石ひとつを消費することにより、そのダンジョンのフロアに存在する同種族ないしその進化系のモンスターを集める効果のあるスキル……ですね』
通常であれば、ダンジョンで目的のレアモンスターと遭遇するために使用したりモンスター側から集めて魔石稼ぎに活用するのが通常の使い方だ。
『この進化系というのがなかなか曲者です。例えばゴブリンの群れであれば、ゴブリンの魔石を使えばその進化系すべてを一箇所に集めることができますので、安い魔石で効率的に狩ることができます』
おそらくは、あの探索者協会西多摩支部でのゴブリン殲滅戦の経験から得たスキルだろう。あの時にこのスキルがあったなら、一体たりとも逃さずゴブリンを集めて殲滅できたのだから――。
「……でも、普通は使わない?」
『そうですね、危険ですから』
それこそ低ランクのモンスターを掃討するのに、戦場を選べるぐらいの使い方しかない。だが、駿吾の場合はまったく意味合いが変わる。
『岩井殿の場合、倒して集めた魔石をそのまま契約に使えば即戦力に変えられますから。数の不利など、ものともしないでしょう。それに広範囲攻撃が行えるボレアス殿がいるだけで低ランクのダンジョンなら確実に処理できるはずです』
どんなスキルでも使い方次第だ。その上で、《誘導》スキルが《進化》のように情報が少ない最大の理由は――悪用が可能だからである。
『モンスター・トレインというのはご存知ですか?』
「えっと……確か、モンスターの群れを別の探索者やそのパーティに意図してぶつける行為……だっけ?」
そのやり方は大体、モンスターを引きつけて逃亡し、意図してぶつけたい相手の元へ駆け込むことである――これは悪質なマナー違反とされており、場合によっては重い罰則もある危険行為だった。
『はい。この《誘導》はそのモンスター・トレインを容易に起こせます。そのため、情報規制がされているんです』
「あー……」
ダンジョンのフロアでそれが起こせるのである。そうなると、同じダンジョン内に誰か他の探索者たちがいた場合、その移動と遭遇する可能性が高くなる……確かにダンジョンの構造を把握すれば、簡単に危険行為が行えるようになってしまう。
「……うん、基本的に使わないことにするよ。ありがとう」
『いえ、お役目ですから』
役目は監視であって助言ではないのだが――そこを指摘するのは無粋というものだろう。最近では紫鶴は大真面目に召喚者関係の知識を勉強しているため、へたな専門家並の知識を身につけている。【DLV】があがったら、冗談抜きで《召喚》スキルを習得してもおかしくなかった。
『それで? 今日の目的はアンデッドですか?』
早朝、まだ誰も来ていないダンジョンは見渡す限りの合戦跡だった。『鎧辻の古戦場』――そう呼称されるDランクダンジョンである。
「――《召喚》」
そこで立ち上がるのは、二体の巨影――牛頭鬼と馬頭鬼だ。
ニ体の獄卒を見上げ、駿吾は改めて紫鶴へ言った。
「うん、ちょっと試してみたいモンスターがいるから」
† † †
ガシャガシャガシャ、と牛頭馬頭の道を塞ぐように、立ち上がる無数の人影。それはまさに中身のない武者鎧だった。
「牛頭鬼、馬頭鬼、よろしく」
『ブモォ!』
『フルァ!』
そのモンスターの名前は動く具足――和風のリビング・メイルだ。この『鎧辻の古戦場』は、この動く具足が大量に出ることで知られていた。
唸りを上げて牛頭鬼の岩製の棍棒と馬頭鬼の同素材の斧が、次々と現れる動く具足を迎え撃つ。動く具足も、決して脆くはない――しかし、一撃一撃の威力が牛頭馬頭の方が遥かに上だ。
『ブモォ!!』
牛頭鬼が横に棍棒を薙ぎ払い、三体同時に具足をバラバラにする。だが、その三体の動く具足は空中で《再生》、再び組み上がると牛頭鬼へと飛びかかろうとした。
『ブルゥ!!』
だが、そんな動く具足たちが馬頭鬼の生み出す氷の壁に閉じ込められる。そこにすかさず牛頭鬼が前蹴り、バキンと氷の壁ごと動く具足たちを蹴り砕き、魔石へと戻していった。
『この間見た、リビング・メイルを試してみるつもりってことか』
「うん、ただこのあたりだとリビング・メイルが出現するダンジョンってちょっとなくて……」
少し調べてみたところ、あのリビング・メイルは『新宿迷宮』の一階で入手したものらしい。そこで試してみても良かったのだが、『新宿迷宮』には常に誰かがいる――人目のある場所で悪目立ちするつもりは駿吾にはない訳で――。
† † †
【個体名】なし
【種族名】動く具足
【ランク】D
筋 力:D+
敏 捷:E+
耐 久:D (D+)
知 力:‐
生命力:D
精神力:D
種族スキル
《幽体憑依:具足》
《再生》:D
固体スキル
《習熟:■》:D
† † †
基本的に攻撃力が高めで重装甲、その分少しだけ速度に欠ける――そんな能力値だ。具足もだが持っている武器も刀や槍などで品質もバラバラ、運用方法としては白兵戦に特化した性能の高いスケルトンと言ったところか。
「ありがとう」
『いえ、お気になさらず』
魔石を拾ってきてくれる紫鶴に礼を言う駿吾、というのももういつものやり取りになっていた。“魔導書”でデータを確認すると、駿吾はしみじみと言う。
「……これ、アンデッドはやっぱり牛頭鬼と馬頭鬼に相性いいね」
『そうだなぁ』
まだこれ、としっくりとした名前が思いつかないので、牛頭鬼と馬頭鬼の名付けは保留となっている――しかし、最初から一緒に戦ってくれる馬頭鬼やその相棒である牛頭鬼に関しては、早く名前をつけてあげたいというのが本音のところだ。
「まだまだ余裕もあるし、このままフロア・ボスまで行ってみようか」
『ブモォ!』
『フルァ!』
いける? と駿吾が確認すると牛頭馬頭はやる気に満ちた唸りを返す。普段から召喚した時に話しかけているからだろう、こうしていると自我を持っていると錯覚しそうな反応だった。
『ここのフロア・ボスも動く具足のはずです。三階のダンジョン・マスターが確か動く大具足というDランクでも特殊な動く具足のようですが……』
「それも手に入れられるなら、入れたいね」
紫鶴のメッセージを確認しながら、駿吾は無駄な緊張はせず適度に警戒しながら進んでいく。一日、二日で全部を攻略するつもりが駿吾にはない――その臆病と紙一重の慎重さは、いくつかの修羅場をくぐった今でも変わっていなかった。
† † †
和風な動く鎧、ですね。
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